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Battle No.4 親子喧嘩

 軽めのトレーニングなので、ただただ正拳突きやジャブなどの立ち技を繰り返すことにした。

 独りでいると寝技の練習ができないのは残念だ、現代だとサンドバックの人形みたいなものが使えるのになぁ。

 

「シュッ、シュッ、シュッ」


 無我夢中に殴っていると、いつからか後ろから明らかな視線を感じる。

 僕を監視している、だけどそれはマリアからの視線じゃない、彼女がここに戻ろうとするとも思わない。

 見られすぎてちょっとした気持ち悪さすら感じた僕は振り返る。


「さっきから誰っすか? あっ」


 振り返ると、そこにはお世辞でも人相がいいとは言えない女性がいた。

 長い金髪、鋭い目。長身とお似合いなドレスを着ており、化粧と身だしなみから高貴な気配が漂う。なにより美しい。僕の知るナタリー・オークスとは同じ系譜だと感じる。

 そう、同じ。ナタリーが大人になったような姿。

 彼女こそが僕のお母さん、オークス家当主、ライザ・オークスである。


「お母さん」

「ナタリー、さっきから一体どういうお遊びをしているのかしら」


 お遊びってこいつ、久しぶりに会いに来たと思いきやいきなり僕への煽りかよ。

 いやちょっと待てよ、もしかしからお母さんは武術に詳しくないかもしれない。魔法至上ってみたいな感じだし。

 落ち着け僕。


「これはお遊びじゃなく、正拳突きという体術の技を鍛えるためのトレーニングっす」

「魔法が使えないばかりに、気でも狂ったのかな」

「はぁ?」


 僕の話を聞いて、お母さんは訝しむ顔をする。


「……」

「なんすか」

「その喋り方、礼儀になっていないわ」

「ふうんああそう」

「昔はそうじゃなかったわよね」

「メイド以外の人に会うこともないしどうでも良くないっすか?」


 つい先日師匠と会わせぬように部屋で引きこもってろって言われたからな。

 それによく考えてみると、僕は貴族なのに社交界に出たことがない。

 お察しってところだ。


「それが母親に対する態度か」

「僕を出来損ない扱いしてるくせに良く言うっすね」

「貴女……!」


 おおっ! なんかギレているぞ!

 僕に言い返されるのを想像していないんだろうな。

 

「気になるなら喋り方を変えた理由を教えてやるよ。二ヶ月前にひどい熱が出たんで、それでちょっと脳が焼かれたって感じっすね」

「熱、だと」

「まさか娘が重病に魘されてたのを知らないってわけじゃないでしょう? お母さんよぉ」


 そうだろうと思った。

 僕を憎んでいるメイドたちがいちいち僕の健康状況を報告するとも思わんし、従者に言われないと本当に僕が意識不明になったことすら知らないようだ。

 お母さん、顔真っ赤だけど大丈夫っすか?


「ナタリー、貴女がここまで人が変わったなんて」

「へいへいっ、そろそろ本題に入ってくださいよ。僕のことが心配で会いに来たわけじゃないっすよね」

「ちぃ、そうさせてもらうわ」


 不機嫌そうに舌を打った後、お母さんは話を続ける。


「なぜカリンが貴女に付き合っているかを教えてもらえる?」

「なんだぁそういうことか」


 大体想像がつく。師匠を誘ったのになぜか無視されて、しかもその後弟子のポジションが僕に取られた。だから僕に文句を言いに来たって感じか。

 ぶっちゃけ僕もなぜ選ばれたのかがよくわからないのだけど。


「僕も知りません、師匠は気まぐれな人なんすから」


 トレーニング自体は真面目にやるが、たまに「あっそうだ」みたいな感じで急に鍛錬法を思いつくし、この人は事前になんも用意していないなってわかる。

 

