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Act.1-13 大迷宮挑戦前夜と大倭秋津洲戦争の開戦 scene.2

<三人称全知視点>


 世界の真理――いや、異世界の真実。

 確かに、咲苗はその片鱗に気づくことがあった。何かおかしいと気づいたこともあったが、それを丹念に調べようとはしなかった。

 この異常事態の中、そこまで頭が回る訳がないという弁護の声もあるだろうが、目の前に同じ状況に置かれながらも一つずつ丁寧に調査を行い、真相に辿り着いた者がいる以上、その弁護を突き通すことはできない。それではただの甘えだ。


「いいの!? 死んじゃうかもしれないんだよ!! この世界の真実を知ることが園村君の命よりも重要だって言いたいの!?」


「少なくとも、あのなんちゃってどもからすればボクの命なんてそこら辺の石ころより軽いんだろうけどねぇ。まあ、最悪の場合は視野に入れておく必要……はまあ、ないんだけど、そうならないように努力するつもりだよ。そうだね、男としては恥ずかしいことこの上ないけど……咲苗さんが守ってくれないかな? 大聖女の咲苗さんならボクが傷ついても癒せる。その力で守ってくれたなら、ボクは大丈夫だろ?」


「そうだね。そうか、そうだよね。失いたくないなら、私が守ればいいのか。やっぱり、園村君は優しいよね」


「……こんな捻くれ者を捕まえて優しいだなんて、随分と面白い感性をしているよねぇ」


 その姿に、幼い頃の初恋の人――少女の姿が重なって見えた。その幻想を咲苗は振り捨てる。


(私は、あの子じゃない……園村君が好きなんだから)


 そう、何度も言い聞かせるように……。


「ありがとう。……慰められちゃったね」


「こんなにグサグサと言われて喜ぶなんて変わっているよねぇ。まあ、オタク知識について来られる高嶺の花って相当珍しいけど……ってか、もしかして:白崎さん?」


「根底が違うよ。私は元々オタク趣味なところがあって……でも、園村君と話す時についていけないといけないから改めて勉強し直したんだ」


「……そこまでしなくてもいいと思うんだけどねぇ」


 それからしばらく雑談した後、咲苗は部屋に戻っていった。



 園村は咲苗が戻っていったことと、その背中を無言で見つめて歪んだ表情を浮かべた小物の姿を確認すると、扉を閉めて幾つかの符を扉に貼った。


「護光結界――急急如律令」


「遮音結界――急急如律令」


 そして、呪を唱えると共に霊符が淡く輝いて強固な結界を展開した。


「奇門遁甲――急急如律令」


 そして、念には念をと遁甲盤を使用する分岐点において特定の方角に意識を向けさせる、あるいは向けさせないという術を発動する。

 そのどちらもが陰陽術に分類される技で、表側には明かされていない、得難い技術だ。


「全く、世の中ってものは思い通りにいかないものだねぇ。今更好きとか言われても、正直困るんだけど……ボクは咲苗さんのことをそういう目で見られないし」


 園村――否、百合薗圓は「それに、ボクにはもう好きな人がいるからねぇ。不器用で、家事全般ができなくて……でも、一生懸命で、ずっとボクのことを支えてくれた、ボクにはあまりにも勿体無い人だけど」と続け、苦笑した。

 あの堅物は一筋縄ではいかない。「忠義」を最も重んじる彼女が、「主君」として崇める者の恋人になることに素直に応じる訳がないのだ。

 きっと「畏れ多い」と一蹴されるだろうと、思いながら、それでも「彼女? ……そうだね、もし、仮に誰かを選ばないといけないのなら、月紫さんがいいかな?」――言い方そのものはネガティブだが、恋仲になってもいい唯一の相手として認めている圓の最強の毒剣にして右腕ともいえる存在を思い浮かべながら、圓は咲苗にすら一度も見せていない、本当に安らいだ時に見せる笑みを浮かべた。


「さて、と」


 圓は今まで来ていた男物の服を脱ぐと、陰陽術とは別系統の力が込められた札を使い、中から白のワンピースと下着一式を取り出して着替えた。


「やっぱり、落ち着くよねぇ。こっちの方が」


 男の娘であり、咲苗からは少女として認識されているこの姿の方が、圓にとっては落ち着くスタイルである。


「さて、と。それじゃあ、やりますか」


 圓が結界を展開したのは、別に女装した姿を見られたくなかったからという訳ではない。

 少なくとも、今は見られるとまずいものをこの世界に召喚するためだ。


「神界の天使よ、魔界の悪魔よ! 今、我が元に顕現せよ! 来て、ホワリエル! ヴィーネット!!」


 召喚に応じ、現れたのは金髪碧眼のサラサラなロングヘアーの美少女と、黒髪ロングの美少女だった。

 しかし、金髪の少女の頭には光の輪、背中には純白の翼があり、黒髪の少女のスカートからは黒い三角の尻尾が顔を覗かせている。


『圓様、よくぞご無事で……もし、このままお別れだとしたら……悲しくて。それに、他のみんなもピリピリしていて……』


『まあ、簡単に言えばニート生活の拠点が無くなりそうだから、ちょっとヤバイかなって思っていたってこと』


 前者の言葉が黒髪ロング――つまり悪魔の方で、後者の言葉が金髪――つまり天使の方の言葉だ。発した言葉と人物が一致しない気がするが(というより逆な気がするが)、事実なのだから仕方ない。


