マイラと子猫 2
「ところでマイラ殿下はどんな事がお好きなのですか?」
反対にそうお尋ねしてみると、マイラはにっこりと「刺繡です」と答えてきた。
いかにも皇家の姫君らしい申し分ないご趣味である。
「後、乗馬も好きだろう? 好きな相手と遠乗りを楽しむのが夢だとか言ってなかったか?」
からかうようにセルティスが言えば、マイラは恥じらうように「そうですけれども、こんなところでばらさないで」と小さく唇を尖らせる。
その後、何を思いついたのか、「あのっ」と唐突にケインに質問してきた。
「ケイン様のお父様って、どのような外見のお方ですか?」
質問の意味が解らず、ケインは困惑した。いきなり外見と言われても、何から説明していいのかわからない。
「……基本的に父と私は似ているようです。性格もそうですが、特に目元の辺りが似ていると叔母が言っておりました。
髪は私と同じアッシュブロンドで、色は私より濃いですね。年齢を重ねてだんだんと濃くなっていったようで、今はそこに白髪も混ざっています」
その瞬間、何故か残念そうな顔をされ、何でだ? とケインは内心首を傾げた。
残念がられるような事を何か自分は言っただろうか?
横でそれを聞いていたセルティスが噴き出した。
「私もお会いした事はあるが、カルセウス卿の髪はふさふさだ。残念だったな」
「お兄様!」
マイラは今度こそ顔を真っ赤にして、抗議するようにセルティスの腕の辺りを小さく叩いた。
妹にされるままになりながら、セルティスはくっくっと笑っている。
「マイラは碧玉宮の侍従長が大好きでね。侍従長はこう、前側から順当に禿げあがって横が残っているタイプなんだけど、そういう禿げ方をした男性を見ると安心感を覚えるようなんだ」
「あっそうなんですか」
つまり、ケインの父親がそういうタイプの男性でないと知ってがっかりしたと……。
変わったご趣味であるが、まあ人それぞれである。
マイラは何とかハゲの話から遠ざかろうとしたのだろう。
「それにしても、こちらのサロンはとても素敵ですわね。
サロンとは大人の女性が楽しまれるところだと聞いておりましたけれど、ここはまるで小人か妖精でも出てきそうですわ」
懸命に話題を変えてきた。
「そうですね。こちらはご令嬢方に人気のサロンだと伺っています。私は初めて訪れましたが、喜んでいただけて良かった」
「以前行ったテビアのサロンとは雰囲気が全く違うな」
セルティスもまた、しみじみと辺りを見渡した。
テビア劇場はご婦人方の来客が多いが、どうやらここは若い令嬢方が好んで訪れる場所のようである。全体的に空気が若やいでいて、テビアの落ち着いた雰囲気とは大きくかけ離れていた。
「そう言えばお兄様は、ケイン様とテビア劇場のサロンに行かれたのですよね。
騎士団の他のご友人の方々も一緒だったのですか?」
マイラにそう尋ねられ、ケインとセルティスの二人はちょっと顔を見合わせた。
「いや、騎士団の友人ではなかったな……」
軽くごまかそうとするセルティスに、「ではどなたと?」とマイラが聞いてくる。
答えを聞くまでは引かないという感じで目を見つめて来て、セルティスは渋々と答えを口にした。
「あー……、たまたまミダスで出会って一緒に街を散策した貴族令嬢だ」
それを聞いた途端、マイラの顔色が変わった。
「女の方とデートなさったの!?」
不潔! とでも言いたげな妹の視線にセルティスはたじたじとなった。
「いや、別にデートとか言うんじゃなくてだな……。
話していてすごく楽しい子で、だからケインがサロンに誘ったんだ」
「ケイン様が……」
マイラが大きく目を見開き、矛先がこっちに来たぞとケインは冷や汗をかいた。
確かに、喉が渇いたからサロンに行こうとシアに声を掛けたのはケインである。
が、そもそもシアを散策に誘ったのはセルティスだし、まるでケインが女の子を口説いたように言われるのは何か納得がいかない。
が、横目でセルティスを見ると、口裏を合わせてくれと目で言ってきたため、ケインは泥をかぶる事にした。
おそらくセルティスは、シアとの事を妹に追及されたくないのだ。
姉君以外で初めて心を動かされた女性で、しかもつい数日前に劇的な再会をしたばかりの女性だ。まだ心の整理がつかないのだろう。
「とても感じのいい女の子だったんです。ですのでサロンに誘いました」
敢えてにこやかにそう答えれば、マイラは唇を引き結び、兄の方に問い掛けた。
「どちらのご令嬢ですの?」
「さあ、その時は互いに名前しか名乗らなかった」
先日再会した時に家名をようやく知ったが、今ここで言う必要はないだろう。
「いくつくらいの方なのですか?」
「あー……、多分同い年だ」
「……きっとサロンに誘いたくなるほど可愛らしい方だったのでしょうね」
妹の問いにセルティスは目を泳がせた。
「まあ、可愛かったけど……」
ものすごく可愛くて好みど真ん中だったが、そこまでは妹に知られたくない。
何とかしてくれとセルティスがケインに視線を走らせてきたため、ケインは仕方なく口を開いた。
「殿下が目の前で姉君の事を褒めちぎっても全く引かなかった豪傑です。
極めて稀有な女性であったと言っていいでしょう」
