Battle No.4 家庭問題
翌日の昼の休憩時間、僕は師匠にお母さんとのことを話した。
「一体なんなんすか! もう頭がおかしくなりそうで」
「あらっ、大変だな」
「そもそも師匠がお母さんにちゃんと説明してないせいでもあるんすからね!」
「なんで私があんなめんどくさいことをやらなきゃいけないんだい」
「はぁ……」
師匠は師匠らしく、僕のトラブルを全く気にしていない。
なんで僕ばっかりこんな目に合うんだよ。
「癒しが欲しいよ……」
「ナタリー様、それなら食べ物でもいかがでしょうか」
「そうするよ。今日の昼ご飯はマリアの料理だっけ?」
「ナタリー様から教わったハンバーガーです」
「もしかして昨日残したハンバーグを使った?」
「はい、せっかくのナタリー様の料理ですので」
「やった! マリアありがとう」
「メイドとしての役目を果たしただけです」
僕がため息をつくと、マリアが僕の気分転換の助けを申し出た。
昼ご飯はハンバーガー。マリアがバーガーのことを聞いてからずっと味に気になっていたので、僕がレシピを教えた。素人だから本場の味とは違うけど。
だけど長年メイドをやっていただけあって、マリアはうまく味をアレンジしてくれた。
「これはカリン様の分です」
「ありがとう」
「こっちはナタリー様のです、あーん」
「美味しそう! いただきまーす、もぐもぐ! もう一口!」
「はい、あーん」
「もぐもぐ。やっぱりうまいな、マリアの料理」
「そんなことありません、すべてはナタリー様のハンバーグのおかげです」
「ははっ、僕の素人料理が敏腕メイドさんに勝てるわけないじゃないか」
マリアがあーんしてくれてるおかけか、なんだか気分が楽になった。
やっぱり持つべきなのはかわいい友人だな。
すると、僕とマリアのやり取りを見ていた師匠は不思議そうな表情で僕に話しかける。
「さっきから気になっているんだが」
「もぐもぐ、なんすか?」
「あなたとマリアちゃん、愉快なことしているな」
「愉快? あーんのことっすか?」
「いやいや、そこも気になるけどそこじゃないんだ」
「?」
師匠は僕の手元を指差す。
「なぜあなたの手は休憩時間に入ってから縄に縛られているんだい?」
僕の手は縄に縛られていて、そしてその縄の先はマリアが掴んでいる。
「あっそれか」
「私が言うのもなんだが、その反応は薄すぎやしないかい?」
「そう言われても、ね?」
僕はマリアに目をやる。
「ナタリー様がオークス様を煽ったのはやりすぎです。無茶な訓練を許可したものの、自殺行為まで許可するわけにはいきません。だから罰として一週間私に管理されこととなりました」
「そんな感じっす」
「あなたたちやっぱり面白いな」
自分がやばいことをした自覚はちゃんと持っている。下手するとその場で死んでもおかしくないから、マリアにめちゃくちゃ心配された。彼女を安心させるためにも自ら縄に入ったのだった。
「あの時の僕は一体なんだったんすかね……。あんなに滾って、自分じゃないみたいで」
「オークスの強さはあなたにとって刺激が強すぎたかもな」
「えっ?」
「今のあなたには理解する必要がない話だ。でもその時の感覚だけはちゃんと覚えておくんだ、一人の戦士としてな」
「またわけのわかんないこと言ってるよ」
師匠はいつもそうだ。技術はちゃんと教えるが、それ以外のことは基本適当にぼかすんだ。
無視されているのか、それとも興味がないのか。
「師匠に相談しようとしたのが失敗だった、なあマリア」
「そうですね、カリン様の頭は闘いのことしかありませんので」
「二人にして酷くないか!」
「へいへい、マリアもう一口お願い」
「あーん」
「おもしろいことをやるなら私にも混ぜさせてくれよ、ほらっあーん」
「ちょっと師匠⁉︎ バーガーを僕の口に押すないでください!」
「……」
「マリア⁉︎ 君も無言でバーガーを押すなって⁉︎」
平和であるはずの昼ご飯がなぜかマリアと師匠のあーん合戦になってしまった。
美少女と顔だけが美人のコンビにあーんされたせいでバーガーの味がドキドキに上書きされたことは心に留まっておこう。
僕にあーんすることからなにを見出したのかよくわからない。
