Battle No.4 ティーパーティー
アンナのハンカチで顔を拭きながら、僕はアンナと庭にあるお茶会用のガゼボへ向かう。
僕は嬉しくてたまらないけど、アンナはどこか気まずそうだった。
空気を変えるために僕は話を振ることにした。
「すごいなこのハンカチ、デザインが綺麗だし、いい匂いがするし。アンナが選んだのか?」
「は、はい! 一応、アンナの、お気に入りです……」
「お気に入りなん⁉︎ どどどどどうしよう、僕の汚ったない体液がついちまったよ」
「気にしないで、ください。それに、姉様は、汚くありません」
「そ、そうかな? お世話でも嬉しいよ」
僕のキモいムーブに対し、アンナはおどおどでありながらも普通に答えてくれて。
やさしい子だなって感動してしまう。
「よかったらこのハンカチは僕が洗って返すよ。洗い方になにかこだわりとかない?」
「いえいえいえそんな、姉様がそこまでしなくても……えっ姉様が洗うのですか」
「うん、洗濯は慣れてるんで」
特に汗と血と泥まみれの服を洗うことについて。
「姉様はアンナと同じく養子、ではありますんよね?」
「そうだけど」
「なんで洗濯を……? アンナは孤児院から出てから、一度も」
「自分のことは自分でやりたいから、おかしいのかな?」
「ううん、アンナ、姉様を尊敬します」
「お、おう、ありがとう」
なぜかはわからないけど、自分で洗濯をすることを話したらアンナは目を光らせた。
僕を尊敬するなんて、デレるじゃないか、えへへ。
「じゃせっかくだから、お姉ちゃんの洗濯技術を試してみないか?」
「……いいの、ですか」
「ははっ、とんと来い! 使用人たちに負けないくらいに仕上がって見せるぞ!」
「それなら、お願いします」
かわいい妹のハンカチを洗う権利を勝ち取ったら、足は庭までたどり着いた。
ガゼボには使用人が用意してくれたティーポット、茶葉とティーカップが置いてある。
だけど使用人の姿がなく、そして席に座っても使用人が来ない。
こういうお茶会は使用人がお茶を淹れてくれるんじゃないの?って考えていたら、アンナが手をティーポットに伸ばした。
「アンナがお茶を淹れますね」
「えっアンナが淹れるの? 使用人は?」
でもアンナはそのことを全く気にせず、自分からお茶を淹れ始めた。
そういえばセシリさんも僕たちの後ろについて来なかった。ここは完全に僕とアンナだけの空間だ。
「どうぞ、粗茶ですが」
「あ、ありがとう」
アンナの言われたままにお茶を一口飲む。恐らくは紅茶だけど、その味は僕の知っている紅茶よりずっと上品でおいしい味だった。
「すっごくおいしい、アンナはお茶を淹れるのが上手いんだな」
僕は思ったことを素直に口に出した。
それに対して、彼女は恥ずかしそうだった。
「そんな、とんでもないです」
「だってこんなにおいしいお茶は初めてだよ」
「茶葉がいいだけで、アンナの腕とは、関係ありません」
謙虚でありながら、彼女は話を続けた。
「セシリを招くべきかもしれません。彼女が淹れたお茶なら、きっと姉様を、もっと満足できます」
「そんなことないと思うけどな……でもアンナはなんでセシリさんをここに呼んでないの?」
「それは……」
話しをしながら、彼女は頭を下げた。
「さっきの、セシリが姉様にしたご無礼を、主としてお詫びします」
「えっ、いやいやいや⁉︎ アンナ頭を挙げて⁉︎」
「セシリを含めて、アンナは使用人たちが、姉様のことを快く思っていないことを、知っています。もし招いたら、姉様に嫌がらせをするかと……」
いかにももうしわけなさそうに謝る彼女に対して、僕は慌てるばかりだ。
「待て待て待て、アンナも知ってるはずだよね、僕の悪い噂」
「それは、少しだけ」
「全部事実なんだから、そんな僕を敵視するのはむしろ当たり前じゃないか? 彼らはなにも間違ったことしてないよ」
「だけど今の姉様はこわい人じゃありませんと、アンナは、思うのだから……」
もう何度目だよ、この自分が嫌われていることが当たり前だという説明。
なんか僕へのマイナス評価を無視する人が多くないか?
