Act.1-12 大迷宮挑戦前夜と大倭秋津洲戦争の開戦 scene.1
<三人称全知視点>
大迷宮――それは、このユーニファイドに近年出現している領域の総称を指す語である。
その形態は様々で、オ●クス大迷宮のようなザ・迷宮というところから、一つの森が丸々、唐突に発生した火山や深海の遺跡に至るまで、多種多様なものが存在する。
学術的には細分化されて露天型大迷宮、一部洞窟型大迷宮、大迷宮、高難易度大迷宮という四分類になるらしい。
今回挑戦するのはこの高難易度大迷宮だ。……と言っても、挑戦階層は比較的浅めで、既に攻略情報が確立されているため、深い階層にさえ行かなければ問題なく目的地として設定された第十階層に行ける筈だが……。
この高難易度大迷宮は極めて危険な場所だが、冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気があった。
既に攻略情報が上層に限ってはある程度確立されているのも、先人達が多数挑戦しているからであり、言い換えればそれだけ旨味があるからということになる。
大迷宮は、一般的にその難易度に応じて獲得できる魔鉱や魔核の純度が異なる。
魔鉱とは濃い魔力によって生成されるもので、魔力によって影響を受けた鉱石のことを指す。全ての金属に魔鉱になる可能性があるので、元々魔力の伝達力の高いミスリルの魔鉱というものも存在する可能性がある訳だが、希少金属ほど魔力から影響を受けにくいため魔鉱ミスリルや魔鉱オリハルコンともなれば、それこそ膨大な時間が必要となるのでまず手に入らないと考えた方がいいだろう。
魔核は魔物の中で生成される魔力の業個体のようなもので、強力な魔物ほど純度の高く大きな核――つまりは良質なものを備えている。
この魔核は魔法の触媒として効果を発揮し、魔力の通りがよく効率的にする効果を持つ。魔法の触媒として使う杖などの先端に使えば魔法を効率化し、魔法陣を描く際に魔核の粉末を加えれば効果や発動速度を大きく上昇させることができる。
高難易度大迷宮ともなれば上層でもそこそこのレベルの魔核を入手することができることから、シャマシュ教国唯一の高難易度大迷宮であるこの【ルイン大迷宮】は重宝されている。
このような良質な資源を提供する高難易度大迷宮を求めて戦乱が起こらない理由は、今後も増え続ける可能性があるからだ。
ある日突然、大迷宮が出現するという異常事態に、最初は困惑していた人達も慣れているようで、一攫千金を目指す冒険者達が正体や作成者が不明な怪しげな場所に挑戦するという、第三者視点では不安しかない状況が続いている。これも、世界の違いから来る受け取り方の違いというか、危険と隣り合わせの世界で生きていた者達は大したことでは動じないように鍛えられているのだろう。
◆
咲苗達は、ゴルベール騎士団長率いる騎士団の精鋭数名と共に【ルイン大迷宮】に挑戦する者達を主な客としているフォルアの宿場町に到着した。
騎士団の新兵育成に使われるということで、騎士団御用達……より正確には騎士団専用とも言える宿があり、咲苗達はその宿に泊まることになる。
今回の大迷宮挑戦には愛望と平和が参加せず、それ以外のメンバーと騎士団精鋭という監督者だけで行うことになる。
といっても、今回のチャレンジは第十層まで。そこまでなら、非戦闘職の園村を連れて行っても大丈夫だろうとゴルベールは言っていた。
園村が「お気遣い痛み入るねぇ」と自分が足を引っ張っていることを弱い自分を嘲笑するような表情を見せ、鮫島は「誰かさんが居なければ最も難易度が高い階層に行けるんだろうなァ」と厭味を言っていた。
そんな園村だが、宿に着くなり「準備があるから」と割り当てられた閉じこもってしまった。
恐らく、あのなんちゃって達に絡まれたくないからだろう。咲苗達を避けるような行動を取っていたのも、あのなんちゃって達を面倒に思ったからに違いない。
咲苗は迷宮挑戦前夜、その足で園村の部屋へと向かった。
咲苗には園村にどうしても伝えたいことがあったのだ。そして、その機会はもうこの瞬間しかない。
夜を選んだのはあの面倒な人達に勘づかれたくないからだった。
「園村君、いるかな? ……咲苗です。入ってもいいかな?」
億劫そうに扉を開けた園村は、「夜にそういう格好で男の部屋を訪れるのはあんまり感心しないねぇ。男っていうものは基本的に狼だからねぇ」と咲苗を咎めると、観念したように部屋の中へと案内した。
純白のネグリジェにカーディガンを羽織ったというあざとく狙った勝負服で挑んだのだが、園村のガードは思いの外堅かったらしい。「欲情して狙ってくれたら既成事実を利用して攻められたのに」と内心考えている時点で、高嶺の花のイメージが崩れ去りそうだが、幸い咲苗の本質に気づいている者は少ない。
園村は王城から持ち込んだらしいティーセットで二杯分の紅茶を入れ、カップを一つ咲苗の方に渡した。
喫茶店で出されるものと遜色のない味に、改めて園村の料理に腕が優れていることを理解させられる。
