Battle No.3 決断
「オークス家の恥」、それはナタリーの記憶の中にいる、嫌なほどにお母さんから言われた言葉。
知識として、ナタリーというキャラは魔法が下手なのは知っていた。
だけどそれをなんとかできると思い込んでいた。
まさか、お母さんが正解だったとは。
僕は生まれた時から、出来損ないだったとは。
「ドワーフ・ハートは……治せるっすか」
「ドワーフ・ハートは未だに原理が解明されていない、例え私でも治すのは無理なんだ」
「そう……」
賢者にすら治せない病、魔法を重要視するこの世界においては致命的な欠陥。
何かを諦めさせるには充分すぎるハンデ。
「それを聞いて、ナタリーちゃんはどうするんだい? 諦めるのもやぶさかではないと思うんのがな」
諦める、今まで何十回も思ったことだ。
この金持ちの家柄だ、例え魔法がなくとも、親にバカにされても、地道に生活できる。
この世界の未来なんて、原作主人公に任せればいい。僕の何かを変えたいという考え方の方が思い上がりだ。
マリアだって、そんな僕をバカにしないのだろう。
だから……。
「諦めない、絶対に」
「ほーう、その心得は?」
最初は創作の主人公みたいに無双する姿を想像した。
ある時から、母に見返されたいと思い始めた。
だけど理由はそのどれでもない。
「諦めたら、かっこ悪いっす」
今の僕の世界には、この屋敷の人たちしかいない。
小さくて、薄っぺらい世界だ。
僕にはなにもない。だからこそせめて、僕のことを知っている人たち、最初の友だちであるマリアの前だけでも誇れるような人でありたい。
もし僕が諦めたら、現状に甘えたら、記憶を取り戻す前に戻ってしまうような気がした。
それだけは嫌だ。
絶対に、彼女たちを失望させたくない。
「僕は、強くなりたいっす」
「なるほどなるほど、ふふっ」
僕の言葉を聞いて、カリンさんは少し笑った。
舐めているか、バカにしているかは、僕にとってどうでもいい。
「ナタリーちゃんはなにがしたい? 教えて」
一瞬、カリンさんの顔が得体の知れないなにかに見えた。
迫力というか、プレッシャーというか。
僕の行動を見定めているかのようだ。
だけど、やることは一つしかない。
「カリンさん……」
僕は跪いて、土下座をする。
「僕を強くするために手伝いをしてください!」
魔法でもいい、物理でもいい。僕に足りないものはなにかを教わってくれる人だ、人脈だ。
だから、頼るしかない。今目の前にいる人が賢者と呼ばれるほどの有名人だ、チャンスを逃す訳にはいかない。
無礼と無謀なのは承知の上。だけど、今の僕にはこの頭しかいないんだ。
「……」
「……」
「……」
「カリンさん?」
「うん、ゴホン、あなたの決意は分かった、私もちょっとだけ興味が湧いたしね」
カリンさんはなぜか吹き出すかのような咳をしたが、どうやら僕の頼みを了承した。
「今からあなたをテストする。もしテストをクリアしたら、あなたを弟子にしてもいい」
「マジ⁉ 僕を弟子に⁉」
「二言はないさ。もし私についていけたらの話だけどね」
「分かりました! どんなテストでもクリアして見せるっす!」
「いい意気だ」
テストすることを決めた、カリンさんは「ついてこい」と言い、僕たちは更に森の奥へ入る。
しばらくすると、目の前には崖の壁があった。
一体ここでなにを……? と言う前に、カリンさんから「後ろに下がって」と言われた。
言葉通りに下げた後、前にいるカリンさんは両手を伸ばす。
「ウイン・カッター」
瞬間、無数の緑色の刃が彼女の手先きから飛び出し、目の前にいる木たちを切り裂く。
「ファイヤー・ボール」
火の壁が木の残骸を焼き払う。
あっという間に、森の一部だった場所が広い空き地になった。
「ここなら存分に動けるな」
カリンさんは自慢気に言う。
僕はもちろんこの場面に驚いていた。
ファイヤー・ボールとウイン・カッターは火属性と風属性の初級魔法、なのにここまでの威力が出せる。
多属性魔法の使用、使った本人は余裕綽々で、しかもあれだけの大技を出したのに狙え先以外の木と草が全く燃えていない。
魔法には詳しくないが、ここまでの技術はもはや神技のレベルまで達したと思う。
つくづく、賢者。
そんな相手に今からテストされると思うと、心配して止まない。
一体どんなテストを仕掛けてくれんだ……!
