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【キャラクター短編 五十嵐斎SS】五十嵐道場の依頼

<三人称全知視点>


 江戸時代から続く名門の五十嵐流道場――かつて賑わいを見せた道場は見る影もない。


 元々は太刀術、小太刀術、二刀術、抜刀術、鞘術、杖術、分銅鎖術、槍術、薙刀術、体術、鉄扇術、弓術、騎馬術、泳術、歩術の五十嵐流十四芸を継承してきたが、江戸末期頃から武士の数が極端に減って侍局に所属する者だけとなったことに伴い需要が減り衰退――江戸に乱立していた道場の多くが店仕舞いをした。

 今の時代、この五十嵐流道場が経営を続けられてきたのは先代達があらゆるものを投げ打って道場を続けてきたからだと言えるだろう。


 現在は太刀術、小太刀術、二刀術、抜刀術、鞘術、歩術、体術が残り、更に刀関係が刀術に、歩術と体術が体術に纏められた結果、五十嵐流二芸という形になっている。

 それでも、町の剣術道場として地域から志願者が集まっている。それでなんとか経営が回っているという状況だ。


 しかし、五十嵐流の継承者である五十嵐(いがらし)(いつき)はこの道場を今代で閉じようと考えていた。時代に道場経営がそぐわないことを斎は実感していたのである。

 一人娘の巴や、その巴が将来連れてくるであろう彼氏にこの重荷を背負わせる訳にはいかないと道場を閉じる決意を固めていた。


 その考えが覆る切っ掛けは、娘、五十嵐巴に並々ならぬ剣才があることを知ったことだった。

 小学生の頃から剣道の大会で負けなしで現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあった巴は五十嵐道場の広告塔となり、その後、五十嵐道場への志願者が急増した。


 ここで調子に乗ってしまった五十嵐斎はかつて夢見た、滅びた五十嵐流十四芸の再興の夢を叶えるために動き出すことにした。

 とはいえ、残っているものは少ない。口伝ではなく巻物で伝えられてきたその技も、巻物の散逸と共に減ってしまった。

 それに、斎に国文学者の友人はいない。


 困った斎は巷で噂になっている「yuLily」というサイトにダメ元で願いを書き込んだ。

 そして、五十嵐道場にやってきたのが黒いワンピース姿の少女――十二歳になった百合薗圓である。


 娘と同世代のこの少女がやって来たことで、斎は内心ガッカリした。変な悪戯に引っ掛かって騙されたと思ったのだ。

 勿論、「信じてもらえないのは百も承知、信じられない相手の夢を叶えてあげる義理はない」というのがスタンスの圓は即座に帰ろうとした……が、慌てた斎は圓を引き止めた。


「本当に、本当にyuLilyの管理人さんなのですか?」


「しつこいねぇ、ボクはyuLilyの管理人だよ? じゃなかったら、道場を特定して来る訳ないでしょう?」


「……しかし、娘と同い年の少女がまさかyuLilyの管理人とは」


「斎さんの娘さんというと、五十嵐巴さんだっけ? 現代に現れた美少女剣士、凄い話だよねぇ」


「ご存知でしたか。……実は、依頼の内容もこの娘に触発されてずっと叶えようと思っていた夢を叶えてみようかと思ったことが切っ掛けでして。私の代で道場を畳もうかと思っていたのですよ」


 圓の皮肉はどうやら斎には伝わらなかったらしい。素直に同世代の少女の剣の才を褒め称えたと取ったのだろう。

 しかし、最初はがっかりしていた圓も「私の代で道場を畳もうかと思っていた」という独白を聞き、真剣味を帯びた表情を見せた。


「そこまでして叶えたい夢ねぇ。確か、五十嵐流十四芸の再興だったっけ?」


「はい、可能ならば途絶えてしまった五十嵐流十四芸を再興して未来に受け継いでいきたいのです。……いえ、受け継くことまでは望みません。私が夢を叶えられればそれでいい……巴も望まないのなら彼女の代でこの道場を閉めてもらってもいいと思っています」


