第二十三話 反抗期の娘
「あの、俺は君を召喚したんだけど、何か言うことはない?」
「特にないけど……。では、問題。うちは今、何を考えてるでしょうか?」
なぜか、いきなりクイズが始まったぞ。少なくとも大事な大事なアタックチャンスではなさそうだ。むしろディフェンスチャンスっぽい。
しかも、問題が漠然としすぎてて難しい。
あと、うちって京都の人か?
とりあえず適当にそれらしい答えを答えてみる。
「この素敵な人は誰だろう? もしかして私のご主人様?」
「不正解。正解は、うちの目の前にいる冴えない男、早く死んでくれないかな。あと、ついでに後ろにいる根暗女も死んでくれたらいいのに。でした」
なんだこいつは。今までに感じたことのない毒舌感を感じる。いや、毒舌ってレベルじゃない。ただの暴言。言葉の暴力だ。
小学生の時に俺が受けた数々の暴言と同じくらい酷い。
さすがの俺も、穏やかな心を持ちながら激しい怒りに目覚めそうになる。
普段はあまり口を挟まないドラゴも、ここぞとばかりにまくし立てた。
「あなた! あなたはご主人様の召喚獣なのでしょう! だったら召喚獣らしい言動をしたらどうなのですか! 私への暴言はまだしも、ご主人様への暴言は私が許しません!」
「召喚獣らしい言動って何? ご主人様とやらにペコペコするのが召喚獣らしい言動なの? それに許さないってどう許さないつもり? うちの心臓をその槍で貫くの? どうせそのうち生き返るよ」
ドラゴが珍しく狼狽える。
「ドラゴ、もういい」
こいつに説教しても無駄そうだな。
反抗期の娘を持ったお父さんの気持ちが少しだけわかる気がする。心底うざいのに、仲良くはなりたいという不思議な感情だ。そうやって何をしていいのかわからず、車で送り迎えをしてあげたり、お小遣いをあげたりすることしかできなくなるのだろう。
俺は別のアプローチを試みてみる。質問攻めでこちらの流れに持っていくのだ。
「俺の名前はソラ・サンだけど、君の名前は?」
「名前はまだない」
我輩は犬である。ってか。
「獣人族だよね? 獣人族の別称ってなんていうの?」
「セリアンスロピィ」
長い名称だ。それに初めて聞く。
「じゃあ君の名前はセリアンね。得意な武器は何? そもそもモンスターと戦闘できる?」
「馬鹿にしないでよ。モンスターくらい簡単に倒せる。得意武器は銃。……てかその名前何? もしかして、そっちのドラゴってのもドラゴニュートからとってるわけ?」
お、セリアン側から初めてまともな質問が返ってきた。これはちょっとは進展してるととってよさそうだな。
それと「馬鹿にしないでよ」の言い方がかわいかったので、俺の頭の中でプレイバックされる。
「そうだ。覚えやすいようにな」
「馬鹿じゃないの。そんな名前のつけられかたなんて聞いたことないんだけど。しかも、女にドラゴって……。それともそこの根暗女が馬鹿なのかな」
ドラゴが割り込もうとするが制止する。
「そうか。でも他にいないってのは逆にいいことなんじゃないか?」
「逆にって言えばなんでも正当化されるとでも思ってるでしょ。あんた多分人間族だろうけど、人間族がヒューマンからとってヒューマって名前をつけられたらどう思う?」
たしかにそれは微妙かもしれん。俺は消える魔球を投げるために、ギブスをつけて血反吐を吐くような努力はしたくないし、重いコンダラも持ちたくない。正直、コンダラっていうトレーニング道具があると昔は勘違いしていた。
「それは悪いことをしたな。じゃあ名前変えていいぞ。ドラゴも名前が気に食わないのなら変えてくれ」
「いえ、私は今の名前が気に入っておりますので。それに普通、召喚獣は改名しないものかと思われます」
「別にうちもセリアンでいいよ。新しい名前も思いつかないし。ん? 召喚獣?」
ドラゴの口ぶり的に、改名できないこともないけど、しない召喚獣がほとんどって感じっぽいな。
しかし、お互いだんだんと会話に慣れてきたような気がする。これはあと一歩だな。
「その銀髪、自毛なのか? 綺麗だな」
「自毛じゃなかったらなんだっての。誇り高きシルバーウルフの証よ」
「ん? シルバーウルフ?」
ドラゴが耳打ちしてくる。例のように、水仙の香りがして、大きなお胸が俺の腕をムギュムギュいわせる。
「獣人族の中にもたくさんの種族があり、シルバーウルフはその中の一つで、気性は荒く孤高を好むと言われております」
犬娘かと思ったら狼娘だったのか。耳は完全に犬耳にしか見えないし勘違いするところだった。よく見たら、たしかに尻尾がなんとなく狼っぽい。狼と犬の生物学的な区別なんて全然わからないけど、多分、セリアンに犬とか言ったら相当怒ってただろうな。ドラゴGJ。
「ところでその根暗女はなんなの? あんたの使用人かなにか?」
「ドラゴは俺の召喚獣だ」
「召喚獣? 召喚獣って一召喚者につき一匹なはずだけど、うちもその子もあんたの召喚獣っておかしくない?」
「俺は特別に召喚獣を何人も持てるんだよ。だからドラゴも俺の召喚獣だし、セリアンも俺の召喚獣。あ、このことは他のやつらには黙っててくれよ」
「じゃあ、うちを召喚獣じゃなくしてよ。召喚獣なんて一匹いれば十分でしょ。その子だって、自分が召喚獣じゃなければ一匹で自由に生きていくことができて幸せになれるのにって思ってるはず。あんたの前では口に出さないだろうけど」
「そんなことはありません! ご主人様は私に非常によくしてくれております。むしろ、一人で生きることになったら不幸です。今、ご主人様と共にいることができて、これほど幸せなことはありません。」
ふーん、といった様子でドラゴを見るセリアン。
あと、俺はドラゴの本音が聞けてかなり嬉しい。感動した!
「召喚獣を召喚獣でなくする方法なんて俺は知らない。召喚獣は召喚獣だろ?」
「まあそうだろうね。てきとーに言ってみただけだから気にしないで。しかし、あんた、その子をよくしつけてあるんだね。どんな手を使ったの?」
「いや、ドラゴは最初からだいたいこんな感じだけど。まあ、変わったっちゃ変わった部分もあるが、そんなに大きくは変わってないし、しつけなんて何もしてないぞ」
翼マッサージとか、一緒に風呂に入るとか、同じベッドで寝るとかはしつけじゃないよな。
「わかった。じゃあここを出ようか主。道中はうちとドラゴでなんとかするよ。うちは今のところ武器を何も持ってないから素手だけど」
あれ? 急にどうした? セリアンの態度がいきなり変わって、俺の呼び方もあんたから主になっていた。ドラゴのことも根暗女とかその子とかじゃなく、ちゃんと名前で呼んでいる。敬語じゃないのは相変わらずだが、別に気にもならない。
「ああ、そういえばセリアンに言ってなかったことがあったな。俺は魔導師だ。しかも特例で全ての属性の魔法を使える。時魔法もな。だからここからは、時魔法のワープという呪文で外に出る。ちなみに、このことも他人に知られるとまずいから絶対に秘密にしててくれ」
そう言って町の近くにある、遮蔽物があっていつも周りに人がいない場所にワープする。
これにはさすがのセリアンも驚いていたようだ。