魔法の才能は既に見抜いたから多分魔法を使ってみろとかではない。
じゃあなにができる? 知識量? そんなテストならここに来る理由がない。実戦? 自殺同然と思われるが。
まったく予想がつかない。
「ナタリーちゃん」
「はいっ!」
どんな……! どんなテストなんだ……!
「まぁとりあえず、この空き地を20週くらい回ってくれるかい?」
「えっ」
「はいよーいスタート」
「ちょっ……!」
20週走る⁇ どういうことだ⁇ しかもとりあえずってなに⁇ 適当に決めたのか⁇
あの賢者様がなんのためにこんなテストを……? と考えながら、促された僕は走り出した。
しかもこの空き地、広さはバスケットコートくらいだからテストとしてのラインが微妙。
しんどくないとは言ってないけどねぶへへへ。
体育の授業を思い出しながら僕は走る。
「はぁ……はぁ……」
「がんばれーがんばれー」
がんばれって言ってる割にはどうでもいいって感じな顔してないか?
「あのう……20週……終わりました」
「じゃあ30週追加で」
「なにっ⁉」
「早くいけー、弟子になりたいだろ?」
「はいー!」
まさかの30週追加。一体どんなテストなんだよこれ。
しかも普通に苦しい、当然のことだけど。
明らかに9歳の女の子にやらせる運動量じゃない。
「はぁ……はぁ……あのう……カリンさん……」
「なーに?」
「この……テストの……目的は……一体……?」
「それを聞いちゃうダメじゃないか、さらに20週追加」
「えーーー⁉」
その後も、カリンさんから色んな理由で追加され、増えすぎて目標の周回数すら忘れるようになった。
足が燃える、呼吸が苦しい、頭がクラクラする。
もしここ一か月ずっと自虐トレーニングしてなかったら、既に苦しすぎて失神したのかもしれない。
今でも辞めたい、地面に倒れたい、逃げたい。
だけど僕は辞めなかった。自分のドMっぷりにドン引きするばかりだ。
それでも、屈服することだけはしたくなかった。
「はぁ……はぁ……」
「やってんねナタリーちゃん」
「はぁ……はぁ……あれっ」
地面が、起き上がった。
走っているのに、おかしいな。
このままだと、地面と……。
「はうっ!!」
思いっきり地面とキスした。
鼻が熱い。唇が熱い液体に触れている。
僕は一体……?
「大丈夫かい? まさか平行感覚が狂うまでに走るとはな」
「誰の……せい……っすか」
「ふふっ、私のせいだな」
なにわろとんねん、殴るぞ。
先までの彼女への尊敬が一気に消えた気がした。
と言っても僕はもう動けない。
この状態で、口の中からする鉄の味だけが嫌なほどに鮮明に感じる。
「あと……」
「うん?」
「あと……何周……残ってるん……すか?」
「……また走るつもりなのかい」
「絶対……テストを……クリア……」
「……」
カリンさんからなにも言われなかった。
次の瞬間、僕の体が光った。
ヒールだ。
ボロボロになってた体が一瞬で元気に戻る。
「え……」
「次のテストに行くぞ」
さっきのテストはクリアしたってこと……?
カリンさんからそれ以上の説明がなかった。
彼女は僕に背中を向けていて、顔が見えない。判断しようがない。
「カリンさん?」
「ちょっと待っててくれたまえ」
彼女はしゃがみ、「アース・ドール」と念じる。
地面が少し光ったあと、彼女は退き、彼女の身に隠されたなにかが見えた。
身長が僕と同じくらいの、泥人形である。
「最終テストだ」
カリンは言う。
「このアース・ドールと闘れ」




