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Battle No.4 我が妹アンナ

 師匠に出会ってから二週間が過ぎた。

 暇だけはたっぷりあるので、僕は毎日彼女に鍛えられている。

 それはいいことだけど……。

 

「……」

「……」


 いつもの庭で、僕は師匠のアース・ドールと対峙している。

 攻めに出るっ!


「しゃあっ!」


 やつの腹を狙って崩拳(中段突き)を打とうとする僕。


「……」

「はうっ⁉」


 だけど僕が震脚(足で地面を強く踏み付ける予備動作)をしようと脚を挙げたその瞬間、アース・ドールが僕の残された片脚を蹴った。

 両脚が地面から離れたせいで僕は尻もちをついた。

 そして僕の隙は見逃されるわけもなく。


「はぐっ」


 アース・ドールは僕の後ろまで回り込み、裸絞め(頸部を圧迫して絞める技)を仕掛けた。


「あがっあがっ」


 呼吸ができない、反撃できない。

 僕は師匠に組み手を辞めさせようと慌ててアース・ドールの腕をタップする。

 だけどアース・ドールは絞めるのを止めなかった。


「あ……」


 ダメだ、空気が頭に回らない。

 このままだと……失神……する……。

 僕がのびるその前に、師匠が叫んだ。


「組み手終了っ!」


 そう宣言されると、アース・ドールは一気に砂と化し、僕は開放された。

 地面に倒れた僕は足りなかった空気を大きく吸う。


「はー、はー」


 横で見ていたマリアは僕の元へ走る。


「ナタリー様、気をしっかり」

「だ、大丈、夫。空気が、足りなかっただけ」

「落ち着いて、ゆっくり、ゆっくりと、深呼吸してください」


 最近、僕は一つだけ悩み事がある。師匠のトレーニングがあまりにも厳しい。

 基本はさっきの組み手みたいに失神寸前になるまで止めない。

 裸絞めと崩拳を含めて、ここ二週間で僕はあらゆる技を学び、受けてきた。それらは僕に覚えさせて欲しい基本技だと。

 師匠曰く痛くなければ覚えられない、なんという便利な言葉。

 しかも僕は今地属性魔法で作ったウエイトベストを着ている。

 バトルアニメによくある、キャラの強さ示すために着せている重い服の類。

「こんな早い段階で使うトレーニング用具じゃないっすよね⁉」って師匠にツッコンだ。

 師匠曰く、彼女は元々そのつもりはないが、王立魔法騎士学園に入るためにも早めに身体能力を上昇させないとダメ。その方法はウエイトで急速に筋肉を破壊し、治癒魔法で筋肉を再生させ強靭にさせること。