「なるほどねぇ……まあ、とりあえずその巻物とやらを見せてもらってもいいかな?」


 斎が持ってきた巻物を見て、圓は顔を顰める。

 紙は虫食いでボロボロ、日焼けもして色も変色しており、管理が劣悪だったことが窺い知れる。


「しかも散逸しているんでしょう、これ」


「本当に面目次第もございません」


「まあ、とりあえずこれ、借りていっていい? 不安なら複写して内容だけコピーしたものを置いていくけど? 流石にコピーからだと研究調査は難しいからねぇ」


 斎に許可を取った圓は持ってきた和紙にすらすらと巻物の内容を写すと、唖然としたままの斎に手渡した。


「それじゃあ、ボクは一旦帰らせてもらうよ。いい報告をさせてもらいたいとは思っているけど、どうなるか分からないからねぇ。まあ、無料なんだし失敗しても文句は言わないでよ?」


「あっ、あの……まさか、報酬は必要ないというのですか?」


「そもそも、そういったことが目的の事業じゃないからねぇ。誰かの幸せを叶えることに意味があるんだよ? だから、何も用意せずに吉報を期待しておくといいよ」


 圓が屋敷を出ようとすると、二人の少女の声が耳朶を打った。


「えっと、彼女達は?」


「私の娘の五十嵐巴と、巴の親友の柊木咲苗さんです。二人は小学校時代からの幼馴染でして」


「そーいえば、この辺りって……そっか。なるほど、あの子がねぇ」


 斎が訳知り顔の圓に事情を尋ねようとすると、圓の姿は狐にでも化かされたように影も形もなくなっていた。



 圓は早速、千葉音鳴経由で紹介してもらった近世文学研究者の三条河原(さんじょうがわら)宏之(ひろゆき)、歴史研究者の久米島(くめじま)尚志(ひさし)と共に巻物の調査を開始した。

 二人はこの劣悪な環境に置かれていた巻物を見て揃って顔を顰めたが、圓から研究費用を増額してもらえるという交換条件もあり、モチベーションは極めて高いまま保持されている。


「……あの、圓さん? 私達、必要無かったんじゃありませんか?」


 教授クラスでいくつもの古文書を読み解いて来た二人とほぼ互角の速度で巻物を読み解いていく圓に宏之が遠慮がちに尋ねる。


「専門家のお二人に確認して頂かないと、素人のボクではこれが合っているか間違っているかの判断がつきませんからねぇ。それに、三人の目を通した方が確実性は増すでしょうし」


「……しかし、これは困りましたな。一応、解析はできましたが、余りにも穴空きが多過ぎます。これでは依頼主のご期待に応えるのは難しいでしょう」


「それなんだけどねぇ……ちょっと待っていてもらってもいいですか?」


 圓はそういうと二人を残し、席を立った。

 それから数分後、圓が連れて来たのは司書統括の蛍雪栞だった。


「ご無沙汰しています、栞さん。いつも研究のための論文集めでお世話になっております」


「私は何もしておりませんわ。圓様のご依頼通り、必要な本を買い集めさせて頂いているだけでございます」


「蛍雪さんがボクの無理難題に答えて頑張っていることはみんな知っているからねぇ。本当にいつもごめんねぇ、無理難題ばかりで」


「いえ、私では絶対に購入できない貴重書の数々を購入して触れる機会を与えてくださったのは圓様ですから、その御恩に報いるのは当然のことです。ところで、本日はどのようなお仕事ですか? 私、近代文学専攻なので歴史的資料は専門外なのですが」


