マイラと子猫 1
ケイン視点のマイラ皇女のお話です。三話だけの短編です。
「マイラ殿下のお茶会に私が?」
遊学から戻って半月、家絡みの挨拶回りをようやく終えて久しぶりに紫玉宮に顔を出したケインは、いきなりセルティスから皇妹殿下のお茶会に誘われて、当然ながら困惑した。
「マイラ殿下って、もうすぐ十になられる筈ですよね。初めてのお茶会なら、まずは同世代の令嬢や令息を招いてされた方が無難だと思いますけど」
ケインは自分の事を花の十九歳! だと思っているが、十の子どもから見れば、十九はおそらく立派なおじさんである。
「うん。私も姉上にそう言ったんだけどね。今、下手に同年代の令息たちを呼ぶと、マイラの婚約者選びの
場になりかねないって。
相応の家の子を呼ぶようになるから親の方も当然それを意識するだろうし、そうなるとお茶会がどうなるか大体想像がつくだろ?」
「ああ、なるほど……」
ケインは思わず苦笑した。
マイラ殿下は皇帝夫妻から可愛がられている妹君で、その殿下が誰と結婚されるかは貴族らにとって大きな関心事となっている。
そのマイラ殿下の初めてのお茶会に招待されれば、令息たちは当然、自分が婚約者候補となったと勘違いするだろうし、令息たちがこぞってマイラ殿下のご機嫌取りに走ったりすればお茶会は台無しである。
当て馬にされた令嬢たちはいい気はしないだろうし、何よりマイラ殿下のためにならない。
碧玉宮でお茶会を主催する以上、招待客が楽しめるよう気を配っていくのが会を主催するマイラ殿下の大切な務めで、皇后はそう言った社交術を少しずつマイラ殿下に経験させたいのだ。
「お茶会に招待する令嬢については、家柄や派閥のバランスを考えて、マイラと同年代の四人を姉上が選ばれた。
男性陣については私の友人から選んで欲しいそうだ。私たちの年代だと大抵婚約者がいるし、社交にも慣れているからお茶会をリードしてやれるだろうって」
「なるほど。で、誰を選んだんです?」
「ジェランドにジェイド、グレア、それにアンデッセン」
ジェランドとジェイドは騎士団時代の同期で、グレアとアンデッセンは確かレイアトー出身である。いずれも名家の嫡男で、家絡みの付き合いでケインも何度か顔を合わせた事があった。
「ああ、いいんじゃないですか。皆、年の離れた弟妹がいますから、年下の子の扱いにも慣れているでしょう」
「人柄も悪くないし、何より家柄がいい。マイラがこの先、他国の王族に嫁すのか、国内の貴族のところに降嫁するようになるのかはわからないけど、多方面に人脈は繋いでおいた方がいいし。
で、もう一枠を誰にしようか悩んでたんだけど、お前が帰ってきたからちょうどいいかなと思って」
「でも、私には婚約者はいませんよ」
皇后陛下の言われる条件には当てはまらないと一応申告すれば、「大丈夫、大丈夫」と、セルティスはひらひらと手を振った。
「だってお前、変な野心なさそうだしさ。
それにどうせ、胸が真っ平らな子どもなんかに興味ないだろ?」
「そりぁそうですけど」
……事実ではあるが、マイラ殿下に対してある意味ものすごく失礼な兄だった。
という事で、胸の真っ平らな令嬢五名(令嬢らにとっては非常に不本意な修飾語であるが)と皇弟殿下とそのご友人らによるお茶会が、とある晴れた日に碧玉宮でささやかに執り行われた。
令嬢たちは、初めてマイラ皇妹殿下にお会いするという緊張から幾分顔が強張っていたが、その辺りは成人した令息らが上手にフォローしてやり、お茶会はそれなりに盛り上がった。
因みに、ケインが初めてマイラ殿下に会った時の印象は、ああ、お可愛らしいなというものである。柔らかく波打つような金髪に神秘的な緑色の瞳をしていて、笑うと小さなえくぼができる。
マナーも申し分なく、茶会の女主人として出席者に配慮する様はさすがあの皇后陛下の義妹君だと思わせたが、何と言ってもまだ十やそこらの子どもだ。
何をしてもおままごとのような可愛らしさがあって、ケインはうっかり吹き出さないようにするのが大変だった。
どこか物慣れぬその愛らしさに独身のケインが心を射止められた……なんて事も勿論なく(友達の妹なんてそんなものである)、「無事にお茶会が済んで良かったですねえ」というありきたりな感想でお茶会は無事に終了した。
取り敢えずお茶会は終わったが、それから数日後にはケインは再びマイラ様とお会いする事となっていた。
マイラをミダスにあるサロンに連れて行きたいが、一人で連れ出すのは心許ないから付き合ってくれとセルティスから頼まれていたからである。
さて当日、踝が見える丈のラベンダー色のドレスに身を包んだマイラ様は、大層ご機嫌だった。
前回、お茶会で会った時はどこか隙のない印象が強かったのだが、今回は兄君との私的なお出かけとあって笑みが弾け零れている。
甘えるように腕にしがみついてくる妹君をセルティスは可愛くて堪らないといった眼差しで眺め下ろし、その様子をケインは微笑ましく見つめる事となった。
馬車に揺られながらいろいろ話を伺うと、マイラ様は郊外の離宮には何度か泊まりに行かれているが、こうした日帰りでの外出は初めてだとの事だった。
