Act.4-30 ブライトネス王国大掃除計画 scene.1 上
<一人称視点・アネモネ>
翌朝、生命の巨大樹の前の広場で遂に投票が始まった。
エルフの命運が決まる運命の分岐点、やることは全てやらされた。後は人事を尽くして天命を待つ……その頑張りがどれくらい報われるかって話だねぇ……まあ、ボク達が諦めムードで続々と荷物を纏めていく中、一番大騒ぎしていたエイミーンは何もせずにボク達に仕事を回すだけ……何もしなかった訳だけど。だから、人事を尽くしたのはボク達であって、エイミーンは何もしていないんだから、報われなくても仕方ないんじゃないかって思えんだけど……それじゃあ、濡れ手で粟ですらないも思うんだけど……ほら、手を濡らす程度の頑張りも無かった訳だからねぇ。玉座に踏ん反り返り下々の者を走らせて、右往左往する姿をクソ笑うどこかのクソ陛下と同じ匂いがしたんだけど……きっと気のせいだよねぇ。今回って、徒らに緑霊の森までタチの悪い大人を一人勧誘しに行った訳じゃないよねぇ……。
木製の投票箱に「1.鎖国」と「2.開国」と書かれた小さな紙にどちらかの項目に丸をつけ、無記名で二つ折りにして投票する。どちらにも丸をつけたり、記名をしたり、落書きをしたりした場合は無効票になることを伝えた上で、ボク達はメグメル家の屋敷に戻る。
エイミーン、ミスルトウ、マグノーリエ、プリムヴェール、キャプセラを初めとする使用人達はそれぞれの一票を投入してから、屋敷に戻ってきた。
そのままエイミーン達は屋敷で開国票が多数になることを祈りながら過ごし、暴れ足りないラインヴェルド達は森に魔物狩りに向かった。断じて薪を取りに、ではない。
ちなみにペチカは昨日のうちに送り届け、暇を持て余したナトゥーフやこちらでやることが無くなったラル、ペストーラ、スピネルの三人もドラゴネスト・マウンテンやブライトネス王国に戻してある。特に用事のないメンバーに付き合わせるのも悪いからねぇ……それに、もう護衛の仕事はない訳だし。
ボクは超共感覚でエルフの未来を――選択の結果を垣間見た。だけど、それをエイミーン達に告げるつもりはない。
結果がどう転んだのか……それは、自分たちの目で見て、その上で一喜一憂するべきだと思うからねぇ。
そして、二十時。生命の巨大樹の広場でエイミーン達が、【エルフの栄光を掴む者】の若者達が、長老達が、他のエルフ達が、ラインヴェルド達がそれぞれの思いを抱いたまま見つめる中、【エルフの栄光を掴む者】に所属していなかった、かといって族長や長老達とも関係が薄いエルフの少年少女達五人によって開票作業が進められていく。
そして――。
「鎖国票四百二十六、開国票千百六十五、無効票無しという結果になりました」
「やったのですよぉ!! 開国決定なのですよぉ!!」
エイミーンを中心に勝鬨が上がる……よっぽど開国させたかったんだねぇ。ボクは諦めかけていたんだけどさ。
結局のところ、ミスルトウが演説するかしないか、あれが運命の結節点だった。あそこでミスルトウが感情ではなく理性で、と訴えたからこそ開国派が勝てたのだと思う。
まあ、実際に今回は人間に対する怒りに身を任せて投票する者はいなかった。鎖国派も、外国のメリットとデメリットを天秤にかけ、その上で鎖国すべきと考えての投票だった。その上で開国派が多かったのは嬉しい話だよねぇ。まあ、今回の件は開国によってエルフ側が得られるメリットが大きかったから多少のデメリットに目を瞑ってもやっぱり開国すべきだっていう考えに傾いたんじゃないかな?
