Battle No.3 入門
今までにない達成感と快感が、麻薬のように僕の脳を痺れさせる。
痛いのに、こわい思いをてたのに、なぜかどうでも良くなった。
僕は、敵を自分の手でぶっ倒した。
「ははは……ははは……」
笑ってしまった、狂ったみたいで。
目の前のカリンさんも笑っている。
「おめでとう、少女。これであなたも私の同類になった」
同類? どういう意味?
今の僕にとっては遠い話のように感じる。
「私が保証しよう、ナタリーちゃん、あなたはもっと強くなれる」
本当っすか?
やべーっ、賢者に褒められちゃった。本気で自分に才能があるんじゃないかって思い始めた。
「あなたを強くする手伝いをさせてもらおう。今日からあなたは私の弟子だ」
よっしゃああああああああああっ!
やっとカリンさんの弟子になった。
これで僕はやっとこの世界で歩き始められるような気がした。
ありがとうございますと言いたいところだが、口がまともに動かない。
「あっ、忘れるとこだった、ヒール」
思い出したかのようにカリンさんは私にヒールをかける。
「ありがとうございます……あれっ?」
体が軽く……なってない。
ある程度の回復はしたが、痛みはまだ残っている。
「痛くなければ覚えられないという言葉があってね。傷を負った感覚を覚えて、それに基づいて戦闘中に判断をするんだ。しっかり意識してくれ」
「はい、わかりました!」
弟子になってからの初めての教え。僕は素直にその言葉に頷く。
僕の返事に対しカリンさんは「うんうん」と快く応じた。
「これにて今日はよしとする、鍛錬は明日から始めさせてもらう」
「はい!」
「それと今から私のことを師匠と呼びたまえ」
「はい! 師匠!」
「よろしい、あなた動けるかい」
「大丈夫っす!」
「じゃあ森から出るぞ」
「わかりました!」
「暑苦しいやつだなぁ……」
カリン……師匠の後ろについて、僕たちは森から出てそのまま解散した。
せっかくだし、一緒に晩御飯食べないかと誘ったが、彼女は断った。
残念だと思うながら屋敷へ戻っていると、屋敷の方からマリアが走ってきた。
「ナタリー様! 今日は一体どこへ……ナタリー様⁉︎」
僕を見た途端、血色が変わったかのように顔が真っ青になった。
「一体どうしたのですか⁉︎ その傷は一体⁉︎」
「えっ、あーこれか」
どうやら僕のボコられ顔に驚いたようだ。
「もしかして不届き者に襲われた⁉︎ 許せません」
瞬間、マリアの顔はまるで悪魔のように恐ろしく変貌した。
泥人形にボコられて恐怖への耐性が高ったと思いきや、その顔を見て僕はまだまただと思い知らされる。
「どこの誰ですか、私が今から……」
「ち、違うんだよマリア! それには深い事情があって」
「説明してください。私は今冷静さを欠こうとしてします」
「ひぃ……はい……」
びびりながらも、僕は今日起きたことを話した。
誰にもバレないように森に行って、師匠に出会って、テストの末に弟子になったことを。
「だからこれはテスト中に負った傷で、誰も悪くないし仕方のないことなんだよ」
「……その方は本当にカリン様ですか」
「えっ」
「不審者に騙されたわけじゃないでしょうね?」
そう言われてみれば確かに、賢者様が理由もなくあの森で現れて、しかも僕を弟子にしたなんてよくよく考えると虫のいい話だ。
とは言え、僕は師匠が実は別人の不審者とは思えない。あの実力は本物だと思う。
「本人だ、僕が保証する」
「そうですか……なるほど」
僕の話を聞いて、マリアは納得して頷く。
「なるほど、そういうことになったのですね」
「なんだ? 妙に頷いて」
「今日妹様の先生として招いた方が、カリン様なのです」
「なにっ⁉︎」
「偶然この屋敷に来たカリン様と出会ったわけですね」
これでなぜ師匠がここにいるのかが説明がつく。
うん? おかしい。
「じゃあなんで僕なんかと付き合ってくれてたんだ」
魔法の才能なら妹の方が遥かに上、ゲームの中だと天才と言われているのだから。
魔力保有量は桁外れでその強さは間違いなく一級品、だからお母さんがわざわざ養子にしたんだ。
なのに師匠はドワーフ・ハードの僕の面倒を見ようとしている。
「私にもわかりません。ですがカリン様は妹様と少しお話しした後なぜか勝手に屋敷から出て行きました。オークス様は大怒りで、雷を降らせましたね」
なるほど、妹となにかあったかは知らないが、師匠は先生になることを拒否し、偶然僕と出会ったというわけか。
雷を降らせたのは多分比喩ではなくガチ。母の実力は確かなものだからな。
つくづく謎だらけだ。僕の記憶だと妹は気弱いけど優しい女の子である、師匠の不満を買うことをするような人じゃないと考えられるが。
「なんか色々と大変だな」
「はい、従者たちが大騒ぎで、そのせいでナタリー様を探すのが中々できませんでした、全く」
「ははっ、お疲れ様」
「……ははっ、じゃありません」
「えっ」
マリアは手を伸ばし、僕の顔を撫でる。
「急にいなくなって、探しても見つけなくて、やっと帰ってきたと思ったら傷だらけになって、ナタリー様はもっと自分を大切にしてください」
「で、でも」
「どんなテストを受けたのは知りませんが、ナタリー様はまだ9歳の女の子、こんな傷を負っていいはずがありません」
「……」
「言ったはずです、例えばナタリー様が魔法をつかえなくでも、誰もあなたをバカにしません。なのにどうしてそんな無茶をするのですか」
「……ごめんなさい」
マリアはクールな顔のままだが、間違いなく心が傷ついている。
彼女は正しい。
今日体験したことはどれも小学生くらいの女の子が遭うことではない。しかも僕は自らそれを望んでいる。
きっと、彼女を大変心配させたんだろうな。
「答えでくれないのですか」
「ごめんなさい」
今の僕には彼女を納得させる答えが出せない。
僕たちのやりたいことは完全に正反対なのだから。
だから、黙ることしかできない。
「はぁ……分かりました」
「マリア……」
「ナタリー様が破天荒な人であることはとっくに知っています。いちいち追求しても埒が明かりません」
「ごめんなさい……」
「もういいです、これから賢者でもある方が見張ってくれるのですから、大事になることはないでしょう」
「ははっ……」
言えない、師匠は絶対に僕を危険な目に遭わせるなんて絶対に言えない。
「その代わりに条件があります」
「はい?」