幼い子どもの入店が断られるサロンはマイラ様の年代にとってはまさに聖域のようなもので、幾分緊張もしておられたため、ケインは最近のサロン事情について詳しくお教えした。
流行りの紅茶やお菓子などをいくつか紹介して差し上げれば、長くアンシェーゼを離れていらしたのにどうしてそんなに詳しいのですかと不思議がられ、ケインはちょっと考えた末、母や妹達から聞きましたと無難に答えておいた。
まあ、嘘ではない。すべてがすべて真実という訳でもないのだが。
いよいよ歌劇場のサロンに着けば、皇族の御入場という事で場が一瞬ざわめいたが、私的なご訪問だとわかっているため、わざわざ立ち上がったり、拍手をして出迎えるような者はいない。
一般の客と同じように、そのまますんなりと窓際の席に案内された。
さて今回訪れたのはフェンネ劇場のサロンである。
瀟洒というよりも可愛らしさを重視した若い女性向きのサロンで、窓辺にはエレガントなフリルが使われたレースカーテンがあしらわれていた。
テーブルや椅子はすべて薄いピンク色で、ティーポットからティーコジー、カップに至るまでが愛らしい小物で統一されている。
ケインの年代の男らが訪れるにはちょっと気恥ずかしい場所だが、今回のメインはマイラ様である。
馴染みの女優から絶対にここがいいと勧められ、フェンネ劇場のサロンを押さえる事となった。
案の定、可愛らしい店内の様子にマイラ様は目を輝かせておられた。一方、その兄のセルティスはちょっと引いている。
ここまで激しいとは思わなかった……とこっそりケインに耳打ちしてきたが、妹姫のために耐えて下さいと耳元に囁き返した。
「そう言えば、ケイン様のご趣味は何でしょうか?」
注文を済ませ、マイラが発した第一声がそれだった。
他に何を話しかければいいのかわからなかったのかもしれないが、まるで見合いの席の質問みたいだなとケインはちょっとおかしくなった。
「そうですね……」
ケインの趣味は結構広い。男性の社交としてボードゲームはするし、狩りや乗馬も好きな方だ。
歌劇、音楽、絵画、文学といった芸術分野にも明るいが、これらはいずれも貴族の一般的な道楽であり、マイラ様が聞いておられるのはもっと個人的なものであるのだろう。
だから正直にお答えした。
「個人的に興味を覚えているのは建造物でしょうか」
「建造物?」
不思議そうに首を傾げるマイラに、
「ケインは聖堂とか鐘楼といった建造物を見るのが好きなんだ」と、セルティスが妹に補足してやった。
「私にはちょっと理解できない趣味だけどな。遊学先でもわざわざ地方に足を運んで、その土地土地の建造物を見てきたのだそうだ」
「土地によって、建物に違いがあるのですか?」
マイラの問いに、ケインは「ええ」と頷いた。
「どの都市も基本的にその周辺地域で採れる石を建築に使っているんです。
石が違えば町の表情も変わって来ますし、建築にも個性が出て来ます。そう言うのを見るのは楽しいですね」
セクルト北部ではアイボリーの石灰岩を家壁に使っているから落ち着きのある街並みとなっているし、反対に中部の公国では薄紅色の石灰岩を基本石としているので町全体に柔らかな印象がある。
石と言うとどれも同じように見えるが、それぞれに特徴があって存外面白いのだ。
「後、硬いか脆いかによっても使い方が大きく異なってくるらしいぞ。
柔らかい石は加工が簡単だから細やかな装飾がしやすいし、花崗岩や砂岩などは耐久性に優れているから城壁などに使われているんだそうだ」
「花崗岩、砂岩……」
十になったばかりのマイラには、兄の言葉はちんぷんかんぷんである。
「わかりやすい例で言うと、アンシェーゼの皇宮を囲む城壁に使われている灰色がかった石は砂岩です。
こちらはミダスの西にあるトラヴァの採石場で採れたものですね」
「そうなのですか」
それのどこが面白いのだろうかとマイラはかわいい眉間に皺を寄せ、それを見たセルティスは笑い出した。
「ケインのこの趣味は特殊だ。あまり深く考えない方がいいぞ。
遊学に行っている間も、ケインからの文の半分以上が建築の話題だった。お陰で私も見た事のない外国の建造物の知識が無駄に増えた」
「知識を持つのは悪い事ではないでしょう?」
と、ケインは楽しそうに言い返した。
「それに凱旋門や記念柱にはそれぞれの国の歴史が彫られていますから、勉強にもなりましたし」
「そう言えばペルジェでは、当時の武具だけでなく攻城兵器まで描かれていたと言っていたな。あれは興味深かった」
そんな風に二人で話していれば、マイラが「わたくしも建物について勉強してみようかしら」と真剣な顔で言ってきたため、ケインは慌ててお止めした。
建築なんて貴族の中では特殊な趣味だし、ましてや皇家の姫君が関心を持たれる類の話ではない。
いつも読んで下さってありがとうございます。この度、《アンシェーゼ皇家物語》という名前で、ヴィアの物語とシアの物語をそれぞれ単行本として出版していただける事になりました。詳しい事は活動報告の方に載せております。活動報告の方で、Cielさまの描かれたアレクとヴィア、セルティスとシアのツーショットのカラーイラストが見られるようになっています。素敵な絵ですので、是非見ていただけたらと思っております。