 筋肉痛を心配する必要がなくなった反面、トレーニング時は死ぬほどの痛めの狂気に駆られる。

 そしてそれを仕掛けた本人を言うと、


「どうだいナタリーちゃん?」

「死にそう、っす」


 僕を見てニヤニヤしている。

 最近の僕の師匠への尊敬が減るばかりな気がする。

 凛々しい顔をしているが、性格は適当でチャラい。糸目じゃないことだけがせめての救いだ。

 トレーニングを考えてくれることには感謝をしている。だけどそれと同時に僕の魂がこいつはやばいと叫んでいるのだ。


「今回はナタリーちゃんがいけなかったね。崩拳はいいが、動きに力を入れすぎて震脚を遅らせた、だから軸足が取れられたんだ」

「はい……」

「力加減をちゃんと意識してくれ。それとさっきのリア・ネイキッド・チョーク、感触をちゃんと思えているかい?」

「それはばっちりと」

「よろしい」


 リア・ネイキッド・チョークとは裸絞めの別称。

 師匠と付き合ってから思っているのだが、普段の呼び方とはちょっと違うのだけど、彼女から教われた技名は全部現実のそれと同じ。

 師匠が技名を変えた訳ではないから、恐らく技たちはずっとそう呼ばれている。なんという不思議。

 ここはギャルゲーと同じ設定の世界だし、元の世界を基準にした技は同じように設定されているのかもしれないね。


「ナタリーちゃん?」

「あっはい!」

「ちゃんと聞いてるのかい?」


 考えごとでうわの空だったから全く師匠の言うことを聞けなかった。


「すみません……」

「全く、じゃもう一度言うぞ、今日のトレーニングは終了だ」

「えっなんで」


 今の時間は正午前後、空が暗くなるまでトレーニングする普段と比べてあまりにも早い。


「ちょっと用事があるんだ」

「用事?」

「あなたとは無縁の話だけど、この領地に原魔教が現れる報告があったんだ」

「なにっ」


 原魔教とは、ゲーム原作においてのメインの敵組織。

 100年前、三体の原魔と呼ばれる魔物を遥かに凌駕する魔物が急に現れて世の中をめちゃくちゃにした。

 原魔がそこにいるだけで周りの魔物が活性化し人を襲う。しかも原魔自身も人類に敵意を持っていた。

 その結果が原魔大戦と呼ばれる人類と魔物の全面戦争、師匠を含む勇者パーティが参戦したことでやっと倒せたと言う。

 原魔への恐怖は今だに国の中で残っており、いつかを備えるために魔法騎士の育成は王様に重要視されている。

 だが恐れられている反面、その強さに魅入る人たちも居て、そんな人たちが集まった結果原魔教が誕生した。


「原魔教がなんでこんなところに?」

「さあな、私も知らない」


 原魔教は一般的に原魔を崇拝する謎のテロリストとして扱われていて、行動原理がわからないと言われているが、プレイヤーだった僕は知っている。

 やつらは破壊活動をすることで人々を恐怖させ、その恐怖のエネルギーを原魔を復活させようとしている。

 だがゲーム本編が始まる前に彼らは隠れてゲリラ活動をしているはず。

 ウチの母と師匠のいる領地に来て、もし破壊活動なんかをしようとしたら、それはもはや自殺行為と言える。


「師匠も知らないんすか?」

「情報が来たのは今朝だからな」

「急っすね、もしかして王様が治安維持をしてくれと頼んだ感じ?」


 師匠の口調からするに領地にいる原魔教徒は大したことないと感じ取れる、だとするとわざわざ師匠を頼んだのはオーバーキル感が否めない。


「私が治安維持? そんなわけないじゃないか、上の人に気をつけてくれって言われただけ」

「だと思いました……。じゃ師匠が気にすることじゃなくないっすか?」

「暇潰しさ、暇潰し。もしかしたら面白いおもちゃを持ってるかもしれないからな」


 そう言いながら、師匠の眼差しから期待の色が見えた。

 本当、テロリスト相手なのにご自分のことばかりなんすよねこの師匠。

 とは言え相手はテロリストだから、警戒することに損はないでしょう。


「それじゃ今から狩りに出るんすか?」

「そんな感じだ。ナタリーちゃんも気をつけてくれ」

「そうっすね……」


 気をつけろって言われても、ここ最近僕はトレーニングのことばかりで外に出てないんだよね。

 どっちらかと言うと買い出しをする他のメイドの方が危険だと考えられる。


「マリアはメイドたちにこのことを……マリア?」


 マリアの方を見ると、なぜか彼女の顔は真っ青であった。


「マリア⁉︎ 平気か⁉︎」

「はぁ……はぁ……」

「僕の声聞こえる⁉︎ ねえ⁉︎」

「……! ナタリー様、どうしたのですか?」

「どうしたのじゃない! もしかして病気? 熱中症?」


 彼女の手足は震えていて、顔は明らかに動揺している。

 敏腕メイドの印象がある彼女がそんな姿を見るなんて、僕にとっては初めてで驚いた。病気としか思えない、めっちゃ心配する。


「ちょっと眩暈をしただけです、少し休めば……」

「うん、だけど心配だから部屋で休んで。今日はもう働かなくてもいいから」

「それは、いけません。ナタリー様のお世話を、しなくては」

「今日はもう無茶しない、トレーニングも終わったし、な?」

「ですが……」

「じゃあ僕が無理矢理連れて帰る、ウェイトトレーニングにもなるし」


 僕はマリアをお姫様抱っこで持ち上げ、無理矢理部屋に連れ帰とそうとする。

 された彼女は顔真っ赤になり、反抗する。


「一人で帰れますから、降ろしてください」

「本当か? 念の為このまま……」

「今日は休みます、もう働きません! だから降ろしてください!」

「ははっ、わかった」


 林檎のように真っ赤な彼女を降ろすと、彼女は僕を睨んだ。


「強引すぎます」

「そうでもしないとマリアが無理するだろう?」

「……はぁ、ナタリー様には叶えません」

「ははっ、じゃ一緒に帰ろ」

「一人で大丈夫です。ナタリー様は気にしないでください」


 マリアは僕に頭を下げた後早足で去った。


「行っちゃった……」

「マリアちゃんに振られちゃったな」


 師匠は横からそう相槌を打つ。


「マリアどうしたんすかね? いきなり顔色が酷くなって」

「仕方がない、やつらにあんなことされたからな」

「えっ」


 気軽に師匠に聞いてみたら、意味深な答えが返ってきた。


「それってどういう?」

「部外者の私が言えることじゃないとだけ言っておこう」

「じゃ師匠は何か知ってるってことすか?」

「気になるならマリアちゃんに聞くことだな」

「ちょっ……」


 答えになってない答えを残し、師匠もこの場から去った。

 マリアと師匠の間に一体なにが起きたんだ……?


「んんん……わかんないや!」


 マジでなにも思いつかない、そもそも二人について知らないことがまだたくさんあるし。

 悩んでいても仕方がない。

 モヤモヤする時は、


「トレーニングに限る!」


 マリアを心配させない程度にトレーニングすることにした。


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