「ちょっと読んでもらいたいものがあってねぇ、この巻物……じゃなくて、ボク達が訳したものなんだけど」


「はぁ……畏まりました」


 意味も分からないまま解析済みの巻物の内容を読み始めた栞だが、すぐに圓の意図していることに気づき、目を見開いた。


「あっ、やっぱり蛍雪さんも気づいた?」


「圓様、この資料は静寂流十九芸に関する資料なのですか? ……ですが、迦陵和尚は静寂流十九芸を口伝で継承して来たと仰っておりましたし、これは一体」


「栞さん、これは五十嵐流十四芸の資料ですよ。……そもそも、静寂流十九芸とはどのような武術ですか?」


「……圓様、このような一致があり得るのですか?」


「蛍雪さんがそう言うなら、ボクの推理も存外外れてなさそうだねぇ。今回、五十嵐流の道場から依頼された巻物の解析について、ボク達ではこれ以上の復元は困難だ。でも、幸いなことに方法はまだ残されている。五十嵐流に極めて近い流派――恐らく、同じ師匠から学んだってところだろうけど――の静寂流十九芸と照らし合わせることである程度の再現が可能なんじゃないかってねぇ」


「静寂流十九芸は私が幼少の頃に入門していた道場で教えられていた武芸です。圓様はそのお寺の住職と繋がりがあります」


「これは……もしかしたら本当に復元が可能かもしれませんね」


 宏之と尚志は期待に胸を躍らせ、圓と共に武蔵国府中にある密教系の寺――照慈寺に向かった。



「なかなか面白いものを持って来てくれたね。うーん、五十嵐流か。師匠の話だと、初代の(しじま)彝教(つねのり)と同じ師匠を仰いだ兄弟弟子に五十嵐(いがらし)蒼兵衛(そうべえ)と言う人がいたそうだから、まず間違いはないだろうね。……しかし、兄弟弟子の一門がここまで没落していると聞くとちょっと不憫を思えてくるから、できる限りの協力はさせてもらうよ」


 あっさりと迦陵は五十嵐流と静寂流十九芸の繋がりを認め、協力を申し出てくれた。

 そこから、彼の弟子達も総動員で巻物の調査結果を基にした復元を開始し、数日後には一応形になった。

 しかし、散逸したものが多く、復活したのも三割程度――その結果に表情にこそ出していないものの、迦陵も思うところがありそうな気配を感じさせる。


 今回の件は五十嵐流がきっちり技術を受け継いで来なかったことがそもそもの原因である。散逸してしまった技術に関する資料を集めるのはほぼ不可能に近い。

 長年、技術を継承してきた静寂流十九芸の継承者からすれば、長年の怠慢が招いた悲劇である。怒りを覚えずには居られないだろう。


 かくいう宏之、尚志両氏も、五十嵐流の書物管理については初期段階から憤りを隠せずにいた。

 この三人を五十嵐斎と会わせたら面倒なことになる、と即座に判断した圓は一人で五十嵐道場に向かい、調査結果を報告した。


 五十嵐斎はそれで「長年の夢が叶った、先生方にもお礼をお伝えしてください」と喜んでいたので、なんとも言えない表情になる圓。

 結局、五十嵐斎の夢は不完全に果たされたと言える。巻物の管理の怠慢は斎だけの責任ではない。

 時代の流れとして、五十嵐流にも辛いところがあった。一方で、静寂流十九芸のように時代の荒波を超えて生き残った技術もある。

 その両方の視点に立つことができる圓にとってはどちらの味方をすることも難しい。


 圓にとっては一、二を争う後味の悪い案件になったことは言うまでもないだろう。

 一方、この案件は圓に小さな収穫をもたらすことになった。



「圓様が高校に入学……ですか?」


 百合薗グループの幹部達が集められた場で、圓は「高校に入学」という予想外の行動指針を示した。

 柳も含め、この場に居た全員が困惑している。


「圓様は確か、高卒認定試験を受けて合格している上に、大学院まで卒業して博士号を持っていたんじゃなかったか? それに、確か高校に教育実習で行ったことがあったとも記憶しているんだが、俺の記憶が間違っているのか?」


