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Battle No.5 急展開

 あれから一週間が過ぎた。

 トレーニングは全部午後に早めに終わり、その後マリアとアンナと一緒にどこかへ遊びに行く。

 偶然見つけた河原で水遊びしたり、樹に登ったり、ポーカーで遊んだり、この歳に相応しい遊びをたくさんした。

 アンナも見る見るに明るくなっていき、お姉ちゃんとして嬉しい限りだ。

 ただ唯一の問題があって、それはセシリさんのこと。

 やはり僕のことを警戒していて、ことあるごとにアンナをとめようとする。そのせいでアンナは一〜二時間程度しか遊べない。

 しかもアンナに強く出れないからか、今度は僕を脅しに来た。

 お母さんの名前を出して、これ以上アンナにかかわると厳しく賞罰されるとか、もうふんたりけったりだ。

 僕に対しての疑念はわかるが、流石に毎日二時間くらいしか遊べないし、アンナが僕に傷つけられたわけでもないし、そこは大目に見てくれても別にいいと思うな。

 そして小雨が降っているこの嫌な朝に、セシリさんは僕の部屋に訪ねた。


「おはようございます、ナタリー様」

「セシリさん? どうしたんすかこんな時間に」


 今日のセシリさんはいつもに増して敵意を感じる。

 彼女の目線からの気配は、殺意にすら思えるほど鋭かった。


「これが最後の警告です、二度とアンナ様に近づかないでください」


 相変わらずの要望だった。


「それはできないっす。僕がなにをしたって言うんすか?」

「なにもかもです。あなたの存在はアンナ様に悪影響しかありません」

「なんで! 僕はアンナをいじめるようなことしてないし、セシリさんにもわかるんじゃないっすか、アンナが明るくなったことを!」

「そういうのは関係ありません。アンナ様にとってあなたは邪魔ものです」

「なんだよもう!」


 全く話が通じない。

 思い込みなのかもしれないが、彼女からの感情はアンナを守りたいと言うより、僕をなんとか処理したい欲の方が勝っているような気がする。

 いくらなんでも僕が嫌いすぎだろセシリさん。


「あなたの同意を求めるつもりはありません。今日は絶対、アンナ様に合わないください」

「なにっ」

「もう他の使用人にも話が通じています。もしあなたがアンナ様の部屋へ行こうとしたら、あなたを追い払ってもいいと」


 流石にこれは横暴すぎると思った。

 僕は信用できない人かもしれないが、実害が出てない上、自分が言うのもなんだが9歳の子ともをここまで追い詰めるのはおかしい。


「なんでっすか! 僕はアンナの家族なんすよ! 家族を会いに行くことになんの問題があると言うんすか!」

「だから言ったでしょう、あなたの同意を求めるつもりはありませんって」

「え……はうっ!」


 そう言って、セシリさんは思い切り僕の腹を蹴った。


「あがっ! なにを、して」

「忘れてませんか? もしあなたが暴れたら手荒いことをしてても構いませんと、オークス様の指示があったことを」

「そ、そんな」


 やばい、これは間違いなく水月(胸の下辺りにある人体の弱点)がやられた。

 肺が押されて呼吸ができない。

 口からは僅かだが鉄の味がする。


「いっそ今からあなたをたっぱり痛みつけて、今日絶対アンナ様に会えないようにしちゃうのはどうでしょう?」


 彼女は僕に近づき、僕の頭の上に足をあげる。

 まさか僕の頭を踏みつけるつもり?

 まずい、ここまでの体重差の相手に頭を踏みつけられたら、下手すると致命傷になる。


「ぐっすりと寝ててくださいね」

「……っ!」


 まさに絶体絶命のその時、部屋のドアが開けられた。


「ナタリー様、カリン様からの伝言が……ナタリー様⁉」


 マリアが来た。

 そして彼女が僕の姿を見た瞬間、その姿は朦朧になった。

 気付けば彼女はセシリさんの横にいる。


「ナタリー様に、なにをしようとしたんですか?」

「なにっ!」


 マリアはいつの間に持ち出したナイフでセシリさんの腰を刺そうとしている。もしその位置を刺したら、セシリさんの肝臓がやられる。

 彼女は、本気だ。


「もう一度聞きます。ナタリー様に、なにをしようとしたんですか?」

「ぐっ!」


 すると、セシリさんは思いっ切り手を振った。

 体格差からか、顔を叩かれたマリアは思いっきり後ろへ転んだ。


「死にたくないなら! 今日は絶対! アンナ様に会わないことね!」


 そんな捨てセリフを残し、セシリさんは走り去った。


「マ、リ、ア……!」


 肺に残る空気を絞り、倒れているマリアに呼びかける。

 もしあの一撃で彼女になにかあったら、僕は……!


