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第4話 初心者プレイVS初心者 その一

 初心者的行動レクチャー

  目の前で初心者の女の子が困っています。

  助けますか?

        ⇒イエス

        ⇒ノー

        ⇒攻撃

「そんなこと言わないでさ。少しだけでもいいから話を聞いてくれないかな?」

「そうっすよ!うちはギルドを挙げて初心者支援してるっすから、入ってくれたら君もすぐ強くなれるっすよ!」

「良かったらそのお知り合いも一緒にどうですか?せめて話だけでも」

「こ、困ります!」


 なん……だとっ!

 あの女。まさかとは思うが勧誘されているにも関わらず断っているというのか!

 なんて贅沢な奴だ…………。長年このゲームを続けているが、こんなに贅沢な奴は未だかつて見たこともないぞ。


「おい!お前!!!」


 私は女を指差して声をあげた。


「ひゃ!?え、わ、私ですか?」


 女が驚いて可愛らしい反応を返して振り向いて私の方を見下ろした。そのあたかも初心者であるかのような初々しい行動がますます私の逆鱗へと触れた。


「そうだ、お前だ!さっきから聞いていればなんだお前は!何様なのだ!この方々がせっかくギルドに誘ってくれているというのにあまつさえ迷惑そうにするなどと……。一体どれだけ甘やかされて育てばそのように我が侭な人間になるのだ!」

「なっ!?」


 女がその瞬間むっとした表情をした。


「あなたこそなんですか突然!初対面の相手に失礼ですよ!この人たちにならともかく、あなたにどうこう言われる筋合いはありません!」

「ふむ。それは尤もな話だ。確かに心的被害をこうむっているのは私ではなくこの者たちだ。よし、お前たち。この女に文句を言ってもいいぞ!」

「「「「え?」」」」


 その場にいた全員が不思議そうな顔で私を見る。

 なぜだ?


「ほら、どうした?この女も自ら認めているのだ。私にどうこう言われる筋合いはないが、お前たちにはどうこう言われる筋合いがあると」

「そ、そこまでは言ってません!」

「なんだ?いきなり前言撤回か。自分に発言に責任を持つこともできないとは、一体どこのお嬢様だ……」

「なっ!い、いいでしょう!そこまで言うなら何でも言ってください!ほらっ!」


 女はそう言って勧誘をしていたギルドの者たちに詰め寄る。

 おぉ怖い。いつの時代も感情的になった女とは怖いものだ。


「え!?ええっと……それじゃあその、良かったらうちのギルドに入りません……か?」

「入りません!」

「で、ですよね…………」


 女の即答に男はがっくりと肩を落とす。

 その姿があまりにも憐れすぎて同情を誘った。


「まぁその……なんだ。そんなに気を落とすな。こういうすぐに感情的になる女は入れなくて正解だったと前向きに考えたほうがいい。だいたいギルド崩壊の引き金というのはこういう女が持っているものなのだ」


 私はぽんぽんと内藤の背中を叩いて励ました。

 本当は肩を叩いてやりたかったが、身長が足りないので仕方がない。

 それに私の言っていることは間違いではない。

 こういう思いこみの激しい女は、良くも悪くもギルド内を揺るがす。

 それが良い方に転べばいいが、悪い方へと転んだ場合、簡単にギルドが割れてしまう。

 昔私のギルドにもいた。私の下からギルドメンバーを連れて離反して自らギルドを設立した挙句、自滅した女が。


「まるで経験して来たかのようにおっしゃいますね……。もしかしてどちらかのギルドのマスターをしておられる方ですか?」


 慰めていた男の発言に私の中で動揺が走った。


「そ、そ、そそそそそ、そんなわけないだろう!どこからどう見ても初心者ではないか!」


三人(((あ、怪しい……)))


 ギルドの者たちが訝しげな眼差しを向ける中、女が憤慨して言った。


「そんなことよりも何で私が悪いみたいになってるんですか!取り消してください!それに私は感情的な女ではありません!」

「いや、さすがに私もすぐに声を荒げている人間に対して感情的ではないなどと嘘を言うわけにはいかない。そんなことをしてしまえば私の人格が疑われてしまうだろう」


三人(((この人の今までの発言に人格を疑われないようなところはあっただろうか……)))


「む、それとももしや中身は男だったのか?だとしたら確かに私の失言だ。素直に謝罪しよう」

「どうしてそうなるんですか!」

「確かに決め付けは良くなかった。ヒステリックだからと言って女とは限らない。あまり想像したくはないが、ヒステリックな男が存在する可能性について考えが及ばなかった私のミスだ」

「私はヒステリックでも男でもありません!!!」

「ちょっと待て。それではお前がヒステリックではない女ということになってしまうぞ。これはどういうことだ……。もしかしてこの命題には何か謎が隠されているというのか。もしやこのヒステリックに振舞っているのはそういった感情に見えるよう振舞っているということか……。そして男でも女でもない。そうか、分かったぞ!お前はAIだったのだな!」

「全く違います!何ですかそのどや顔!どや顔は止めてください!検討外れもいいところですから!どうして私がヒステリックじゃない女だってことを認めてくれないんですか!」

「なるほど、そういうことだったのか。いやはや私もうかつだった。まさか……」


 そう言いかけたとき、私の肩がトントンと叩かれた。

 叩かれた方へと振り返ると、内藤が何かを指差している。

 そっちへ視線を向けると精悍せいかんな男が立っている。

 全く見覚えがない。

 一体誰だろうか?

