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Battle No.3 正拳突き

 次の日、師匠は約束通りに屋敷までに来て、庭で師事してくれることになった。


「あの、ナタリーちゃん」

「はい、なんすか?」

「あのメイドの子、マリアちゃんだっけ? どうして人でも殺そうとしてる目で私を睨んでるんだい?」

「あ……」


 マリアが言い渡した条件は、これから僕がトレーニングする時は必ず同席させることだ。

 心配なのはわかるのだから反対はしなかった。

 しなかったが、その顔だとこっちがやり辛いんだけど。


「マリア? もしかして師匠になにか話したいことでも……?」

「昨日ぶりです。私はナタリー様のメイドであるマリアです。ナタリー様は昨日カリン様のお世話になりました」

「こちらこそ、よろし、く?」


 マリアその顔は絶対歓迎してないじゃん。師匠も戸惑ってるんだよね、こわくない?


「お聞きしたいのですが、昨日は一体ナタリー様にどんなテストを課せたのでしょうか?」

「なにって、マラソン、あとは私のアース・ドールとちょっとお手合わせさせただけだが」

「じゃあナタリー様の顔の傷は一体? 鼻骨が折れかけたように見えますが」

「アース・ドールに滅多打ちされたからな。一発いいのが入ってたよ」


 えっ⁉ なんで素直にバラしたんすか⁉

 まさかマリアを煽っているわけじゃないっすよね⁉


「ほぉ、ナタリー様のお顔に、そんなことを」

「彼女がそれを望んでいたのでな」


 二人の顔は穏やかだが、その間には明らかになにかが爆発寸前なのである。

 発せられた敵意が二人の間の空間が歪んでいるように見えた。

 僕は慌てて二人の間に入る。


「ちょっ⁉ 師匠もマリアも落ち着いて! 喧嘩だけはやめてくれ⁉」

「……」

「……」


 真ん中の僕を無視して睨めっこする二人。


「ナタリーちゃん」

「はい! なんすか!」

「いいメイドを持ってるんじゃないか、彼女を大切にしろよ」

「えっ」


 さっきまでとは違って気軽な態度で話す師匠。

 

「ナタリー様」

「はい! どうした!」

「彼女の実力は本物です、頑張ってください。もし彼女がなにか変なことをしようとたら私がお守りしますので」

「えっ」


 マリアもうなんか師匠を認めてないか⁉

 もしかしてさっきの睨めっこで信頼が芽生えたタイプ?


「私はあっちの方でお見守りしますので。カリン様、ナタリー様をどうぞよろしくお願いします」

「任せてくれ」


 納得してくれたマリアは横の樹の陰に潜む。もうこれ以上口出ししないというわけだ。

 

「マリアちゃんがオーケーしてくれたところで、トレーニングを始めるとする、いいかい?」

「わかりました!」

「まずは最初の問題だ」


 師匠は腕を組んで、僕を見下ろす。


「ナタリーちゃん、あなたは私の弟子になることで、なにを達成させたい?」

「えっ? 強くなることじゃ……」

「もっと具体的ななにかが欲しいんだ」


 そう言って、師匠は例え話を始めた。


「持論だが、私は強さとは強い意志を持つことだと思っている。そして具体的な目標を持つことは、いつか達成感を手に入れることを意味する。そしてその達成感は成功を示し、意志をより強固なものと化す」


 一理ある。聞いた話なんだけど、とある実験で同じトレーニングをする二人を観察したが。なりたい自分、トレーニング後の自分を強く想像した方の効果が大きいという結果が出たらしい。

 イメージすることでモチベーションを高め、その成果も大きくなるってことだ。


「ナタリーちゃんは成し遂げたいものがあるのかい?」


 僕の目標、成し遂げたいもの。

 それは一つしかない。


「僕は王立魔法騎士学園に入りたいっす」

「えっ?」


 なぜか師匠の方が驚いていた。


「ど、どうして王立魔法騎士学園に入りたい理由は?」


 僕の最初の目標、それは原作ゲームの舞台に行くこと。諦めないと決めた以上、王立魔法騎士学園にいかなければならない。

 だけどこれはメタな話だし、師匠が理解できる理由と言えば……。


「お母さんに仕返したい、僕は強いだと証明したい」


 元のナタリーの影響を受け、強くなりたいもう一つの理由。


「そっか……」


 師匠は考え込んだ。

 もしかして難しすぎた、この目標?