でも仲良くしてくれることは普通に嬉しい。
仲良しか……。
「はぁ……」
「どうされたのですか、またため息をついて」
「家庭不和がなぁ」
「もしかしてまたオークス様になにかされたのですか?」
そう言って、マリアは険しい表情になる。相変わらずこわい。
「いやいやっ、お母さんじゃなくアンナとだよ」
「アンナ様、ですか?」
「見られちゃったんだ、お母さんに喧嘩を売るとこ」
「あっ」
その一言ですべてを察してマリアは気まずそうな声を漏らした。
「完全に怖がられてしまった」
「普通の反応ですね」
僕の激昂した態度を知らなくとも、お母さんが作り出したクレーターだけでこの親子喧嘩の深刻さがわかる。
そんな場面を見てしまったアンナ、彼女が怯える姿は簡単に想像できる。
「今までアンナ様とあまり関わったことないナタリー様はがどうしてそういう心配を?」
「余裕ができたら彼女と関係を深めるつもりだったんだよ、せっかくの姉妹だし」
そしてゲームヒロインへの興味もある。
「でもそれが厳しくなってしまいましたね」
「はぁ……」
「忌憚のない意見ですが、ナタリー様がアンナ様と仲良くする必要が見当たりません」
「えっなんでなんで」
マリアの声はとても冷たいものだった。まるで不要なものであるアンナを切り捨てようとしているかのように。
「ナタリー様はオークス様に見捨てられて、まるで他人のような生活を過ごしてきました。そんなナタリー様に、アンナ様はずっと見ぬふりのままです」
「で、でも僕に声をかけるのって結構ハードル高いと思うよ、下手すると鞭に打たれるし」
「それでもアンナ様は切り捨てるという選択肢を選びました、ならナタリー様も彼女を気にかかる必要がありません。恐らく次期当主になる相手と関係を作りたいのならまだしも、ナタリー様はそういうことに興味ありませんよね?」
「そんなこと言われても……」
客観的で無情な判断。確かに彼女の言う通り、利益以外にアンナと仲良くなる理由がないかもしれない。
過言だけど、アンナもナタリーをひとりぼっちにさせた犯人だ。
それでも、
「僕はやっぱりアンナと仲良くなりたい」
「なんのために?」
「大した理由はない、ただ……」
マリアも最初は僕のことを嫌っていた。
そんな彼女は今僕の大事な親友だ。
理屈も利益もいらない。
「お母さんとは厳しいけど、でももしアンナと仲良くなれるチャンスがあるなら、それを手放すのは勿体無いじゃないかって思う」
「適当ですね」
「その適当な動機でマリアという最高の友と仲良くなれたんだ、理由として充分じゃないかな?」
「……っ」
マリアは僕の良き理解者であり、いつも僕を支えてくれた。彼女がいなかったら、今の僕もいないのだろう。
それだけでお釣りが来るほどだ。
「ダメ、かな?」
不安気に彼女に聞く。
別に彼女に許可を取る必要がないのに、僕はまるで試験用紙が返される前の学生みたいにドキドキしていた。
マリアは少し考えた後、諦めたかのようにため息をついた。
「やはりナタリー様は変な方です」
「そ、そうか?」
「そんなこと言われたら、反対できないじゃないですか」
「それって?」
「ナタリー様を止めません、好きなだけ機嫌取りをしてください」
「はは……トゲのある言い方だね」
「全くです」
マリアは呟くかのように、
「本当に、変な方」
その顔はどこか優しかった。
「じゃさあ、一緒に考えてくれない? アンナの機嫌を取る方法」
「あのですね、遠慮が知らないのですか?」
「ははっ、いいじゃないか」
「全く……」
「もうお話は終わったかい?」
いい感じになった途端、師匠は急に話に割り込んだ。
そういえば師匠はなんか妙に静かだったな。
「そろそろ時間だ、あの嬢ちゃんの話は後にしてくれないかい」
「そんなに冷たくしないでくださいよ、僕は悩んてるんすよ」
「彼女に興味ないからどうでもいい」
「ちょっと言い方⁉︎ 師匠はアンナになにかされたんすか」
「なにもない」
師匠は肩をすくめる。
「だからつまらない。ただそれだけの話」
それ以降、師匠はアンナのことに言及することなくトレーニングを再開した。
本当にアンナへの興味が全くなかったようだ。




