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初恋の人

アスランは十羽程の鳥を雄雌別々の籠に入れて持って来た。

雄鳥は晴れた空を飛ぶと、何処にいるのか分からなくなるくらい空色をしていた。

雌鳥は白く、翼や尾の先端のみが仄かに空色をしていた。

愛らしい姿に惹かれてラヴィは籠を覗き込む。


「手紙を運んでくれるんだ」


アスランはそう言って、バドとラヴィの結婚報告の手紙を一羽の雄の足に括り付け、空へ放った。


「トスカノまでの道のりを覚えさせていたのですか?」

「いや、今回初めて連れて来た。向こうにつがいの雌鳥がいるんだ。コイツら、義理堅いんだよ。嫁さんのいるところがどういう訳か分かる習性を持ってるんだ」


ラヴィは「嫁さん」へ向かって焦れる様に飛び立って行く鳥を眺めた。鳥は既に点ほどになっており、更に色が空と同じ色なのでほとんど見えなくなっていた。


「では、この鳥たちのお相手は、トスカノにいるのですね?」

「そういう事だ。早く飛ぶから、一日で伝達が出来る」

「……」


ラヴィは鳥かごを見た。


―――引き離されて来たんだわ。


トスカノに置かれた雄はマクサルトへ連れて来られた雌へ。

マクサルトへ連れて来られた雄は、トスカノへ置かれた雌へ。

仕事を与えられた時、寂しがっている雌の元へ一心不乱に飛ぶのだろう。

なんだか今の自分の幸せが、後ろめたくなる。


「可哀想とか思ってるな?」


アスランが笑った。

そう言って笑われると、ラヴィは自分が子供じみていた様な気がして少し恥ずかしかった。

曖昧に微笑んで、籠の中の鳥を眺めた。

鳥たちは雄も雌も空を気にしている。

アスランは鳥籠を物憂げに眺めているラヴィを見て、「目を離した隙に全部逃がしてしまわないだろうか」とちょっと心配した。なんとなく、やりかねない。


「あー……アレだ。ホラ、あまりベタベタしてるより、長続きするって言うだろ?」

「……そうなんですか?」

「おう。離れてる時間がある方がこう……燃えるだろ」

「……そうですか?」


不思議そうなラヴィに、アスランは笑った。


「あんたたちがいい例だ」



二日後には返信が来た。

トスカノから急いで来た雄鳥は、特に差異の無い数羽の雌からちゃんと自分の相手を見分けてクルクル鳴くと、アスランにつがい用の籠の中に夫婦仲良く入れられて、つぶらな瞳を閉じて「至高」の表情で寄り添った。

睦まじげに毛繕いをする二羽に微笑んでいると、アスランがラヴィに一通の手紙を渡した。


「トスカノ王からだ」


鳥の足に括る為細く幾重に折られた手紙を受け取ると、ひょいとバドがそれを奪って唇を尖らせた。


「んだよ、あの馬鹿皇子、ラヴィに何の用?」

「馬鹿皇子じゃ無くて、馬鹿王な」


ロゼが雛に餌をやりながら補足する。

セレナのもう一個の卵が孵ったのを聞いて、「俺のアルベルトの方がスゲェ」と言いに来たのだった。アルベルトは雛の名だ。ご想像通り、アルベルト・クチャラが由来となっている。

我が子に近寄る天敵と、最愛のバドに近寄る女狐にセレナは常にピリピリしていて落ち着かない。先程「コレやるからアッチ行ってろ」とばかりにロゼに野ネズミを捕まえて来て放った。


「んだよ~、養育費だけ払えばチャラと思ってるあたり、やっぱ畜生だなぁ」


セレナとロゼが意思疎通出来る日は果てしなく遠い。

バドは折りたたまれた手紙に透視を試みている様子だ。

ラヴィは背伸びをしてサッとそれを取り上げようとしたけれど、バドから物を取り上げる事は至難の業だ。ひょいひょいとこちらを見もせずに躱されて、ちょっと頭に来る。


「わ、わたくし宛ですよ!」

「だからだよ。なんかイヤだ」

「なんでですか、返して下さい!」

「うるせぇ! 俺の前でイチャつくな!!」


ロゼがサッとバドの持った手紙を取り上げて、ラヴィに放った。

ラヴィは思わぬ親切に驚きつつも、小さくお礼を言って手紙を読み始めると、直ぐに落ち着きを失くしてそそくさと集落の外へ出て行った。


「お、おい! なんだよ! ここで読めよ!」


バドが慌てて彼女の跡を追うのを、ロゼは羽交い絞めにしてニヤついた。


「オイ! 放せバカ!!」

「い~じゃねえかよぉ~。秘密の一つや二つあったってさぁ~」


―――しめしめ、あの馬鹿皇子がやっぱりアイツを惜しがって甘い手紙を書いたとなりゃぁ、まさかのザマァ展開勃発かもぉぉぉ!