 天使の方はホワリエル――神界の天使学校を首席で卒業した元品行方正な天使だが、地上で生活する中でネトゲにハマり、一気に「駄天使」に堕ち、圓から食客扱いを受けていることに自堕落な生活を送っている。


 悪魔の方はヴィーネット――魔界出身の悪魔で真面目で困っている人を見ると助けたり、怖いものが苦手だったりと一般的な悪魔のイメージからはほど遠い性格。家庭力があり、堕落しているホワリエルの身の回りのお世話をするなど圓にとっては「ふつくしい」関係にある。……怒ると怖い。


 そんな二人は圓が初めて地上に召喚した天使と悪魔だ。つまり、契約した天使と悪魔ということだが、圓は彼女達に畏怖の念を覚えたり、恐れたりせず、また道具として酷使しようとすることなく、彼女達が地上で住みやすい生活を送れるように援助を行っている。

 また、圓にとっては百合成分を供給してくれる貴重な存在だった。上司のラファエルとアスモデウスの仲は他の天使や悪魔と同じく険悪だが、ホワリエルとヴィーネットにそのような偏見はなく、自堕落な生活を送る天使と、そんな彼女を心配して色々と言うものの、結局は甘やかしてしまうという素晴らしい関係を築いている。


「本当はこのまま尊い♡ 百合成分を摂取したいんだけど……状況が状況だから、サクッとそっち側の情報をもらえないかな?」


『畏まりました』


 ヴィーネットの表情が真剣さを帯びた。ダラけ切っていたホワリエルの表情もそれと同時に引き締まる。


『まず、圓様が行方不明となり、大倭秋津洲帝国連邦政府から「財閥総動員法」を理由に政治家が派遣され、圓様の全財産を国へ返還(・・)するように要求してきました。それに対して、執事統括の(やなぎ)影時(かげとき)様を含む屋敷に残っている全統括の合議で、今後の方針を決定。衆議院議員の小野田(おのだ)進歩(すすむ)を含む使者を暗殺にて全滅させると同時に、大倭秋津洲帝国連邦に対して宣戦布告。それから一時間後までに、桃郷財閥、光竹財閥、邪馬財閥、海宮財閥、蘆屋財閥、三門財閥の財閥七家全てが大倭秋津洲帝国連邦に宣戦布告。次いで、《鬼斬機関》と陰陽寮、《聖法庁(ホーリー)》の大倭支部がそれぞれ大倭政府に宣戦布告し、内戦が開戦しました。政府側は軍部、警察、侍局を投入して対抗するつもりのようです。いっそ首都(江戸)にある政府機関に水素爆弾か反物質爆弾を落とそうかという意見も上がりましたが……』


「それはあくまで最終手段だよ。化野さんじゃあるまいし……しかし、財閥七家も協力してくれるとは思わなかったな。最終的に孤軍奮闘になるかなと思っていたけど」


『財閥七家は圓様以上に抑圧されてきた立場にありますから、便乗したくなるのも致し方ないと思います』


「とりあえず、一般市民には手を出さないように。あの国に蔓延る政治家という悪を断罪することを目標に……ってことで頼むよ。後任は三門(みかど)弥右衛門(やえもん)さんがやってくれるだろう。彼は元々政治家の存在に否定的だったからねぇ。AI政府やAI国会なんて面白いものを導入してくれるんじゃないかな? どうせこれまでも官僚の操り人形だった訳だし、まあ、連中もボク達みたいな奴隷から金を吸い上げて自分達だけ甘い蜜を吸いたいだけだろうし、大して何にも考えていないんだろうけど。中には本気で国を変えたいなんて思っている奇特な人も、そりゃいるかもしれないけど、選別が面倒だし……」


『本当によろしいのですか? ……誰よりも圓様を苦しめてきたのは、あいつら……』


 ヴィーネットの表情が怒りに歪む。温厚な彼女をここまで怒らせるほどに、大倭政府のやり方は酷く、それを黙って見逃した、或いは無知のまま容認してきた道化(一般市民)達も怒りの対象となっていたのだ。