「そんなに気になるなら師匠本人に聞いてください、僕じゃなくて」

「カリンが貴女を選ぶわけがない、貴女は一体カリンになにをした」


 おいおいおい、それは流石に言い過ぎだろ。

 もう、まじでいい加減にしろよ。


「あの賢者様に、出来損ないの僕が? 面白いことを言うっすね君。もし僕が賢者様にも効くようなトリックが使えるなら今君は僕の脚でも舐めてると思われるが」

「なん、だと……!」

「そんなに僕のことが気に食わないなら、無駄口を叩いてないでささっと潰しに来てください」

「……貴女、自分がなにを言っているのかわかっているの?」


 いちいちうるさいなと思いつつ、僕はため息をついた。


「喧嘩を売ってるんすよ、君に」

「なに……!」


 お母さんの体から金色の雷光が浮かぶ。

 初めて見た現象だ、だけどそれはなにを意味するのかがわかる。

 お母さんは魔力を練っている。

 雷光はお母さんの手のひらに集まり、テニスボールサイズの光の玉になる。


「貴女にはお仕置きが必要ね」

「……」


 手のひらが僕を狙っている。

 僕は立ったままその玉を見つめる。


「反省しなさい。エレキット・ボール」


『ゴー!』

 稲妻が走る。

 エレキット・ボールが地面に大きなクレーターを作った。

 僕の顔を横切って、僕の遠い後ろへ飛んだ後で。

 僕は頬から熱を感じる。触れてみるとその原因がわかる。そこにはまるで刃物に切りつけられたかのような切り傷があった。


「ちゃんと狙えないとダメじゃないんすか」

「……⁉」


 僕は前へ歩む。


「しっかり攻撃を当たらせないと、な?」


 お母さんの開いた手に腕を伸ばし、その薬指と小指を掴む。

 そして、指二つを後ろへ曲げる。


「あぐっ」


 痛みから逃げることと指を折らせないために、お母さんの腕全体は強制的に下方向へ曲がり、バランスを崩した彼女の膝が地面についた。

 現代柔術にも存在する技、「指取り」。

 僕はそのまま指に圧力を与える。


「早く反撃しないと指が折られちゃいますよ」

「……ふざけるな!」


 頬を平手で打たれた。

 先ほどできた傷が打たれて、鋭い痛みが脳に伝わる。

 僕は我に返った。


「あっ」


 僕の手が緩み、お母さんが慌てて立ち上がる。

 彼女の顔からは、怒りと恐怖が混じったように見えた気がした。


「貴女は一体なんなのよ!」

「……」

「お、覚えていなさい!」


 お母さんは逃げるかのように屋敷の方へ戻った。

 そして残された僕はフリーズしている。

 僕は一体なにを……?

 

「えっ? えっ?」


 なにをやってんだ僕は?

 実の親、しかもその気になれば僕を瞬殺できる相手にあんな態度を取って、煽って、しかも喧嘩を売ってしまった。

 我を忘れたブチ切れたと言えば説明がつくが、実際僕は頑張っている娘に対し「気が狂ったのか」なんて言い出すお母さんにイラついていた。

 だけどそれだけじゃないんだ。

 お母さんに喧嘩を売っている時、僕の中にあるのは怒り。そして異常なほどの冷静さと、期待。

 僕の心は踊っていた。


「ったく、なんなんだよ!」


 大声で叫んだ。

 理不尽なお母さん、そしてわけのわからない自分へ向かって。

 そうでもしないと気が狂いそうになる。

 すると、庭の芝生から大きな物音がした。


「誰っすか!」


 音の方を見ると、そこには樹と、樹の隣に尻餅をついた少女がいた。

 体格から見るに少女の年齢は僕のに近い、もっと正確に言うと僕と同じく幼女だ。綺麗なドレスを着ていて、その長い髪の色は鮮やかなオレンジ色。

 その姿に見覚えがある。


「あ、アンナ?」


 彼女は僕の義理の妹、アンナである。

 えっ? まじで? よりによってこのタイミングで?

 僕の後頭部から冷や汗が流れる。

 ゲームのヒロインが今、僕の、目の前に?

 あの天才でありながら気弱で、自信がなくて、そして暴力を嫌がる。あらゆる要素がプレイヤーの庇護欲を刺激する王道ヒロインのアンナ・オークス?

 しかも記憶を思い出してからの初めての対面。

 気軽に名前で呼んでしまったけど失礼じゃないかこれ?


「だだだだ大丈夫か?」


 緊張しながら僕は彼女へ手を差し出す。だけど彼女がその手を掴むことはなかった。

 彼女は座ったまま怯えている目で僕を見つめる。その顔は記憶通りに気弱そうなものであった。


「アンナ、だよね? 早く立たないと、ドレスにシミができちゃうよ?」

「……!」

「あっ! ちょっと⁉」


 なんか今日は人に逃げられてばっかりだな。

 アンナは自分で立ち上がり、呼び止めようとしてもなにも答えずに走っていた。

 えっえっえっ? 僕になにをされたっけ? なんでアンナはそんなにビビっているんだ……?


「あっ」


 よくよく考えてみると今の僕は急に大声で叫ぶ変人で、しかも下手するとお母さんに喧嘩を売る場面する見られている。

 僕に怯えるのはむしろ当たり前なのでは……?


「どどどどどうしよう⁉」


 未来のゲームヒロイン、しかも妹を驚かせてしまったよ僕⁉

 元から避けられているとは言え、相手は推しキャラの一人で家族なんだぜ⁇ そんな相手を自ら脅しにかかってしまった!

 ダメだ、僕のメンタルはこの事実に耐えきれない!


「あああああああなんなんだよ!」


 お母さんと喧嘩、そして妹との不和!

 今日の僕は不幸すぎるだろ!!


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