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Battle No.5 決着

 楽しい! 楽しすぎる!

 あれほど恐ろしく、勝てないと思い込んでいた魔物は今目の前に倒れている。

 倒したんだ、僕が、僕の力で。

 痛みも、血も、全部キャラメルのように甘くて甘美に感じる。

 ようやくわかった、なぜ師匠は僕を同類と呼んだのかを。なぜ僕はお母さんに喧嘩を売ったのか。

 そもそも一人で魔物の森に入ろうとしたことが異常なんだ。

 強い相手に拳を向けて、痛みを堪えて、征服感を楽しむ。

 僕は、異常者なんだ。異常戦闘愛者なんだ。

 だから、僕は、僕は……!


「姉様……?」

「あっ」


 限界までハイになった僕の意識は、アンナの声に引き戻された。

 僕は魔物と闘うためにここに来たわけじゃない。

 僕はアンナを助けるためにここに来たんだ。

 そう我に帰ると、体の熱は一気に冷めた。

 アンナは無傷なのか? 怯えているのか? そもそも血塗れの僕はアンナを驚かすんじゃないのか?


「アンナ、違うんだ」

「やはり姉様はかっこいい……」

「えっ」


 かっこいい⁇

 なにを言っているんだこの子は?

 色々と謎だが、怖がられてないみたいで、とりあえず彼女の救出に向かう。


「大丈夫? どこか打たれてない?」

「姉様のおかげで、なにも……」

「そっか。じゃあ今すぐ縄を解くね」


 さっきほどの焦りはないおかけか、順調に縄を解くことができた。

 

「立てられる? 手を掴んで」

「ありがとう、ございます」

「よいしょ……うぐっ」

「姉様⁉︎」


 力を入れる瞬間、全身に激痛が走る。


「大丈夫、だ。ちょっと、傷が」

「いけません! 早くお医者さんのところに行かないと!」

「そうだね、ちょっと肩を貸して、く、れ……」

「どうしたのです……そんな……」


 全身に寒気が走る。

 さっきまでどこかに行っていた他のマッドウルフたちは、一斉に戻って来た。

 倒された仲間を囲んで、僕たちを睨んでいる。

 

「アンナ!」

「はいっ」

「逃げろ! 僕に構うんなっ!」


 今のアンナは動ける、一人でも屋敷に帰れる。

 だから僕がマッドウルフたちの気を引きつける。


「なにをおっしゃっているのですか⁉︎」

「いいから! 行けっ!」

「……!」


 僕の勝算はゼロ、確実に殺される。

 だけどこの命と引き換えにアンナを助けることができるなら、それでいい。

 死を覚悟したその時、横の草むしりから聞き覚えのある声が聞こえた。


「さすがはナタリーちゃん、よく頑張った」

「この声は、師匠!」

「そう! ナタリーちゃんが大好きの師匠さ!」


 草むしりからエルフの美人が現れた!

 これなら全員生き残れる! やったぁ!


「姉様を……」

「「えっ」」


 アンナの口からドス黒い声が聞こえた。今までにない低いトーンで僕と師匠は一緒に驚くと、


「姉様をいじめるなああああああああああ!」


 光の柱が僕と師匠の目の前をよぎる。

 視界に白い光しかなく一瞬天国にでも行ったのかと思ったが、すぐに光は消えた。

 そして見えたのは焼きこけた地面、マッドウルフたちの居た場所になにも残っていない、その先の森の一部も消えて大きな道になっている。

 そしてアンナの方を見ると、彼女は必死な様相で両手を突き出している。


「流石は天才だな、この歳でここまでの雷魔法と使えるとは」


 師匠の言葉で僕は思い出した、アンナは魔法の天才であることを。

 腕の縛りが解いた今なら自由に魔法が出せる。

 ってことはさっきの僕の心配は杞憂だったのか……。

 そう考えると緊張感が一気に抜けてしまい、


「あ……」

「姉様⁉︎」

「ナタリーちゃん⁉︎」


 僕の意識は消えていく。

 ……。

 

「はぁっ⁉︎」


 意識を取り戻そうとしたら、僕の体は起き上がった。

 起き上がった?

 ベットの上? ていうかここは僕の部屋じゃないか?

 困惑していると、僕の体は抱きしめられた。


「姉様‼︎」

「ナタリー様‼︎」

「イタッ! ってアンナとマリア」


 愛し妹と大親友が僕を抱きしめていた、しかも号泣しながらで。


「よかった! よかったです!」

「ごめんなさい! ごめんなさいいいいいい!」

「ちょっとどうしたんだ二人とも」


 助けてを求めて周りを見渡すと、なぜか師匠もここにいた。


「師匠! 一体どういうことなんすか⁉︎」

「よっ! おはよー」

「おはよー、じゃないんすよ! アンナとマリアはどうしたんだ?」

「気ついてないのかい?」

「なんすか?」

「あなた、森で倒れてから三日間ずっと昏睡してたんだよ」


えっ。


「ええええええええええ⁉︎」


 寝落ちを我慢しようとしたら時間が三日飛ばしただとおおおおお⁉︎


「これは重症だな。この二人は三日間ずっとあなたの世話をしてたんだぞ?」

「まじで?」

「まじ」


 視界を二人の方に戻すと、号泣で腫れている目の下にクマが見えた。

 

「ううううううう! 姉様!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 そんな彼女たちを見て、僕の目も潤んできた。