「高遠さんの記憶は正しいよ? まあ、実際は通う必要はないんだけどねぇ。そろそろボクの方も何かしらの大きな行動をして瀬島を引きつけたいところだし」


「圓様、何故それが高校入学ということになるのですか?」


「流石は蛍雪さん、いい質問だねぇ。政治分野は今のところ大半が瀬島奈留美一派の手に落ちていると考えていい。財界は微妙、文化面、特に大衆文化は割とボク達の影響下にあると思うんだけど、まあ勢力図的にはこんな感じ。そして、学術の分野はグレーライン……割と大学教授や教師達との繋がりは作れてきていると思うけど、教育機関っていうのは政府の影響下にあるから、正直微妙な領域なんだ。ボクが高校入学を行えば、恐らく瀬島も何かしらの手を打たざるを得なくなる。向こうはあまり自分達が直接手を出してこないからねぇ、ここで一歩リードするなら積極的に動くしかないと思ったんだよ」


「理屈は大変よく分かりますし、圓様の仰る通り圓様の高校入学は理に適っていると思います。私は賛成です」


「まあ、俺も特に異論はねぇし、柳執事統括に賛成だな。圓様も危険を承知で提案しているだろうし、仮に俺らが言ったところで一度決めたらうちの姫様は止まらねぇからな」


「私は条件付きなら賛同致します。圓様の護衛として信頼できる人間を潜入させておけば、フォローも可能でしょう」


「その点については考えてある。化野さんにはその高校に赴任する新しい化学の担当教諭として表の顔として潜入を、月紫さんにはボク達の護衛として潜入をお願いしたい」


「承知致しましたわ。この常夜月紫、必ず圓様をお守り致します」


「私のことも守って頂きたいものですね、忍統括殿」


「あら、貴方は殺されても死なない男でしょう? 科学統括殿。私の最優先事項は圓様の御身の安全ですわ!」


「相変わらずだねぇ、月紫さん。……これから、偽名での入学と赴任が行えるように対象の高校に圧を掛ける。奈留美一派もそれを容認する方向に持っていかざるを得ない――そして、何人か瀬島の息の掛かった人間を送り込んでくる筈だ。目標は、瀬島一派の手先を捕らえ、瀬島奈留美討伐に近づくこと」


「……ところで、圓様。高校入学ってことは実は別の目的があるんじゃないですか? 別に高校に拘らなくても瀬島一派を誘き寄せる方法はありますよね」


「斎羽さんには隠し事はできないねぇ。……実は、潜入先として検討している尾張国立鳴沢高校には来年、最強の百合ップルが入学するという噂を聞いてねぇ、是非百合を鑑賞させてもらって日頃の疲れを取ろうと思って。勿論、取材の意味もあるんだけどねぇ」


「なるほど、そういうことでございましたか。それでは、百合を邪魔する者達は闇討ちにて片づければよろしいのですね」


「科学統括殿、素晴らしい提案だわ。圓様がお望みなら、片っ端から闇討ち致しますわ。決して証拠は残しません!」


「うん、そういうの必要ないからねぇ。というか、純正の百合を見るならホワリエルちゃんとヴィーネットちゃんの百合で十分だし、野生の百合をたまには眺めてみたいと思っただけだから」


 この時の圓の真意は今でも分からないままだ。

 もしかしたら、かつて出会ったいじめられっ子だった少女を一目見てみたかった……ただそれだけなのかもしれない。


 月紫を選ぶ代わりに手放してしまった、側にいてやれなくなった少女に罪悪感を抱いていた……その罪滅ぼしだったのかもしれない。

 その真意は圓が口を閉ざす限り、誰も知ることはできない。


 そして、迎えた高校の入学式当日。割り振られた教室で……。


「出席番号十五番――園村白翔。こんな見た目だけど性別は男です。これから多分? 三年間、よろしくお願いします」


 顔を覆うほど黒髪を伸ばした少年――園村白翔として、圓は咲苗と再会する。

 こうして、二人の物語が長い時を経て再び紡がれ始めたのだ。

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 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

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