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死の都市  作者: LION
第六章 
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第五十五話 差異

 皆が離れて行き装甲車に取り残されて早々、自分が置かれた状況に対して一抹の不安がよぎった。私が持っている武器は警棒一本だ。銃の扱い方も習っていないし、そもそも銃を預けられてもいない。佐伯くんだって異議を唱えなかったんだから大丈夫だとは思うのだが、加賀谷さんに対する不信感がこうした危機感を抱かせているのかもしれない。


 今装甲車が塞いでいるこの入り口部分の反対側は最初私たちが入ってこようとしたもう一つの入り口があり、一本線で繋がっているため、加賀谷さんが銃殺したおびただしい数のゾンビが倒れて積み重なっているのが見える。その光景も私の恐怖心を煽った。


 ゾンビの呻き声が近くから聞こえた気がした。ひやっとしてあたりを見渡すも、動くものはみあたらない。幻聴だったのかもしれない。ああ、皆はやく帰ってきて。はやく帰りたい。


 そのとき店内に銃声が響いた。驚いて小さく声を漏らしてしまった。心臓がばくばくする。まだ店内に動いているゾンビがいるのだ。しかし皆の姿は商品の陳列棚に阻まれてここからでは見えない。ということは、あちらからもこちらは見えないのだ。もし今ゾンビが来たら……。


 不吉な想像をしていると、ガラガラとカートをひく音が近付いてきた。変色して腐りかけたフルーツが並ぶ棚の間から姿を現したのは永田さんだった。


「はい、シリアルと、乾パン類です。おにぎりやらパンやら惣菜類はだめですね、賞味期限切ればかりで。まあ非常時ですし食べれないことはないんで、スペースがあればもっていこうという話になりましたが。あ、あとこれから水が大量にくるとおもいますよ」

「お疲れ様です。……はあ、安心しました。順調に進んでいるみたいですね」

「ほんと、あっけないくらい簡単に。……おっと、油断は禁物ですね。少しの間でもひとり残される伊東さんは不安でしょうし、気を弛ませず早く終わらせないとね」


 永田さんと一緒に車内に食料を運び入れる。――どうやら無用な心配だったようだ。次々に運び出される食糧。時々聞こえる銃声。車内には食料品が積まれ、2人分の座席スペースが埋まった。物資調達任務は想像以上にスムーズに進んでいるようだ。


「じゃあ、また行ってきますね。すぐ誰か来ると思うけどくれぐれも気をつけて」


 永田さんは再び行ってしまい一人になったが、今度は全く不安を感じなかった。少しして、気を付けるべきとは思いつつ店内に背を向け、車内に積まれた食料をまじまじと見る。こんな大きなスーパーだ、少人数であればかなりの長期間立てこもれるぐらいの食料や生活必需品に囲まれた悠々自適な生活を送れそうなものだが、ゾンビだらけのスーパーに近付く人たちはいなかったようだ。自衛隊の力があったから突破できたものなのだろう。公民館の避難民の人数を考えると毎日満腹はとても食べられそうもないが、一週間はもちそうだ。それまでに救助の目処がたてばよいのだが。

 

 スーパー店内から目をはなしたのは僅かの間だったと思うのだが、何かの気配を感じて慌てて振り向くと倉本さんが戻ってきていた。私をちらと見るも特に何も言わず装甲車に背を預ける。カートも袋も何も持っていないのでどうしたんだろうと倉本さんを見ていると、私の視線に気付いた倉本さんが嫌そうな顔をした。


「もう一階は終わるから俺はここで見張りをするよう言われた」

「あ、そうだったんですか……」

「ゾンビがまだいるかもわからない場所にケツ向けてぼやぼやしてる女、誰も信用できないだろうな」


 沈黙。タイミングがタイミングで悔しいが、思い当るところはあった。しかしまぁ、つくづく集団行動が合わない人だ。ここまで私たちと一緒に来たことが不思議なくらい。そういえば、まだ会って一日も経っていないのか。確か最初会ったのは体育館の前。あのときは別に彼に悪い印象なんて持っていなかった。むしろ不審なおじさんから守ってくれたことに感謝の気持ちもあった。しかしあれから嫌なことをたくさん言われてきたから印象が強く、長い間ずっと一緒にいるように思えてくる。