「誘った僕が言のもなんだけど、もしかすると僕はネコを被ってるかもしれないよ? それにさ……」
ずっと彼女に言いたかったことを、ここに持ち出す。
「僕の方こそ謝るべきだよ」
「ね、姉様が?」
「この前、お母さんと喧嘩するとこを見せちゃって。あの時の僕こわかっただろ?」
僕は彼女に頭を下げる。
「本当にごめん、あんな姿を見せちゃって」
「あわわっ、姉様、そんな、いけません」
本当に優しい子だ、僕を心配してくれるなんて。
「それなら喧嘩両成敗ってことで、もう後めたいことは全部忘れよ? なにより僕たち、姉妹だから」
「それは、ズルいです」
「そうなのかな?」
「だって……姉様の母様との喧嘩、こわかったですけど……」
彼女は今でも消え入りそうな声で語る。
「かっこ、よかったです。母様が相手でも、怖がらない、姉様。だから姉様は、悪いことをしてません」
「えっ」
「……」
いかにも恥ずかしそうな顔をするアンナ、しかも顔が少し赤く染めている。
僕はかっこいい? なにを言っているこの子。
「冗談じゃ、ないよね?」
「……!」
彼女は必死に頭を上下に振る。
本気なんだ……。
かっこいいのかな僕?
「そ、そうなんだ」
「……」
気まずさと少々の恥ずかしさで混乱しそうになる。
この焦ったい雰囲気をなんとかしようとして、僕は持ってきたバスケットの中身を見せる。
「ははっ、そろそろ腹が減っただろう? お菓子食べよう、自信作だよ」
「お、おいしいそうです」
「ははっ、いいだろう、バタークッキー」
我が渾身作、とあるコンビニのホームページに載っているお手軽るレシピをアレンジしたバタークッキー。
前世から甘党なので、自分の舌に合う完璧のお菓子を頑張って作ろうとしていた。
まさかそれをゲームのヒロインに振る舞うとは、世の中は不思議である。
当の本人であるアンナはクッキーを見たままフリーズした。
「アンナ? 食べないの?」
「本当に、食べていいのですか?」
「いいよ、アンナのために作ったものだし」
「ごっくり」
「どうぞどうぞ」
僕に誘われて、彼女は恐る恐るクッキーへ手を伸ばし、一個を口に入れた。
「うん、うん、おいしいです!」
「だろうだろう」
大満足だそうだ。
僕は試しにクッキーとお茶を一緒に食べた。我ながら上出来だ。
アンナも次々とクッキーを口に入れる。
「本当に久しぶりです、こんなにおいしいクッキーを食べたの」
「それはちょっと大袈裟じゃない? ここの使用人ならもっとおいしいクッキーが作れると思われるが」
「確かにシェフさんのクッキーもおいしいですが」
「僕も食べたことあるよ、高級感があってめちゃくちゃおいしかった」
それはもうさすがはプロ。作ったお菓子は凝っていて、当時一口を食べただけで感動しちゃったんだ。
「でも、姉様のクッキーの方がすき」
「なんで?」
「安心する、味です。懐かしくて、孤児院の頃に食べたものを、思い出します」
「そっか、ありがとう」
忘れそうになった、アンナは元々孤児院に居た平民なんだよね。
この家に馴染んではいるが、根底の庶民的な部分は変わっていないのかもしれない。
プロのシェフの高級料理より家庭料理の方がすきなのも理解できる。
「それならまた作ろうか? アンナの頼みならクッキーだけじゃなく、僕でも作れそうな料理ならなんでもいいよ」
「いいのですか?」
期待を込めた眼差しで僕を見つめるアンナ。
彼女が僕の料理に食いつくことに心が躍る。
レシピはたくさんあるのだから、スパゲッティでも、カレーでもなんでも作ってやるぞ。
「うん! せっかく君の口に合う料理が作れるんだから」
「今度、頼んで、みます」
お世辞じゃないといいなぁと思いつつ、僕はお茶を飲み干す。




