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そして父になる


ホントにさぁ、何なんだよ。


バドはそう思って、自分の下にほぼ組み敷いたラヴィを見下ろした。

出逢った時、思わず息を飲んでしまった愛らしい少女は、相変わらず目が眩む程可愛い。

それに、一段と落ち着いて大人びたようで、見た目の愛らしさにアンバランスな意外性を添えて彼を惹きつけた。


―――オレがこんな上玉逃すと思ってンの?

―――薄々勘付いてたケド、自覚が無いんだよな。今まで大丈夫だったのか?

―――クソ(ロゼ)とかゲス(ロゼ)とかサド(ロゼ)とか……。


ラヴィが自分を疑っている。

疑いたいのはコッチなのに。

アチコチ行って、言い寄られたりしていたに違いないのだから。


―――オレだったらぜってぇ口説く。


ラヴィが頬を膨らませた。


「……言えない人ですか」

「……」


オレ、寝起きに言ったっけか? と内心首を捻りながら、バドはちょっとムカついた。

育ったイソプロパノールという港国で、沢山の女の子と遊んだ。それは本当に楽しい、ラヴィには絶対秘密の思い出だ。

今だって、女の子が目の前を通れば思わず目で追う程、彼は女の子が大好きだ。

出来る事ならチャラチャラ遊びたい。マクサルトでは、それ程派手には出来ないけれど……。

それでも、そんな不埒な思いが頭をよぎる度、ラヴィの顔が浮かんだ。そうなると彼は頭をブルッと振ったり、自分で自分の頬を張ったりして自戒していたのだ。

空へ飛んで行って本当に戻って来るか、いつ会えるかなんて、わからない女の子相手に、自分でもビビる。

彼は自ら『首輪』をし、そのリードをラヴィに手渡していた様なものだった。


―――オレの今までの我慢、返せ!! クッソ! 嫉妬した顔可愛い……。嫉妬だよな、コレ? 自惚れ過ぎ?  


「馬肉が手に入ったから、今夜は宴会だ。だから、その時会わせてやるよ」


ラヴィの表情が硬くなった。


「……どんな方……?」

「一見キツそうだけど、可愛いぜ。メシ喰いに行ってる時以外は、オレから離れたがらないんだ」

「……」


ラヴィは自分の顔が歪んでしまわない様にして、余計にプルプルしてしまう。


―――な、な、なんでバドったらこんなにサラリとしているのかしら? 

―――バドから離れたがらないなんて……。宴会の時もそうなのかしら? わたくしの前で、バドとくっつかれたら……。わたくし、我慢できるかしら……。それよりも、これはどう言う状況なのかしら?? バドはさっきわたくしに……キ、キスを……。


旅先で寄った国で、商売の交渉や手続きが長引いて長期滞在する事がある。

その時、入れ替わり立ち代わりにロゼが違う女の子を自分の部屋に引っ張り込むのを、ラヴィは何度も見た。図々しいなど、ラヴィの手料理を食べて行く程だった。(その時ロゼは『オレの家政婦』とラヴィを紹介するのだった……)割り切ってる女の子もいれば、「知らなかった」と逆上する女の子を見た事もあった。


―――その女の子は『二股!』と怒っていたわ……。そう、これって、『二股』だわ!?


『股の内にも入んねぇよぉ~! ゴッツォ~サン!』とロゼは女の子を船から放り出していた。ラヴィはそれも思い出して、青くなる。


「目が鋭くてさ、でも、甘える時はクリッとさせんだよ」


バドがニヤニヤして言った。


―――切れ長の瞳なんだわ!! な、何色かしら?


「でサ、オレがメシ喰ってる時にそれが肉だと傍に来て口移しねだるんだぜ」

「……!!」

「ダメだっつってんのにサ~。へへへっ! 甘えん坊でサ、寝る時はオレの顔に頭擦り付けて寝るんだ。アハッ!」

「そう……ですか……」


ラヴィはバドの胸を押して、ノロノロ身を起こした。なんだか、一人になりたかった。もう聞きたくない……。

バドはヒョイと彼女の脇にあぐらをかいて、全然悪びれた様子が無い。


「この前、卵産んだんだぜ」

「……っ!? そ、それは……おめでとうございます……」


余りの衝撃に、ラヴィはもう身体が竦んで動けない。やっとの事でギクシャクとお祝いを述べる事が出来たけれど、奈落の底へ突き落とされてどんどんどんどん、落ちて行く気分だった。地面がグラグラ揺れる錯覚に、ラヴィは床に両手をついた。

バドは「オー、ありがとう!」と笑っている。


―――結婚まで、されていたのだわ……。

―――そうよね、跡取りが要りますもの……。きっと、バドに似た元気なたまご……え? たまご?


