第二十六話 竜人ドラゴの憂鬱
私はご主人様の召喚獣ドラゴとしての責務を果たせているのだろうか。
ご主人様は私のことをどう思っていらっしゃるのだろうか。
セリアンは死が怖くないと言っていた。私も死は怖くない。しかし、私はセリアンとは違って、ご主人様に必要とされなくなることが怖い。
ずっと召喚されないまま、最終的に私のことなど忘れてしまわれたら……、と思うと夜も眠れないことがある。
それに、ご主人様のことを考えている時間が前より増えた気がする。
最近のご主人様は私と二人でいた時よりも楽しそうな顔をしておられる。それは召喚獣としてとても喜ばしいことだ。ご主人様の幸せが私の幸せでもあるのだから。
でも、心のどこかがむず痒く、ご主人様のことを考えていると心が苦しくなることが多い。
私も馬鹿ではないのだから、この気持ちがなんであるかは理解している。
だが、私はこのような気持ちを持ってはいけない。自分の立場というものがあるからだ。
……今日は正直なところ疲れた。半日近く飛び続けていたのだから無理もない。疲れているからこういう思考回路になっているだけで、明日にはこんな余計なことを考えることもないだろう。
「ドラゴ、おつかれさま。今日は疲れたろ。ゴールドはまだ結構あるからまたスイートルームに泊まろう。今日はゆっくり休むんだ」
ご主人様は普段からとてもお優しく、私にねぎらいの言葉をかけてくださる。
また、ご主人様は私の名前をよく呼んでくださる。まあ、私だけでなく他の方の名前もよく呼ばれていらっしゃるので、おそらくご主人様の癖みたいなものなのだろう。
ご主人様の綺麗なお声で名前を呼ばれると、私の心が満たされていく。
それに、ご主人様は身長も体格も私より大きいのだが、綺麗な顔をしていらして、目を細め、口をあまり開かずに口元をあげて微笑まれると私の心臓も跳ね上がってしまう。
カザの言うとおり、本当に私はいいご主人様に恵まれた。切にそう思う。
もちろん、どのような方がご主人様であっても、ご主人様はご主人様なのだが……。
「ありがとうございます」
「ミレーヌ、カザ。今日はもう暗いし、ドラゴも疲れてるから早いところ宿屋に行こうと思ってる。俺はドラゴとセリアンと一緒にスイートルームに泊まるつもりだが、お前らはどうする?」
「あたしたちは普通の部屋に泊まるわ。……も、もしかして一緒の部屋に泊まろうだなんて思ってないでしょうね! 絶対にお断りよ!」
「思ってねーよ。どう考えても五人が同じ部屋に泊まるのは無理があるだろ」
ご主人様とミレーヌ様のいつものやりとりが始まる。
最初、お二人は相性がよくないのかと思っていたが、これがミレーヌ様のご主人様に対する愛情表現の形なのだろう。
ご主人様がそれをどう思っていらっしゃるのかはよくわからない。ご主人様も最初はミレーヌ様のことを邪険に扱われているようであったが、最近はそうではないご様子である。
私たちはミレーヌ様たちと同じホテルに泊まるが、途中で別れて私たちは別の部屋へと向かう。明日の集合時間は朝の九時半だそうだ。
ご主人様は朝が弱いようなので、いつもそのくらいの時間に出かけることになっている。
私もご主人様が起きられるまでは道具の手入れなどをしてよく時間を潰していた。もちろん、ご主人様よりも遅く起きたことは一度もない。召喚獣として当然の務めだ。
部屋に入ると、ご主人様にお声をかけられる。
「ドラゴ、先に風呂に入っていいぞ。俺らは後から入る」
今まではご主人様と一緒に風呂に入っていたのだが、今日はなぜか先に一人で風呂に入ることを勧められる。
「ご主人様の前に私が風呂に入ることなどできません。いつものようにお背中をお流しいたします」
「いいから先に入れ。一人で入ったほうが疲れも取れるだろ」
「主とドラゴはいつも一緒に風呂に入ってんの?」
セリアンがそうご主人様に質問する。
「いや、そうだが……、あれだぞ……、いやらしい意味とかは全然なくてだな……」
セリアンがご主人様のことをじっと睨みつけている。
ここは私がフォローすべきところだろう。
「いつも私がご主人様のお体を洗い、ご主人様が私の体を洗ってくださるのです。ご主人様は私にもとても気を使ってくださいます」
「やっぱり、ただドラゴの体をいやらしく触りたいだけじゃない。うちはなんと言われても風呂には一人で入るから。主の命令に従わなきゃ風呂には入らせない、って言うのなら別に入らなくてもいい」
「……ドラゴ……。どうせセリアンは最初からそう言うと思ってたから別にいいけど……。とにかく、今日の風呂に入る順番はドラゴ、俺、セリアンの順で一人ずつな」
「承知いたしました」
どうやら私はご主人様のフォローに失敗したらしい。別の機会に挽回せねば。
そのあと、風呂や食事を済ませ就寝することになる。今日は翼のマッサージはないようだ。ほっとしたような、残念なような複雑な気分である。
この部屋には二つのベッドがあって、どちらとも二人用のベッドのようだ。
「ドラゴはそっちのベッドに一人で寝ていいぞ。俺とセリアンはこっちのベッドに寝るから」
セリアンが不満の声をあげる。
「えー」
「えー、ってドラゴは今日疲れてるんだから、広いベッドで寝かせてやらないといけないだろ。それともセリアンは別の場所で寝るつもりか?」
「いや、ベッドに寝たいけど、主、確実にうちにいやらしいことするでしょ。だったら床にでも寝た方がマシ」
「しねーから。なんにもしねーよ」
「どうだか」
私が口を挟む。
「でしたら、私がご主人様と一緒のベッドに寝て、セリアンが一人で寝るのはどうでしょうか?」
「いや、今日はドラゴは一人で寝た方がいい。俺たちは疲れてないけど、ドラゴは半日も飛び続けてたんだからな」
私の提案が却下される。もしかして、ご主人様はもう私と一緒に風呂に入りたくもないし、一緒に寝たくもないのだろうか……。
「まあいいや。じゃあうちはもう寝るから。おやすみー」
そう言って、ご主人様よりも先にベッドに入るセリアン。続けて、ご主人様も同じベッドに横になる。
そして、私は隣のベッドに一人で寝た。たしかに広くて疲れはとれそうだったが、何か物悲しい。
隣ではご主人様とセリアンがなにやら楽しげな会話をしていらした。
「ちょ、ちょっと抱きつかないでよ!」
「俺は何か抱いてないと眠れないんだよ。黙って寝てろ」
「いやらしいことはしないって言ったじゃない!」
「いやらしいことはしてない。ただ抱きついてるだけだ」
「あーもう! 変なところ触ってきたら殺すから!」
「俺はもう寝るぞ、おやすみ。ドラゴもおやすみ」
そうおっしゃられるご主人様に私も就寝のあいさつをする。
「おやすみなさいませ、ご主人様」
私は隣のベッドが気になって眠れなかったが、疲労のせいか、いつの間にか深い眠りに落ちていた。