 そんなことを考えているとヒステリックな女が声をあげた。


「お兄ちゃん!」


 兄だと?

 見たところギルドの者たちと同様そこそこ良い装備をしているように見える。

 そうか。このヒステリックな女はこの者と待ち合わせをしていたのか。

 大方兄に誘われてゲームを始めて初期村で合流するところだった、というところか。

 なんて羨ましいシチュエーションだ。

 私にもそんな兄弟がいてくれれば……。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。それよりも目の前の男だ。

 私は兄と呼ばれた男をじっと見上げた。さぁ兄とやら、この状況で一体どういう反応に出る?


「あの……」

「なんだ?」

「いえ、その、妹が大変お世話になったようで……」


 お世話とはどちらの意味だ?


「それは世話のかかる妹で謝罪したいという意味か?それともうちの妹に何してくれちゃってるのという恫喝的な意味か?自慢ではないが私は初心者だぞ。お前の一撃で死んでしまうほどの初心者だぞ。そんな初心者である私を情け容赦なくPKしてやろうとでも言うのかお前は」

「いえ!そんなPKなんて!ただ、妹がご迷惑をおかけしてしまったように見えたので」

「ちょっと待ってお兄ちゃん!私何も悪いことしてないよ!」


 ヒステリックな妹が兄に理不尽な怒りをぶつけている。ふむ、立派な苦労人じゃないか。

 ならばここは私も大人として対処すべきだろう。


「いや、言ってしまえば私も無関係な第三者だ。謝罪するならこの者たちにするといい」


 そう言って私は勧誘していたギルドの者たちを指さした。


三人(((いやいや、あんたが一番の加害者だから!)))


「い、いや、俺たちはいいんですよ。少しギルドの話を聞いてもらいたかっただけですから」


 内藤は紳士的にもそう言った。


「ふむ、紳士だな」


 なかなかに好感の持てる男である。MMORPGにおいて謙虚さというのは美徳でもある。自尊心の強い人間はついつい自分の強さや装備、ドロップ運などを自慢しがちになるが、そういう話をずっと聞かされていると辟易してくるのものだ。

 とは言え謙虚すぎるのもいただけない。多分この内藤という男、ここぞというときにも持ち前の謙虚さでチャンスを逃していることだろう。きっと恋人の出来にくいタイプだ。間違いない。


 私は再び慰めるように内藤の背中をぽんぽんと叩いた。


「????」


 しかし内藤は訳が分からないという表情を返してきた。

 大丈夫だ。お前が分からなくとも私は分かっているから。


「なるほど。勧誘でしたか」


 内藤の言葉に兄の方が納得した様子を見せた。


「そういうことなら少し話を聞かせてもらったらどうだろう、藍。ちょうどこれから藍と一緒に入れてくれるギルドを探そうと思っていたところなんだ」

「え、そうだったの?」

「うん、ゲームとは言えネットの世界は怖いからね。操作しているプレイヤーが女だと分かった途端に付きまとうような人も中にはいるし」


 ああ、いるな。なぜか私にはいなかったが。


「ギルドにどういう人たちがいるのか知るためにはやっぱり自分で入るのが一番だから」

「お兄ちゃん…………」


 兄を見る女の瞳がキラキラと輝いている。なるほど……。


「そうか、これが最近流行りの禁断の愛というやつなのだな。藍だけに」

「「「「「違うから!!!」」」」」

「むぅ…………」


 なぜか全員からツッコミを戴いてしまった。


「お兄ちゃんとはそんな不潔な関係じゃありません!確かにお兄ちゃんは私に優しいけど、それは家族だから当たり前のことであって……」


 家族だから優しいのは当たり前…………か。そんなこと今まで考えたこともなかったな。

 世の中に親類ほど信用できない人間はいない。それはこれまでの人生で十分に味わってきた。距離感がある分、他人の方がまだマシだ。


「それにお兄ちゃんは家族には優しいけど、男としてはぜんっぜん魅力がないし、実際に彼女がいたことだってないし、ときどき本当に男なのかどうか判断に迷うときとかあるし、どっちかっていうとお姉ちゃんみたいだし、男にナンパされたこともあるし、将来オカマなっちゃったり男の人と結婚しますって言ってお父さんたち卒倒させないかと日々心配で心配で」

「「「「…………」」」」


 兄の方へ目を向けると、顔が真っ青になっている。そうか、こんなに男らしい顔のアバターを使っているのに女顔なのか。それも仕方あるまい、人とは自らにないものを求める罪深い生き物なのだから。

 とは言え初対面の人を相手に知人の中の人の情報を暴露するなど、この女も相当だぞ。

 しかし困ったな。あまりの事態にみんな固まってしまっている。この空気、一体どういう方向へ持っていけばいいというのだ……。

 仕方がない。ここはひとつ冗談でも言って場を和ませるとするか。


「つまりお前は兄の貞操を心配しているということだな。よし、ならばギルドの規則に男同士の恋愛を禁止する事項を盛り込めばいい」


 私が名案とばかりに自信満々に言った途端、鋭い声が耳をその場をつんざいた。


巫山戯ぷーさんけるなッ!!!」

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