「僕こそ! 心配させて! ごめん!」

「「ううううううう‼︎」」


 戦闘の恐怖感、安心感、二人への申し訳なさがごちゃ混ぜになって、頭がぐちゃぐちゃになって。

 僕も二人を抱きしめて、三人で一緒に号泣した。

 泣き止んだ後、僕は改めて師匠に事情を聞いた。


「やはり幻魔教の狙いはアンナだったんすか?」

「その通りだ。最初は町にいるアジトを襲う予定だけだったが、ちょうど奴らが馬車で森にいる『モツ』を取りに行くところに出食わして、そこでやっと嬢ちゃんの誘拐が目的だとわかったんだ」

「なるほど。じゃあアンナを助けれたのは師匠たちのおかげってことすね」


 もし馬車が森に行けたら僕はきっとアンナを助けられなかった。


「それよりあなたも派手にやってたらしいではないか」

「そうっすかね? ははぁ……」

「アキレス落としをこんなに早く実戦で使いこなすなんて、流石は私の弟子ってとこかな」

「あざーす!」

「だがな」


 さっきまでの気楽な態度から一転し、師匠は厳しい顔になった。


「その後のことは感心しないね。助け人なしに単身で森に入って、しかも武器と防具なしに魔物と闘うとは」

「はい……」

「私もあなたの危うさを甘く見たようだ」


 師匠の言う通り、僕の一連の行動は明らかに異常だ。普通なら屋敷の使用人に助けを求める場面で、僕は自分でなんとかする選択肢を選んだ。


「楽しかっただろう?」

「えっ」

「魔物との死闘、生るか死かのやりとり」

「……」


 楽しい要素が全くない、恐ろしい単語の羅列。

 だけど師匠の言う通り、


「はい……」


 心の底には楽しいという感情があった。


「その結果、肋骨二本骨折、右腕と腹に切り傷、延髄打撲、全身のあらゆる骨に軽度な亀裂、内出血多数。ちなみに腹の切り傷がもう少し深かったら内臓が飛べ出てしまう可能性がある」

「えっ」

「わかるかい? 私がその場で治療しなかったらあなたは死んでもおかしくなかったんだよ」


 師匠から的確な描述を聞いて、僕だけでなく横で聞いているマリアとアンナも顔真っ青になった。

 もし賢者と呼ばれる大魔法使いがその場にいなかったらなんて、想像すらしたくない。


「反省しろ。戦闘と自殺は同じものではない」

「待ってくださいカリン様!」

「どうしたんだいマリアちゃん?」


 師匠の言葉を聞いて、マリアは声をあげた。


「ナタリー様を責めないでください! もし、私が、倒れなかったら! きっと、ナタリー様は、あのような無理を」


 彼女の声はいつもと違って、荒くて、冷静さはそこにいなかった。


「もし、私は、役立たずではなかったら」

「マリア……」


 僕はようやく彼女の悲しみを完全に理解できた。

 彼女は最初から僕のそばに居たのに、倒れたせいで肝心の時だけ僕を助けることができなかった。

 もし僕が同じ立場だったら、きっと同じことを思うのだろう。

 それに加え、アンナも声をあげた。


「アンナが、誘拐されなかったら、姉様が傷を、負うことは、ありません。だから責めるなら、姉様ではなく、この間抜けなアンナを……」

「アンナ様! そのようなことを言ってはなりません!」


 だけど師匠は非情に二人を否定した。


「嬢ちゃんの誘拐も、マリアちゃんが加勢できないことも、ナタリーちゃんにとっては前提条件。それでもあの無理をした。今の惨況は完全に彼女の自己責任だ」

「「ですが……!」」

「待って待って! みんな落ち着けって!」


 これ以上話題を白熱させないように、僕は皆を呼び止めた。


「マリアはなにも間違っていない。相手は恐ろしいテロリストだぞ? むしろ怯えずに追いかけた僕の方がおかしいって」

「そのようなことは……」

「アンナも。僕だって信頼してた人が自分を誘拐するなんて想像できないもん? 反抗できないのも仕方がない」

「でも、アンナのせいで……」

「自分を責めないで。だって僕は今すっごく嬉しいよ、こんなに僕を心配してくれる仲間がいるのだから」


 僕は二人の頭に手を乗せて思いっきりわしゃわしゃする。

 無能お嬢様だった僕がこの二人のためになにかができた、それだけ満足だ。


「師匠も、反省するから意地悪はもうやめてくださいね。かわいい子を泣かせるのが趣味ってわけじゃないんすよね?」

「はいはい、もう言わない。私の弟子って女だらしだね」

「どういう意味っすか」

「言葉通りだよ。そんなナタリーちゃんには素敵なお知らせがあるんだ」

「はぁ?」


 師匠はクスクス笑いながら言う。


「今の傷全治一ヶ月だから、一ヶ月間そんなかわいい子たちの手取り足取りのお世話を堪能できるぞ。ちなみにベッドから離れるのは禁止だ」

「待って待って、どういうこと」

「自分の足を見てごらん」


 僕は慌てて布団を退かすと、太い縄に縛られている自分の両足が見えた。


「ウソッ⁉︎ じゃあどうすんだよ、トイレとかさ⁉︎ 二人とも何か言って⁉︎」

「ナタリー様のすべてをお世話できるなら本望です」

「アンナ、よくわかりませんが、頑張ります!」

「師匠、今すぐ僕を治してください! お願いします!」

「やーだよ」

「いやああああああああああ」


 結果、かわいい女の子たちの密着治療のおかげで僕は二週間だけで完治できた。

 一応トイレに行く時ベットから離れることを許された、恥を晒さなくてよかった。


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