「さて、明日は早い。ボクはまだ一徹で体力があるけど、咲苗さん達はそうはいかないよねぇ。格別な用事がなければ速やかに休むべきだと思うけど」
一徹でも相当な負担を身体に強いる筈だが、園村にとっては大したことがないのだろう。目の隈も普段よりは薄い。
「用事はないんだけどね……ちょっと、園村君と話したくて。やっぱり……迷惑だったかな?」
「いや、別に特に迷惑だとは思わないよ? でも、意外だよねぇ。心配事があるなら真っ先に巴さん辺りに相談すると思っていたんだけど。ほら、二人って仲いいでしょう? 幼馴染だからだと思うんだけど」
そういえば……と、咲苗はこれまで園村と二人きりで話をする機会に全く恵まれていなかったことに気がついた。
もしかしたら、園村は咲苗から片想いされていることに全く気づいていないのかもしれない。
「確かに巴さんは幼馴染だし、頼りになるよ。……実際、名前も忘れてしまった、情報もほとんどない私の初恋の人を探すのにも協力してもらったし、とても頼りにしている。……ごめんなさい、本当は園村君に用事があってきたの。ううん、お願いが……物凄い我儘ないお願い」
「もしかしなくても、明日の迷宮挑戦のことかな?」
園村が一瞬「何を今更」という表情を見せたことを咲苗は見逃さなかった。
もし、今回の迷宮挑戦について何か言いたいことがあるのならば、ここに到着するまでに言っておくべきだ。騎士団にも予定変更で迷惑がかかることになるのだから。
「明日の迷宮だけど……園村君にはここで待っていて欲しいの。みんなは私が必ず説得する。だから!」
「まあ、ボクは足手纏いだよ。できることも限られている……でも、ね。それでも今日までにボクなりのやり方で仕上げてきたんだ。それに、今回はゴルベール騎士団長やルチアーノ副団長――精鋭達がいる。階層も低いし、危険なことはないと思うんだけどねぇ。なんでそこまでボクに挑戦を断念させようとするのかな? やっぱり信用ならないってこと? 弱いボクは」
「……違うよ。物凄い嫌な予感がするの……最近ずっと同じ夢を見て……真っ暗な世界の中に園村君がいるんだけど、声を掛けても気づかれなくて、手を伸ばしても届かなくて……どんどん距離が遠くなって最後には消えちゃうの。そこで、毎回目を覚まして……とても怖くなるの。園村君が遠くに行ってしまうんじゃないかって」
「それはそれは……安易に夢だって切り捨てるのは無理がありそうだねぇ。でも、そもそもなんで咲苗さんはボクのことを気にかけてくれるんだい? ずっと気になっていたんだ。ボクは不真面目で、学校にもあまり顔を出さない。そんなボクに初日から気を遣ってくれたのは、誰とも友達を作れなさそうな、孤立しているボクが可哀想だったから? それとも、その初恋の子に似ていたから?」
図星を突かれた咲苗は僅かにたじろいだ。鋭い園村はその変化を見逃さない。
「そっか……そうだよね。ボクなんかに高嶺の花な咲苗さんが気を掛ける訳がないよねぇ。つまり、ボクは初恋の人の代わり――代償行為の対象ってことだねぇ」
園村はそう言い、乾いた笑いを浮かべた。その姿はあまりにも虚しくて……。
「違うよ……確かに最初は初恋の名前も忘れてしまったあの子に似た雰囲気の園村君に惹かれた。でも、一緒に過ごすうちに、園村君のいいところを沢山知って、好きだって思うようになったんだよ」
「面と向かって言われるとこれ以上恥ずかしいことはないねぇ。……まあ、言いたいことは分かったよ。でもねぇ、それでもボクはこの挑戦をやめるつもりはない」
園村の覚悟の篭った瞳を見て、咲苗は絶望に駆られた。
「どうして……ねぇ、どうしてなの?」
「ボクはこの世界の真理を知りたい。その最後の鍵がこの迷宮にあるとボクは結論付けているんだよねぇ」
「それなら、私がその真理を見てくる!! わざわざ園村君が危険を冒してまで行く必要はないよ!! それに、そこまで世界の真理を知る必要が本当にあるの!?」
「あるよ……寧ろ、ボクからしたら与えられた情報だけを鵜呑みにする君達勇者一行の思考の方が理解に苦しむ。例えば、君達は神の意思を疑わない――その神が悪意を持つ可能性を決して考慮しなかったのがその証拠だよねぇ? それに、この世界にはいくつもの綻びがあった。一部にはそれに気づいた者もいたようだけど、それを本気で調べようとする者は誰一人としていなかった。だからねぇ、ボクがその真理に到達するしかないんだ。いや、元々ボクにしかできない。――それに、咲苗さんには今ボクが考えていることは分からないよねぇ。そういうことだよ。誰かに説明してやるよりも、ボクがやった方が効率がいいなら、例え危険を伴うとしてもそれを遂行する。それが、ボクのやり方なんだ。勿論、全てをボク一人でやろうなんて、そんな無茶なことはしない。あくまで適材適所の考え方だ」
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