「無理なんすか……?」

「いや、無理じゃない。だけどちょっとやり方を変える必要があるんだな……」

「やり方?」

「ふふっ、これは面白いことになったな。やっぱりナタリーちゃんといると退屈はしなさそうだ」

「師匠?」


 なんか師匠笑ってるんだけど。

 凛々しい顔がめちゃくちゃいかがわしそうに見える。


「そうと決まれば、今からナタリーちゃんに最初の知識を教える」

「はい!」


 最初の知識ってどういうことだ?

 やはり魔法関連か? 賢者が教える魔法の秘密とか?


「拳はこの世での最初にして最強の兵器なんだ」

「えっ」


 僕の聞き間違いかな? おかしなことを聴いた気がする。


「なにか問題でもあるのかい?」

「いえ、なにもないっす」


 早とちりはよくない、うん。師匠の教えはちゃんと聴かないと。


「拳こそがこの世での一番の兵器。剣とは違って、剣を握っていれば、あなたは剣しか使えない」

「えっ」

「だけど、あなたが欲しければ拳はハンマーにも、剣にも、槍にも、盾にもなれる」


 そう言いながら、師匠は正拳突き、手刀、貫手と張り手を繰り出した。


「魔法を除けば、拳こそが完璧なフルコンタクト兵器だ。ナタリーちゃん、私はあなたにあるゆる拳、または体術の技術を教え、あなたを最強の武術家に鍛え上げるつもりだ」

「なっなんだあっ」

「さっきからなんだい、言いたいことがあるなら言ってくれたまえ」


 なに僕がわけのわからないこと言っているような顔をしてるんすか師匠⁉


「体術ってなんすか⁉ 魔法はどうしたんすか⁉」

「魔法がどうした?」

「僕に魔法を教えてくれるんじゃないんすか⁉」

「はぁ?」


 なんすかはぁって⁉ それはこっちのセリフっすよ⁉


「あのなぁ、ナタリーちゃん」

「なんすか」

「ドワーフ・ハートに魔法は無理って言ったんじゃないか、もう忘れたのかい?」


 えっ⁉ 僕を弟子にしてくれたからそれをなんとかできる方法があるわけじゃないすか⁉


「そうっすけど、体術となんの関係が⁉」

「魔法が使えないのなら体術で闘うしかないじゃないか」


 そこはせめて体術じゃなく剣術とかが欲しいという無粋なツッコミはさておき。

 王立魔法騎士学園、その名前の通り魔法は生徒を定める大事な要素、例え入学ができたとしてもその後中退させられるのがオチだと考えられる。

 それ以前に魔法が使えない奴が使える他の全生徒と競争できると思わないが。


「体術でどうやって王立魔法騎士学園に入るんすか⁉」

「大丈夫さ」


 師匠はその頭にくるほどのイケメンフェースで微笑んだ。


「魔法騎士でもびっくりするくらいの体術を使えばなんとかなる」

「それ解決策になってないんすけど……」


 やばい、話が通じない。

 そうだ! 僕には心強い仲間がいるんじゃないか!