ロゼは他人の寝取られも大好きだった。

ロゼの行動理念に『親切』などあり得ないのだった。



『拝啓 ラヴィ・セイル様


お元気でおられる事、喜ばしく思います。

別れた時よりもきっと美しく咲き誇っておられる事でしょう。

そう思うと、お顔を拝見したいですが、反面胸が詰まります。

何より、私がマクサルトへ尋ねる頃には貴女はまた飛び立っておられる事でしょう。

貴女は、貴女がまだ幼い少女だった頃に、私に決心をさせた。

その純粋さとひたむきさを今もお持ちのご様子だ。

今でも、想います。

もっと早く、お会いできていたら、と―――

出来れば、貴女の横で笑っているであろう子悪党が貴女の手を取る前に』


物騒な手紙だった。

ラヴィは慌ててバド達から離れると、集落の外れの草むらにわしゃわしゃ入り込むと小さくしゃがみ込んで続きを読んだ。

そんな事をする理由は、自分で分かっている。



『しかし、私には貴女の相手は務まらない事を今回のアスランの報告で思い知りました。

 貴女を閉じ込める惨めなおとこにならなくて良かったと思います。

 そして、風の様にすり抜けられる憐れなおとこにならなくて良かった、とも。

 若きマクサルト王の愛の器に完敗しましょう。馬鹿には勝てません。私なら狂ってる。

 最後に足掻かせて下さい。

 少しでも貴女を足止めしたい。

 貴女の婚礼衣装を一式マクサルトへ、トスカノから注文致します。

 仕上がりに一月以上は掛かる様、細部まで繊細な造りを要求致します。

 (満足出来なければ国交を経ちます。もちろん、援助もしません。)』


ラヴィはカッコ書き部分に苦笑して、潤む視界を振り払った。

ずっと後ろめたさを持っていた相手だった。

こちらから何か仕掛けたワケでは無い。

それでも、不可抗力とはいえ、何度か彼を裏切った事があるのだ。

初恋だった。とても淡く短い初恋。

常に噂される様に、初恋は叶わないと言うけれど……。

そんなモノじゃなかった。

『子悪党』が知らない間にするっと盗んで行ってしまったのだ。

盗まれるのに気付かずに、止められもせず。

そんな事は良くある事だ。それでも、真面目な彼女はそれを心の片隅に引っ掛けたままでいた。

綴られる暖かい何行かに目を走らせ、最後の一行を、彼女はそっと抱きしめる。


『いつ如何なる時も、ご自身の選択を、誇りに思ってください。どうかお幸せに』


柔らかい草と同じに風にそよがれながら、青い香りを風に託した。


ラヴィが集落へ戻ると、バドがいなくなっていた。

アスランは機織り機の様子を見に行っているし、ロゼは雛を連れて船へ戻った様子だった。

バドのテントを尋ねると、セレナが神経質に鳴いた。

どうも、仲良くなるには時間が掛かりそうだった。

オバアが座っていて、「ここにはいないよ」と微笑んだ。


「ボン様が行きそうなところを、貴女、覚えなくてはなりませんね」



ラヴィはオバアに言われる間でも無かった。

彼女は再会の丘へ向かった。

バドはラヴィがトスカノ王に心惹かれていた事を知っている。

まさに恋に落ちる瞬間に、彼はその場にいたのだ。

今度はバドに後ろめたさを感じながら、ラヴィは丘を見渡した。

やはりそこが風を避けられる場所なのだろう、前回と同じ場所にバドは仰向けに寝転んでいた。

ラヴィが彼の名を呼んで近づくと、彼は半身を起き上がらせて、傍に座る彼女を引き寄せた。


「手紙なんだって?」


声が不機嫌だ。


「お祝いの言葉でした」

「ふぅん……」

「わ、わたくし達の、結婚の」


「わたくし達」を強調して、ラヴィは念を押す様に伝えた。


「何か他には?」

「え、何がです?」


ラヴィが目を泳がせると、バドが彼女に詰め寄った。


「何か他にも書いてあンだろ」

「無いです、無いですよ」

「じゃあなんでそそくさ一人で読むんだよ」

「ロ、ロゼさんが煩いなぁと……」


ロゼさんごめんなさいごめんなさい。でも、いつもはそうですよね?


「静かに落ち着いて読みたい内容だったってワケ」


バドがしつこい。

でも、何故だろう。ラヴィの胸の中は甘い。


―――心配しなくても、大丈夫ですよ。


そう言いたいけれど、うぬぼれている様でラヴィには言えなかった。

言えないから、詰め寄る彼の頬に手を当てて、キス。

彼が満足する分だけ、そうするつもり。

余計に燻らせて、火を点ける事に気付かずに。


選択は、間違った方が面白い時もあるのだ。




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本編も是非!【蜥蜴の果実】
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