 ――嫌な気持ちが蘇った。公民館への道中この人に言われたこと。こんなときに思い出して言うのはどうかと思うが、気付いたら口に出していた。


「あの。倉本さん、いつか私のこと寄生虫とか言いましたけど……いや、確かに私は特に優れたところがないですし、あまり皆の役にたてていないと思いますよ。今だって少し警戒を緩めていたのは……事実ですし。でも、こんなときああいうこと言うのはどうなんですか。……だって、そんなこと言ったら私たちみんな……佐伯くんたちや自衛隊の皆さんの力を借りてここまで生きてこれた倉本さんだって寄生虫じゃないですか。そんなの、おかしいです」


 言い始めたら止まらなかった。次々湧いて出る言葉。あれからずっと胸に燻っていた。倉本さんは僅かに目を見開いて驚いたように私を見ていたが、私の話が途切れるとにやりと笑った。


「なんだ、そんな気にしてるってことはやましく思う気持ちがあるんだな。まわりの人間がバタバタ死んでいく中、役立たずのくせにこっそり利を貪っておいてそうやって善人面しているんだろう」


 何か言い返そうとしたけれど、清見さんに寺崎くん、渡部くんの姿が浮かんで何も言葉が出なかった。そんな私を獲物を追いつめるかのように倉本さんは続けた。


「俺は利用しているんだよ、お人よしのお前たちをな。こう言われて酷いと思うなら俺の世話なんてやかなくていい。その方がよほど自然だ。まぁ今は自衛隊の保護下に入ったからもうお前たちは必要ないが」


 本当に酷い言い方だ。でも倉本さんが命の危険に晒されていたら助けを求められていなくても助けようとしてしまうかもしれない。非力のくせに、善人をきどるために。私の偽善で佐伯くんたちが尻拭いをするかもしれなくても。まだ私の脳は平和ボケしたままなのだ。こうした非常事態、全員が助かるわけがないとすぐに気付いて思考を切り替えることができる人は頭がいいんだと思う。


 倉本さんはなおも続ける。


「そもそも俺は他者なんてどうでもいいんだ。日常も非常時もかわりない。そう、だから別にお前の立ち回りを批判しているわけじゃない。他者を利用するのは生きるのに必要なことだからな。気にいらないのは利己的な自分に無自覚なところだ。たしかにお前は人を助けようとするが、自分の命を投げうってまで助けようとしたことがあるか? どこかしら余裕がある時だろう。中途半端で見ていて気持ちが悪い。佐伯だって裏で何を思っているかわからないぞ」

「……そんなことないです。だって前、どれだけ迷惑かけたとか気にするなって、みんなで助け合おうって言ってくれました」


 こういうとき倉本さんはよく話す。ひとつひとつの言葉を受け止めきれないまま、最後の部分について震える声で咄嗟に言い返した。


「馬鹿だな。お前人の上っ面しか見れないのか。佐伯……あいつはうわべを綺麗に取り繕った腹の読めない人間に思えるよ。こういう極限の状況下で人間は本性が出る……。かなり頑丈な精神してそうだが、いつか本当に死が迫って余裕がなくなったとき、足手まといになったお前は見限られるだろうな。あの自衛官……あいつは間違いなくサイコパスだが、佐伯も同類に近いな」

「ちがう」


 あの夜聞いていて感じたことをずばりと指摘され、少なからず動揺をしてしまった。根拠もなにも出せなくて打ちのめされることを覚悟したが倉本さんはニヤニヤしたままそっぽを向いた。


「お疲れ様~」


 加賀谷さんたちが戻ってきた。佐伯くんの姿もある。みんな無事だったようだ。加賀谷さんは装甲車の内部をのぞき、満足そうにうなずいた。


「うんうん、こんなものかな。じゃあ次は生活用品のある二階だね。今度は女の子にも来てもらおうか」

「あ、わ、私ですか」

「そうだよ。だって君そのためについてきたんじゃない」


 慌てて間抜けなことを言ってしまった。さっきの会話で気持ちが沈んでしまって脱力感でいっぱいだ。しかし今私がここにいる意味はこの任務にある。月曜日の朝のように重い腰を持ち上げて、加賀谷さんたちのそばに寄る。