「マリア! それおかしいよね!」

「いえ、私もカリン様と同じ意見です」

「なにっ」


 マリアは常識人だと思っていたのに⁉


「ナタリー様に魔法の才能がないことは素人の私にでも一目瞭然です。無理矢理伸ばそうとしても失敗する未来しか見えません」

「なっなんだあっ」

「心配することはありません、体術だからと言って必ず魔法に劣る訳ではないので。そうですよねカリン様」

「さすがはマリアちゃん、わかってるんじゃないか」

「そんな……二人にして……」


 落ち込む僕を見て、マリアは表情を変えずにサンズアップする。


「大丈夫です、ナタリー様ならきっと成し遂げれます」

「マリア……」

「私を信じてください、お願いします」

「……わかった」


 マリアにそこまで言われたらもう信じるしかないじゃん。


「師匠、ご指導お願いします!」

「ふふっ、眩しい友情だな」


「心配することはない」と言い、師匠は続ける。


「私は賢者と呼ばれているが、肉弾戦ができないわけじゃない。ここ百年間全世界の色々な場所でそこら中の体術を学んできて、統合し、そして我流を生み出したのさ」


 桜陰流(はおんりゅう)、それがカリン流武術の名前。


「桜陰流……」

「それを我が物にできれば、人間はもちろん、魔物だって倒せる」

「……」

「私についてくれるかい?」

「わかりました、師匠を信じます」

「よろしい、それじゃあ」


 師匠は僕の拳を握りしめる。


「私は今からあなたに拳の作り方を教る」


 僕の指を一つ一つ動かす。


「まずは人差し指かな順に、指を手元に折れる。でも力を入れ込んむこともなく、ただ形状を維持するだけでいい」


 急ぐこともなく、せわしなく、ゆっくりと。


「最後は親指だ、力は丁度ほかの指を締めるくらいでいい。自分の手を見てくれ」


 師匠は僕の腕を掴み、僕の目の前まで持ち上げる。


「これが人類最初の武器こと拳だ」

「これが……拳」


 僕は自分の拳を見て感嘆する。

 拳を握ること自体、今までの人生に無数回かあった。

 でも師匠から教わった握り方は、それらとはどこかが違った。


「次は正拳突きだ。ナタリーちゃん、拳を腰回りに置き、右足を後ろへ伸ばせ。具体的な配置は自分の体に聞け」

「はい」

 

 まるで弓の弦を引くように、僕は拳を腰回りに収める。

 

「思い切り腰を振って、撃って!」


 僕は深呼吸する。そして次の瞬間に全力で腰を振り、拳を前へ殴る。


「しゃあっ」

「……!」

「どうっすか、僕の拳……?」

「……」


 師匠は沈黙。


「うん、それは紛れもない、正拳突きだ」


 師匠が僕の拳を認めてくれたので、僕は安心した。


「次は、あなたに蹴り技を教える」

「はい」


 蹴り技! 正拳突きを学んたばかりの人に蹴り技を教える理由はわからないが、僕は黙って師匠の話を聞く。

 廻し蹴りかな?前蹴りかな?それとも蹴込みかな?


「それは、大地を蹴ることだ」

「大地を……蹴る?」


 そう言いながら、師匠は小さくジャンプし始めた。


「大部分の技には、共通のステップがあるのだ。それが攻撃前の突進」


 そう言いながら、師匠は少し前に踏み出す。


 「廻し蹴でも、正拳突きでも、前蹴りでも、貫手でも、攻撃する前には大地を蹴る。なぜならば、力を出すには大地の支えが必要なのだ」


 そして、師匠は身体の向きを変えた。向かう先には、庭で育てられた大木。


「そこで、大地を蹴ることと、正拳突きを混ざれば……!」

 

師匠は一気に足を大地へ蹴り、拳を前に刺す。


「しゃあっ!」


 大地を蹴ったことによって地面から大量の塵が吹き上げ、僕の視界を塞ぐ。


「こんなことになるのさ」


 塵が去った後、僕はようやく前の光景が見える。

 師匠の足元には大きなクレーターが掘られ、その前にはもう大木がなかった。

 正確に言えば大木は破壊され、大木だった残骸たちが地面に転がっている。

 僕は驚くことしかできない。

 これが賢者と呼ばれる人から繰り出されるパンチとは。


「……師匠」

「うん」

「僕は見ての通りのか弱い女の子だ、それでもあんなすごいパンチを繰り出せるんすか?」

「うん、頑張れば簡単にできるさ」

「わかりました、僕は師匠を信じます」


 これで、僕の強さへの探求が始まったのであった。


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