「わたくしだって、セルティス兄さまが姉上至上主義でも全然気にしませんわ!」
マイラは必死にそう言い募り、そりゃあそうだろうとケインは心の中で呟いた。
マイラ殿下は『皇后陛下を称える会』の会員でもあられる。何番かまではさすがのケインも把握していないが、自分の方が会員歴が長いのは確かである。
その後しばらくマイラ様が拗ねておられたため、機嫌を直してもらおうとケインは必死にマイラ様に話しかける事となった。
兄上に女性の影が見えた事がそんなにショックだったのだろうかと、ケインは内心首を傾げる。
どうやらマイラ殿下はケインが思っていた以上に兄上大好きっ子であられたらしい。
兄君の中身は結構残念な筈なんだが……と、ケインは友の顔を横目で見ながら、非常に失礼な事を考えてしまった。
さて、そのマイラ様は、セルティスが昔飼っていた茶トラ猫の話をするとようやく話に食いついてきた。どうやらかなりの猫好きでいらっしゃるようだ。
よくよく話を伺えば、避暑に訪れるステファニア宮では数匹の猫がいるらしく(騎士学校時代にケインもセルティスに誘われてステファニア宮に行っていたが、興味がないので気付かなかった)、行く度に遊んでおられたとの事だった。
ケインは猫が嫌いな訳ではないが、猫と犬とどちらが好きかと問われたら断然犬である。賢いし、こちらの言う事も理解してくれるし、何より忠実で従順だ。
ケインが姿を見せると千切れんばかりに尻尾を振って飛びついてくる姿はそりゃあもう可愛いし、気分がちょっとダークな時は(ケインの場合滅多にないが)、ケインの膝に前足をかけてウルウルとした大きな目で見つめてくる。
ケインを慰めようとする姿が大層いじらしい。
猫よりは犬の方がダントツに可愛いだろうとケインは内心思ったが、お二人の前では口には出さなかった。
猫好きの人間に犬の方が好きなどと主張すれば収拾がつかなくなるとわかっていたからだ。
騎士学校に上がる前、従兄弟たちとこの手の話題で盛り上がった事があるケインは、その事実をよく認識していた。
ケインが思うに、猫好きか犬好きかで性格に違いがある気がする。
猫好きは気まぐれな一面があり、自由を好み、束縛を嫌う。その分、相手の我儘にも寛容である。
自分が心を開くまでは打ち解けず、人と群れる事もそれほど好きではない。が、その反面、心を許した相手には妙に寂しがりやであったりする。
一方の犬好きはフレンドリーというか、社交性が高い人間が多い気がする。周りとの関係を重視し、家族や友人も大切にする。
気持ちにゆとりがあるというか、気分的にも安定していて、人の面倒見がよく、尽くすのも好きである。
まあ、猫好きか犬好きかだけで性格が固定する訳ではなく、これはあくまでケインの主観に過ぎない。
まあそれはそれとして、猫の可愛らしさについて話すうちにマイラ様の機嫌もどんどんと良くなり、ケインは従兄弟たちから聞いていた猫の可愛らしさをここぞとばかりに披露して、マイラ様のサロンデビューは無事に終了した。
さて、サロンを満喫されたマイラ様を碧玉宮に送り届けた後、セルティスとケインの二人は揃って紫玉宮に帰って来た。
帰ってきたという表現を使うのは、ケインが紫玉宮の一角に自分の部屋をいただいているからだ。
皇宮に出入りでき、かつ金銭的にも余裕のあるような貴族は、ミダスの高級住宅街に邸宅を持つ他に、皇宮の北棟に居住用の部屋をいただいている。
カルセウス家もそこに部屋を持っているが、六玉宮とは皇宮本棟を挟んで対角に位置するため、ケインはセルティスの住まう紫玉宮に専用の部屋をもらっていた。
余談ではあるが、六玉宮は元々、皇帝の側妃とそのお子たちの宮殿である。本来ならば、皇帝の代替わりがあった時点で宮殿を出なければならなかったが、現皇帝がそのままでいいと許可したため、住み慣れた宮殿でそのまま暮らしていた。
紫玉宮に着くと、セルティスはいつものようにケインを自室に引っ張り込んだ。
「今日のサロンはすごかったな。あんなフリルだらけのサロンがあるとは思わなかった」
辟易とした口調で言い募ってくるセルティスに、ケインは同調するように頷いた。
「少女趣味全開というか、可愛らしさとゴテゴテ感がこれ以上ない程に詰め込まれていましたからね」
あんなところで一日過ごせとか言われたら、ケインには多分無理である。今頃は体が痒くなっていただろう。
「でもまあ、マイラ殿下が喜んで下さったようで良かったです。あの年頃の女性は、ああいうのがやっぱり好きなんですね」
途中、ご機嫌を損なわれた時はどうしたものかなと思ったが、猫のお陰で助かった。
猫好き万歳である。
「お茶会の時は完璧な皇女殿下という感じでしたけど、今日は年相応にはしゃいでおられましたよね。はにかむお姿も可愛らしかったです」
そんな風に感想を言えば、セルティスは眉間にちょっと皺を寄せた。
「普段はあんなしおらしいタマではないんだが」
身も蓋もない言い方だなと思ったが、ケインだって妹が同じように猫を被っていたら同じ事を言う自信があったので、そこはスルーしておいた。
兄貴にとって妹とはどうせそんなものである。