「人間ってのは団結すると厄介だ。二度の大戦然り、悪い方向に進む傾向があるのは確か……でもね、一人一人が別に悪い訳じゃないんだよねぇ。ボクはそういう優しい人達に沢山会ってきた。だからねぇ、ボクは慈悲を与えるんだよ。彼らのような人達のために――」


 人を殺せもしなさそうな優しい表情で、圓は人の命すらも勘定に入れる。その権利が、精神が壊れてしまうほどまでに、政治家に、一般市民に、大倭秋津洲帝国連邦という国家そのものに追い詰められてきた圓にはある。少なくとも、ホワリエルとヴィーネットはそう考え、容認している。まあ、天使と悪魔は元々地上に対して過度に干渉することを禁止されていた存在であり、かつ部外者の立場の二人にその世界の者達の意思を邪魔する権利はないのだが……。


 ホワリエルとヴィーネットにもいざとなれば大切な友人のために戦う意思はあるので、全力で油を注ぐという意味で干渉する腹づもりはあった。例え、最も天使と悪魔に大きな影響を与えた男から天使と悪魔の統括を依頼された雷神ウコンから止められても、二人は最後まで戦い、その上で追放でもなんでもされてやるという意思を固めている。まあ、あの武人そのもののウコンが曲がったことを許す訳がないので、その心配は無用だろうが。


「君達二人を召喚したのは他でもない。この世界の座標を知っておいてもらうことと、万が一の時のために化野さんと柳さんが連絡を取り合えるようにしておくためだ。まあ、ボクの身に何かあった時の引き継ぎということでねぇ。……ということで、今後の全権はこっちは化野さん、向こうは柳さんに委任するとそれぞれ伝えてもらっていいかな? 後、今後二人は好きにしてもらっていい……って、もしかしたらもう一回伝書鳩を頼むかもしれないけどねぇ」


『そんな、縁起でもない……。圓様ほど深謀遠慮に富み、ここまで幾多の修羅場を超えてきた方が早々命を落とす訳が……』


「それがそうでもないんだよねぇ」


 圓が取り出した一枚のタロットカードに、ホワリエルとヴィーネットが揃って怒りに震えた。


『おのれ……政治家(人間の屑)が』


 ホワリエルが天使には似つかわしくない汚泥の如き言葉を吐く。それを圓もヴィーネットも止めなかった。


「「(タワー)」……正体不明の伝説の殺し屋……といっても都市伝説って意味だけど。位置でも逆位置でも不吉な意味を持つタロットカードである「(タワー)」を殺し屋から送られてから一週間以内に必ず「不幸な事故」で死ぬと言われている。つまり、ボクはこれを送りつけられた一昨日から一週間以内に殺されるってことだねぇ。でも、狙いは分かっている――明日から行われる迷宮攻略の間に確実にボクを殺すという意味だ。しかも、自らの手を下さずにねぇ」


『……なんで異世界にまで来て元の世界の暗殺なんて遂行しようとするんでしょうか?』


「それが「(タワー)」の暗殺者ポリシーってことだよ。それに、ボクは超共感覚(ミューテスタジア)でボク自身の未来を知った。あそこまで真っ黒なのは久しぶりに見たよ。もう、ボクは死を免れないってことさ」


 物事の浮き沈みを色として視認する超共感覚(ミューテスタジア)。圓をこれまで支えてきたこの力は、最後に圓の死を予言した。その予言が覆ることはない――この力は圓自身の干渉をも加味した覆ることのない未来予知なのだから。


「でも、ボクだってそのままやられるつもりはないよ。できる限りの情報は手に入れて、化野さんと柳さんに流す。そこから何を選ぶかはみんな次第だ。その頃にはボクはもういない訳だからねぇ」


『……それでも、みんなは圓様の意思を受け継ぎ、最後の一人が死ぬまで戦うと思います。その覚悟を私達はしていますから』


「いい部下を持ったよ……って言った方がいいのかな? ボクは……本当はみんなに楽しく、平和に生きて欲しいんだけどねぇ。……そういえば、さっきから常夜(とこよ)月紫(つくし)さんの名前を聞かないけど、彼女は元気かい?」


『圓様が化野様と共に消えたあの日から行方知れずです』


「……そっか。まあ、月紫さんならきっと大丈夫だよ。ボクよりずっと強いから。…………それじゃあ、今から二人にボクがこの世界で掴んだ情報を全て話す。ただ、裏付けが取れていない仮説だけどねぇ」


『『畏まりました』』


 圓は、大切な二人の家族(・・)とゆっくり話せる最後の時間を噛みしめながら、この世界に来て掴んだ情報と、そこからもたらされた仮説を二人に話して聞かせた。

 お読みくださり、ありがとうございます。

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 もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。


 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 圓様の全財産の国への|返還《・・》を要求してきました。  なんか変だな? [一言] > 咲苗さんが守ってくれないかな? 大聖女の咲苗さんならボクが傷ついても癒せる。その力で守ってく…
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