ラヴィはパッと顔を上げて、バドを見た。

バドは憎らしい程憎らしい顔で、ニィッと笑っている。口が耳まで裂けそうだ。


「ラヴィもアイツを気に入るぜ!」



船の方向から激しい光と共に轟音がして、皆が敵味方関係無く固まった。

トスカノの馬鹿共が驚き、慌てて散って行くのを見ながら、ロゼは青ざめていた。


―――な、なにアレェェ!? あんなの見た事ねぇ! あんな威力のいかずちもやれるのか……ちょ、気を付けよう……。


マクサルトの民達は、尾っぽを巻いて逃げて行くトスカノの馬鹿共の背に唾を吐いたり石を投げたりして、歓声を上げた。

早速死んだ馬を引きずり、集落へ戻ろうとしている。何人かは警戒してその場に残っていた。「それがいいや、ゴクローサン」とロゼは思いつつ、自分は船の方へ足を向ける。

それから、ふと足を止めた。


―――別に、あれだけピシャンしてりゃ、アイツ等は無事だよな?


ロゼはそう思い、唇を舐めた。

集落の方へ、民達に混じって歩き出す。馬を運ぶのを手伝う素振りすら見せないが、彼の戦場での功績を皆が認めて、若干ヒーロー扱いだからそれでいいのだ。ヒーローは偉いのだ。死んだ馬なんか運ばないのだ。


―――どうせ、……なんかゴチャゴチャモタモタしてんだろぉ……? だったら……。

―――今の内にセレナだぜぇ!!


ロゼは皆に混じって上手く集落に着くと、手近にいた男を呼び止めてセレナの居場所を聞いた。彼はマクサルト語が解らないので、「セレナ、セレナ」とだけ騒いだ。

男は「セレナを見たいのですか?」と聞き返して来た。意外と自分の母国語と似ていて、ロゼはホッとした。ベースが同じなのか、訛りの強い方言を聞いている位の近さだ。


彼の祖先(トスカノ人)はマクサルトのアルベルト・クチャラから流れる川より、トスカノへやって来たという逸話があるので、もしかしたらトスカノの言語のルーツはマクサルト語だったのかも知れない。また、それは別の話……。


ロゼがうんうん頷くと、男は「王様のテント」と一つの小さいテントを指差した。

今度はホクホク頷いて、ロゼは王様のテントへ入って行った。

入り口を捲ると、ババアがいた。

確か、バドが慕っていたババアだ。皆には「オバア」と呼ばれている。

バドはオバアと同居しているらしかった。

ロゼはてっきりイイ女がしどけなく座っている様を(勝手に)妄想していたので、ババアがこちらをクルッと振り向いた衝撃に「うぉっ!?」と後退った。


「……」

「ご用?」

「……セレナ?」


―――まさかな、抱けねぇ! 骨密度大丈夫か? 壊しちまうよぉ!


オバアは笑って、「イン(否の意)」と首をゆっくり振った。


「もうすぐ、来ますよ」


何となく解って、ロゼは頷いた。「どうぞ」と言う様な仕草で敷物の上を指差されて、「ほんじゃ」と座り込んでお茶まで当たり前の様に貰いながら、「セレナ来たらババア邪魔。いなくなんねぇかなぁ。まぁ、セレナを外に連れ出すか……木陰も草むらも一杯あるからなぁ♪」などと思っていた。

パッとテントの入り口が捲られて、女が顔を覗かせた。


―――セレナ!?


ロゼがパッとそちらを見ると、結構中年の女だった。


―――……ナイナイ。セレナ、ナイナイ……違う違う違う……。


「オバア! 怪我人がたくさん帰って来たから、手当手伝って下さい」

「ダ、(はい)今行きますよ。皆無事?」

「あらかたね! ほら、」


女はテントまで入って来て、オバアを支えながら再び外へと出て行ってしまった。

ロゼはふーー、と息を吐く。


「テント、臭ぇ……」


見渡して見ると、大きな円を描いて柱が立てられ、その柱より倍長く太い支柱が中央に立っている。その中央目がけて斜めに梁が渡してあった。周りの柱はそれ程長くないけれど、その分地面を掘って天井を高くしている。個室を作る仕切りは布や草を編んだ暖簾だった。


「うへぇ~、ありえねぇ」


でも、好奇心はそそられる。

支柱の柱に造り付けられた棚があり、そこに鳥の巣を見つけた。


「はあ~?」


ヒョイと覗き込むと、卵が二つ。


「養殖……?」


物珍しくて卵を突くと、突かれた卵がモソ、と動いた。


「お?」


卵って動くのか、と軽く驚いてロゼは止せば良いのにもう一度卵を突く。

途端、ひび割れた。


「えっ、げっ!?」

 

や(殺)っちまった! とロゼは慌てた。


―――な、なんだよぉ!? 卵ってこんなやえぇの!?


「ちょ、何とかくっつかねぇかな……」


割れた所を中心に、外側からグイグイ元に戻そうとくっつけるが、小さな抵抗を感じてロゼは割れた卵から手を離した。

ぱか、と卵が割れて、ヒョイと嘴付きの小さな頭が現れて揺れた。


「うおっ!?」


―――う、うまれた……!!