「じゃあ倉本くんはここに残ってて。佐伯くんと、あとの二人も付いてきてね」


 今度は倉本さんを一人で残すことになった。今度活動するのは同じ階ではない。助けを呼んでもすぐに行けないし、聞こえない可能性もある。あんなことを言われてもやはり心配になってしまう。ここが偽善者的で倉本さんが嫌うところなんだろう。でも、同じ人間同士……今はこの地球上でピラミッドの頂点から転落してその数も急激に減ってしまった絶滅危惧種同士、たいした力になれないけれど、できる範囲でお互いの生存を助け合うのはみじめなことなのだろうか。甘え合うのは卑しいことなのだろうか。


「加賀谷さん、私の時はともかく今回は一階に一人だけ残して……大丈夫ですか」

「うん、あと一人少し離れたところに配置するし大丈夫なはず」


 へらっと笑って答える加賀谷さん。これ以上時間をとるわけにもいかず、俯いたままこちらを見ようともしない倉本さんを後に残し私たちは階段へ向かった。


「じゃあ階段の下と上にそれぞれ一人いて。もうだいたい片づけたと思うけど、従業員用の部屋から新しく出てくるかもしれないし油断しないで、装甲車にゾンビが近付いてきたら知らせてね」


 永田さんは一階の階段下に、近藤さんが二階の上がってすぐの場所に待機することになった。二階で物資を探し回るのは佐伯くんと加賀谷さんと三人だ。永田さんを下に残し階段をのぼっていると佐伯くんと加賀谷さんが話を始めた。


「運ぶのは僕たち三人で大丈夫なんでしょうか」

「平気、平気。そういえば佐伯くんはさ、そんな木刀でよくここまでやってきたよね」

「銃は使い慣れませんし、なにより手に入りませんからね」

「まあそっか、一般人だもんね。同じ刀なら真剣があればいいけど、これもそうあるものじゃないし。んー、しかも脂で切れ味悪くなるだろうから……木刀で頭部を破壊するのが一番いいのかな。それいい木刀そうだし、なにより君いい腕してるしね」


 佐伯くんと加賀谷さんの会話を聞いて、倉本さんの言葉を思い出す。二人が似たような空気を纏っている気がしたのだ。


「お、さっそくお出迎えだね」


 加賀谷さんの嬉しそうな声で階段の上った先に視線を向けると、階段の縁ぎりぎりのところでゾンビが一体突っ立っていた。血の気のない肌に赤黒く汚れた口元が目立つ。


 銃で打ち抜くのかなと思っていると、ゾンビがぬーっと前のめりになってきた。


「おっと」


 加賀谷さんが避け、私とゾンビが一直線で繋がった。濁った白目が急降下で近付いてくる。やっと身体を動かそうとした時には佐伯くんが既に私の手を引いてくれていた。


 背後で鈍い音がして振り返ると、ゾンビがうつ伏せに倒れていた。低い呻き声をあげて近藤さんの足を掴もうとしていたが、近藤さんがゾンビの頭を思い切り踏みつける。その時、脳に突き刺さるような音がして、ゾンビの後頭部に穴が開いた。加賀谷さんが小脇に抱えたライフルで打ち抜いたのだった。――近藤さんの足の下から勢いよく血が溢れだした。自信があるのだろうが、うまく狙ったとはいえ少しでもそれたら近藤さんの足を貫通していたかもしれない。


「……やっぱり心配だ」


 佐伯くんが思いつめたような顔をして呟いた。その目は焦点があっていないというか生気がなく、少しぎょっとしてしまった。


「こっちに引き寄せなかったらどうなっていたか。大丈夫だったのかもしれないが、気をつけてくれ」

「……うん、ごめんなさい。ありがとう」


 やはり佐伯くんは加賀谷さんとは違うのだ。彼の暗い目が気になったが、そう思わずにはいられなかった。 


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