「マリア、ね、ね!」

「私は大丈夫です!」


 すると、彼女はまるで何ごともないかのようにすんなりと立ち上がった。


「よ、か、た……」

「待っててください!」


 彼女は走り出し、僕の部屋を漁り始める。

 そして、タンスから普段使っているポーションを取り出した。


「飲んでください! 早く!」

「あり、が、とう」


 震えている口を開き、小さくポーションを飲み込む。

 肺が緩めた気がして、体の痛みも消えていく。


「げほっ! げほっ!」

「ナタリー様!」

「もう大丈夫、肺がやられただけだ」

「ん!」


 僕の無事を確認したら、マリアは僕を抱きしめた。


「マリア?」

「よかった、本当に、よかったです」

「大袈裟だなもう」


 そんな彼女を宥めるために、僕は彼女の頭を優しく撫でる。


「ナタリー様が、死ぬでしまうと、思ってました」

「これくらいの傷、師匠にもよくされてるんだろ?」

「それとこれとは話が違います」


 普段の冷静な彼女と違って、今の彼女の体は震えていた。


「ナタリー様はバカです。こんな時でも他人のことを心配してばかり。もっと自分のことを大事にしてください」

「ごめん、マリアには心配かけたな」

「全くです」


 しばらく頭を撫でていると、冷静さを取り戻したマリアは僕を引っ張りあげた。


「どうします? あの女、処します?」

「いやいや待っていきなりどうしたん」


 悲しんでると思いきや、彼女は急にセシリさんに殺意まる出しになった。


「ナタリー様を殺そうとした罪、万死に値する」

「殺そうとはしてない、かもしれないけどな?」

「そんなことはどうでもいいです」


 こわいこわいこわい、暴力でなにもかも解決しようとしないでくれる?

 僕を殺そうとしたと言えば、セシリさん、いやあいつはマリアを殴ったな。

 ……。


「やっぱあいつをぶっ殺そうぜ?」

「行きましょう」

「待って待って待って半分冗談だから」


 ナイフを構えて部屋から出ようとする彼女を慌てて止める。

 さすがに殺人沙汰はまずいって。法律的にもここにいないアンナを含めて僕ら未成年三人組の教育的にも。


「とりあえず朝ごはん食べに行こう? おいしいもの食べて落ち着こうよ?」

「ちぃ、命拾いしましたね」

「舌打ちしない。そういえば師匠からの伝言があるって言ってたっけ?」


 気を逸らすために、僕は師匠の話題を持ち出した。


「忘れるところでした。カリン様は今日のトレーニングは休みと言いました」

「師匠自ら?」


 僕から休みを要求することはあるが、まさか師匠自身が休みを言い出すなんて。

 思い上がりなのかもしれないが彼女は僕とのトレーニングを結構楽しんでいる印象はあるから、それサボるのが不思議に思える。


「はい。今日は大きなオペレーションがあるらしく、危険だからナタリー様は町に出るなとの伝言もありました」

「オペレーションって、原魔教?」

「おそらく」


 原魔教への大きなオペレーション、ってことは町にいるやつらを一網打尽する作戦でもあるのかもしれない。

 大乱闘にならないといいのだけど。


「じゃ今日は家でゆっくりしよう? アンナも……あっ」

「アンナ様がどうされたのですか?」


 そういえばセシリのやつに今日は絶対アンナに会うなといわれたな。

 またマリアの敵意を煽るのもなんだから、僕は黙ることを選んだ。


「な、なんでもない。腹が減ってから朝ごはん食べに行こう!」


 言葉通りに従うのはいやだけど、揉め事になったらマリアをまた巻き込んちゃうし。

 もし僕に一人で大人をボコせる力があればなぁっと、悔しむことしかできなかった。

 その後僕たちは朝ごはんを食べ、雨のせいで外に出れないので久しぶりに昼間の自室でゴロゴロすることとなった。


「……」


 ベッドに寝転びながら小説を読む。

 だけど小説の内容が頭に入って来ない。セシリのことがなぜか腑に落ちない。

 なんで僕をボコそうとするまでアンナに合わせてくれないのだろう。しかもあの動きは子どもを脅すレベルのものじゃない。

 殺意が確実にこもっている。

 考え事に集中していると、手の力が緩んで本が上から顔に直撃した。


「イタっ!」

「またですか、もう五回目ですよ」

「ごめんごめん」

「やはりあの女のせいで内傷を負った……!」

「違うそうじゃない!」


 マリアがまたセシリを殺しに行きそうなので慌てて弁解する。


「別に手に力が入らないとかじゃないんだよ。ただ考え事に集中しすぎただけで」

「悩み事ですか? もし私がお力になれれば」

「セシリのことだけど」

「処します?」

「ちーがーうー!」


 君がずっと殺意マックスだったから言いづらいんだよ!


「セシリって、なんでそんなに僕を嫌がるんだろ?」

「さあ、愚民の考え方は私には理解できません」

「愚民って君……でもさぁ」

「はい?」

「いくら嫌いだからと言って、仕えてる家の娘を全力で殴るか? しかも相手は10歳にもなってないんだよ?」

「確かに」

「だから腑に落ちないんだよ、マリアはどう思う?」

「私も知りませんが……こういう時は、相手の考えを読み取ってみるのばどうでしょうか?」

「読み、取る?」

「はい。自分の知る情報を参考とし、もし自分が相手だったらどうんな風に行動するのかを推理することです」

「なるほど」

「私はあの女と面識ありませんが、だる絡みされたナタリー様なら何らかの手掛かりが持っているかもしれません」

「ありがとう! 考えてみるよ」

 セシリの動機を推理……。

 僕が歳が自分の半分しかない、しかも権力が自分より上のガキを殴る理由は……。

 必要、邪魔……。

 そのガキは目的を達成するために排除しなければならない障害、しかも自分はかなり焦っている……。

 焦っている、タイムリミット……。

『今日は絶対! アンナ様に会わないことね!』

 そう言えばあいつ、今日というワードをやたらと強調してたな。


「マリア、力を貸してくれ」

「はい、なにかを思いついたのでしょうか?」

「アンナに会いに行く」

「……」

「だけどどうやら使用人たちはなにがあっても僕をアンナに合わせてくれないみたいなんだ。なにか、アンナにこっそり会える方法を知らないか?」

「それでしたら」


 外に原魔教、内にメイド。

 今日は忙しい日になりそうだ。


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