ひよひよ、ひよひよ……。


ロゼはキョロキョロした。


「ど、どうすんだ、コレ?? お、おーい、誰かいませんか」


生憎皆、トスカノ勢と戦った怪我の手当てに忙しいらしく、ロゼの戸惑いの声は誰にも届かなかった。

ヒナの瞳を覆っていた薄い膜が、横に裂けてパチッと開いた。

純粋な潤んだ瞳と目が合って、ロゼは慌てて目を逸らす。

ヒナがロゼに向って、大きく口を開いてピーピー鳴き出した。

ロゼはソワソワしながら、ヒナからそっぽを向いた。


―――お,俺知らねぇ!! 解んねぇもん!!


ガササ、と天井から音がして、ロゼはサッとそちらを見た。

大きな鷲が、その鷲の為にだろうか、天井に開けられた穴からぬっと入り込んで来た。

初め、ロゼはヒナ鳥の前に庇う様に立ったが、「親……?」と気付いた。

鷲はギャッと鳴いて、ロゼを威嚇した。


「ぎゃっ、じゃねぇ!! 子供ほっぽってどこ行ってやがった!! 一匹孵しといてやったぞ! 礼ぐらい言え!!」


バサバサバサー! と鷲が爪を自分に向けて飛んで来たので、ロゼは転がって避け、悪態を吐いた。

鷲はロゼを威嚇し続けながら巣に落ち着くと、孵った雛鳥をジッと見詰めた。

雛鳥の視線はロゼに真っ直ぐ向かっており、突然現れた大鷲を親と思わずややパニック気味にピギャピギャ泣き喚いている。「た、助けて~怖いよ~」と言ったところか。

鷲は「チッ」という感じで(本当はそんな事は無いのだけれど、ロゼにはそう見えた)雛鳥を嘴で巣から押しのけ始めた。


「アーッ!? おま、それはねぇだろぉ!? なんでだよ!?」


雛鳥が必死でロゼに鳴いている。ロゼはどうしたものかと「うぐぐぅぅ……」といつに無く苦悶の表情で、成す術も無かった。

とうとう巣から落とされそうになって、ロゼは仕方なくそれを受け止め、強引に雛鳥を巣と鷲の腹辺りに押し込むと、思い切り突かれた。


「いてぇ! くのぉ~!!」


こめかみに青筋を浮かべながら、ロゼは鷲と睨み合う。

流石、鷲。目つきがかなり悪い。でも絶対負けない。「ハン」と言う感じで(そんな事は無いのだけれど、ロゼにはそう見えた)再び雛鳥を巣から落とそうとするので、ロゼは鷲相手に怒鳴った。


「貴様……オレの(孵した)子供はいらねぇって事か……? コノヤロ、貴様がお出かけしてたから悪ぃんだろがぁぁぁ!!」


バサバサ―ッと鷲は舞い上がって、天井の梁からロゼを見下ろした。

『し・る・か・よ』という顔に見えて、ロゼはブチ切れて支柱をグラグラ揺らした。

テントがゆさゆさ揺れて、パラパラなにか細かいモノが振って来ても、ロゼは容赦しない。

雛を片手に抱いて、力一杯支柱を揺らした。残りの卵がコロコロしたが、幸運な事に落ちたりはしなかった。


「オラーッ! 降りて来やがれ!! こんな豚小屋、ぶっ潰れても構わねぇんだぜ!!」


誰かがテントに飛び込んで来た。驚愕の表情のバドだ。


「おまっ!! 何やってんのォォ~!!?? 止めろ! オレんち壊す気か!」

「うるせぇ~!! こんなもん、壊れてる様なモンだろ!! あのバカ鷲を喰ってやる!!」

「バカか!! つーか、アンタ、会いたがってたじゃん」

「あ!?」

「ロゼさん……何してるんですか……本当に、少し大人しく出来ないんですか?」


テントの入り口から、ラヴィが呆れ顔で入って来て、溜め息を吐いた。


「おおぉ、無事だったか」

「様子見に来て下さらないなんて、薄情です」

「なんで俺様がお前に情をかけにゃイケねぇのかなぁ? つーか、なんだよ。お前、セレナと一騎打ちしに来たの?」


それを聞いて、バドとラヴィが、顔を見合わせて笑い合った。

ロゼは眉を潜める。


―――なんだよ、えらい親密じゃねぇか……。


ラヴィが微笑んで言った。


「セレナさんと仲良くなりに来ました」

「は?」


へへっ、と笑って、バドが天井に向けて口笛を吹いた。


「来い! セレナ!」


ロゼを散々コケにした鷲が、いとも簡単にすぃ~とバドの腕に降りて来てとまった。

ポカンとするロゼの手のひらの中で、雛鳥がピーピー鳴いて、彼にえさを求めている。

刷り込み完了だ。


刷り込みであってるかな……すみません。

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