第十八話 お勉強の時間、アレサの助言
メイドチームの研修の後、私は城内図書館でアイラ様とライモ様の情報を集めました。
お二人の出会いは十二歳。エドワード王と王妃キャリーの離婚で傷ができた宮廷を癒すため、宮廷道化師が募集されました。そこに来たのが、官僚のお墨付きのサーカスの人気美少年道化師、ライモ様です。
ライモ様は天使の翼を羽ばたかせ歌い、鎖で繋いだライオンを征服して謁見室を駆けるという派手な曲芸を披露しました。
「あなたよ。宮廷道化師はあなたがなるべきよ」
アイラ様の鮮烈な一言で、ライモ様は宮廷道化師になりました。アイラ様は「ライモは母に傷つけられた私に勇気をくれた」と新聞記者に回答してらっしゃいます。
一時期は学問のためお城を離れても、二人はずっと想いあっていらっしゃいました。
「こっそりお城を抜け出してデートしてました。アイラ女王のお誕生日、十四歳の時です。若気の至りですね」
ライモ様、雑誌の取材にさらっと答えてます。
少女漫画だよ、顔面いいからそういうエピソードも最高に響くんだよ!
さて、スメラ国出身としてびっくりなのが「イカル」という存在です。私はイカルと会ったことがありませんが「とにかく気持ちが悪い」という評判の悪さ、食べログで「ヘドロが出てきた」レベル。メイドにいたずらして泣かせたり、使用人を殴ったり悪意の塊でした。
それが急にいなくなったのは、世界平和を守る組織「平和連」から逃亡していたのです。イカルは、アステールの戦争でお金を稼ぎたい悪い大臣たちと結託していたのです。絶対平和の中央大陸において、戦争企画そのものが大罪です。
イカルは平和連に追跡されましたが、未だに捕まっていません。
しかも、イカルはキャリーに「復縁のお願い」の手紙を書かせ、エドワード王に何通も送りつけていました。この手紙には精神衰退の呪いがかけられており、エドワード王は心身衰弱してしまいます。
これは禁術で、魔術の秩序を守る魔術協会からもイカルは指名手配されました。
スメラの王族はみんな毒々しい…………
何人も愛人を囲ってる王様、王権の骨肉の争いと、王族同士の禁断の契り。
なんてこった、これだからシンシアさんはスメラには目を伏せられる。
さて、スメラのことはもう思い出したくないので切り替えていきましょうね。
アステールの悪代官たちはまとめて捕まり、国会でライモ様に懲らしめられましたとさ。そうしてイカルの悪行が発覚、王は田舎で療養されました。
その間、アイラ王女が「王代行」となり、そのまま即位されたのです。
当時の新聞には「たった十八歳の少女に国政は不可能だ」
「前例のない女の王、国民を混乱させる」
「ジーモン宰相は鈍化した。アイラ王女を傀儡とするのでは」
など批判されましたが、アイラ女王が謁見の会を開くと、長蛇の列で一日では終わらず予約制に変更されました。
アイラ女王は一人一人の国民の声に耳を傾け、その聡明さと情愛で国民の人気が上がり、新聞は手のひらを返して、
「素晴らしい女王の謁見、堂々たるお姿」
「誰一人として見過ごさない丁寧な謁見」
「美しいアイラ女王様」
と書き立てました。
アイラ女王は毒母キャリーも打ちのめし、スメラ国とは争いを避けて外交で解決。このあたり、私たち下々の者の預かり知らぬことなのです。スメラでは王族の情報は内密でしたから。
アイラ女王はライモ様一筋でした。
戴冠式で、
「私はここに宣誓します。この国の主権は王ではありません。あなたがた一人一人の国民です。生まれたばかりの子供にも、老いた者にも。さまざまなジェンダーの人々、障害のある人。すべての尊い命に人権があります。私はその命を守る王となります」
と、素晴らしいスピーチをしました。
その夜にアイラ女王はライモ様に求婚したのです!!
指輪のケースをパカっと開けて「結婚してください」とプロポーズしたときのお姿は、なんと真っ赤な燕尾服。
そしてライモ様はひらひら純白花嫁衣装だったと、繊細なタッチのペン画で雑誌に描かれています。
わーーーリアルタイムで見たかったぁ!
女王から指輪パカんとしてプロポーズ、良き。
女王と宮廷道化師、身分差を越える決意をした二人は婚約しました。批判はすべて三官女さんたちが受けたそうです。
強い愛で結びついた二人だから、龍殺しに選ばれたのでしょう。アイラ様は赤い龍を、ライモ様は黒い龍をそれぞれ討伐しました。ライモ様の守護騎士のレイサンダーさんは援軍のリーダーとして活躍されています。
龍の襲撃で誰一人死ななかった、奇跡の龍討伐でした。
不思議な話があります。
アイラ女王とライモ様、龍討伐にあらゆる関わり方をした人には「無限星の印」が皮膚に浮き上がったそうです。星マークの上に無限の印が重なった印は「選ばれ者」として、アステールの謎として考察の本も出ています。
無限星の印は過去の伝記にも登場し、無限星の印に選ばれたのは108人という記録があるそうです。幻想水滸伝かな? 友達がハマってたゲームを思い出すなぁ。
この無限星の印は、ライモ様とアイラ女王にはなかった。
印がなくとも選ばれし者という運命の説得力でしょう、という解釈がされています。
だいたいの記録を読み漁り、ふう、とため息をついて本を棚に戻しに行くと、アレサがいました。あれ、なんでここに。
「アレサ、どうしたの? 何か読みたい本あった? また朗読しようか?」
アレサは読み書きができません。アレサが寝付けない時、私がよく本を朗読する習慣がありました。
「いや、いい。実は、読み書きはここの学校で習って、だいたい覚えた」
「そうなの、すごいじゃない。アレサって物覚えすごくいいもんね」
「まぁ、そうしなきゃいけないからな。なぁ、夕飯前にちょっと話したいことがある。ここを出よう」
アレサが低い声で言いました。私たちは図書館を出て中庭のベンチに座りました。日が暮れて、学校から子供たちがわあわあ騒ぎながら出てきました。
「これを持っててくれ。魔術師ローレライから買った丈夫な鳴り石だ。女王の龍討伐に加わったローレライの品だから確かだ」
アレサがエプロンのポケットから緑色の石を出しました。二つに割れた石を合わせて、渦巻きの模様が合っているか確認させて、片割れを私にくれました。
「何かあったときに鳴らせ。いいか、ここの城は完璧に平和じゃない。伝達チームに入ってわかった。そして、ミーナ。おまえはかなり城で有能だと出回ってる。頭がキレると悪い奴からも狙われる、気をつけろ」
アレサが真剣に言います。私は強く頷きました。
「心配してくれて、ありがとう」
「身の安全を考えれば、ライモとアイラ女王の近くにいる方がいい。三官女、魔王ジーモン、ダニエル、シンシア、変態王は信頼できる」
「何か、お城で悪い噂でもあるの?」
私の質問にアレサは黙り込みました。
「まだ言えないってことね。わかった、話したい時に話してくれればいいよ」
私が言うと、アレサはほっとした顔で立ち上がりました。
「飯、食いに行くか」
アレサが笑顔になります。アステールに来てからアレサの表情は柔らかくなり、顔色もよくなり、夜中にうなされていることも少なくなりました。
親友の幸福が、私の幸福です。