「よし、なんとか峠は越えたか……って言ってもこっちの大掃除が終わらないと安心して国交を結べねぇけどな。まあ、天上光聖女教っていう厄介な壁は無くなった訳だし、後は非合法な奴隷商をしていた商人と、奴隷を買っていた貴族を処罰するだけだ……まあ、そのために圓には商人の方を潰してもらわないといけねえけどな」
「商人の方はボクの領分だからねぇ。まあ、三者会談をしてジリル商会とマルゲッタ商会に応援を頼むし、彼らが目を光らせてくれたら下手に動けないだろうからねぇ。まあ、それでもやるならそっちで裁いてもらいたいねぇ。……貴族の切り崩しはそっちでやるし、天上光聖女教も目を光らせてくれるのなら向こう側に後ろ盾はいなくなる。まあ、上手く隠れて運良く残ったとして連中は下手に動けないだろうからねぇ。……とにかく、ボク達とそっちで情報を集める。そこで集めた情報を基にそっちで断罪――今後、奴隷売買に加担しないというのであれば、見逃して、表立って続ける意思を見せるのなら爵位簒奪や領地没収、そこであからさまに敵意を向けるか、裏で王権打倒を目論むのなら【ブライトネス王家の裏の剣】を動かす……というか、お父様達は勝手に動くか。ボクもそうなれば極夜の黒狼を動かすよ。……まあ、幸いにしてブライトネス王国は元々奴隷制を否定しているし、現状ある奴隷制は悪しき因習が引き継がれた非公式のもの。これまでは面倒な天上光聖女教がいたから見逃していたというだけであって、強引にやらなかったのもそのメリットが無かったからだからねぇ。急に掌を返した訳じゃないし、陛下の正論は通ると思うよ」
「…………私達の扱いは本当に面倒な連中だったのですね」
教皇アレッサンドロスが撃沈している。……いや、まあ実際一番面倒な連中だったし。逆にこっち側についてくれたら頼もしいんだけどさ。
「とにかく、話はそれからだ。やらないといけない課題も山積みだし、お互い忙しくなるな」
「正式な話し合いは、そちらの仕事が一段落してからということでお願いするのですよぉ〜。互いに良好な関係を築くためにもうひと頑張りなのですよぉ」
その夜、ボク達はエルフなりの持て成しを受け(ずっとこちらが料理を作ってばかりではメンツが立たないということで、エルフの伝統料理でお持て成しをされた)、その日の早朝にブライトネス王国に転移した、
こうして、緑霊の森との国交は結べる目処が立ち、エルフとの関係も良好になったのだけど、ここからが正念場だ。この世界で亜人族と呼ばれて差別されてきた人々を受け入れるために、まずは悪しき因習と腐り切った貴族と商人を排除しなければならない。
「それじゃあ、大掃除と洒落込もうか! あっ、そういえば圓達の世界では年の瀬に大掃除をする文化があるんだよな? それなら、俺達もそれを真似て年末に大掃除をするようにするか?」
それ、大掃除は大掃除でも腐り切った貴族を毎年排除してクリーンな国造りをって話だよねぇ……物騒な話だねぇ。
◆
<三人称全知視点>
カコン、カコン。と、ヒールの音が響き渡る。
純白のブラウスにネイビーのタイトスカートのレディーススーツを着てヒールを履いたアネモネがスーツ姿のジェーオとアンクワールと共に廊下を進み、一室の扉の前で立ち止まり、扉を開けた。
緑霊の森の国民投票の次の日、アネモネはジェーオとアンクワールに事情を説明し、朝一番でジリル商会とマルゲッタ商会の両商会長をビオラ商会が保有する屋敷に招いたのだ。
アネモネは二人への給仕を担当していたゼルベード商会からビオラ商会に移った女性社員にお礼を言い、下がらせる。
「久しぶりだな、確か挨拶に来たのが大体一年前だからぁ一年ぶりか。相変わらず美人さんだねェ」
「ありがとうございます。お二人もご壮健で何よりです」
「まあ、確かにジジイだけどよォ。まだまだ若いモンに負けるつもりはねェよ」
「私もまだまだ負けるつもりはありませんよ。……しかし、そちらはジェーオさんとアンクワールさんですかな? 随分とお変わりになられたので、一瞬誰か分からなくなってしまいました」
商人としての力関係は元三大商会のアンクワールの方が一見すれば上に思えるが、立場的には古参のジェーオの方が上である。
マルゲッタ商会商会長のルアグナーァ=マルゲッタはそこを踏まえてジェーオを先に呼んだのであろう。相も変わらず食えない男である。
「私も最近中年太りが酷過ぎましてな。是非、痩せる秘密をお教え頂きたいのですが」
(……まあ、秘密って言ってもダイエットクッキーの存在は知っているだろうから、それをどこで得られるかという話だろうねぇ)
「お二人はおかげさまで我らの商会の人気商品となっております、ダイエットクッキーを数日間摂取してこの体型を手に入れました。流石に企業秘密ですので、お教えはでき兼ねます。申し訳ありません」
ちなみに、企業秘密という言葉は「製作方法」が秘密と取られるようにあえて狙って選んだものである。「入手方法」とも「製作方法」とも語ってないので、まさかこれが不思議のダンジョンで手に入るものだとは到底思わないだろう。
また、最近不思議のダンジョンを調査している冒険者達も「鑑定」スキルを使わない限りはクッキーを見分けられないため、ダイエットクッキーに辿り着く可能性は限りなく低い。冒険者ギルドには「不思議のダンジョンで発掘されたアイテムを纏め買いする」という常設依頼を出しているのでダイエットクッキーはビオラ商会で独占状態にあるのである。
「流石は嬢ちゃん。やっぱり、口は硬いかァ。商人はそうでなくっちゃなァ」
「お褒めに預かり光栄ですわ。まだまだ勝手を知らぬこの道に入ったばかりの未熟者ではありますが、今後も先輩方を見習って精進して参りますのでよろしくお願い致します」
ジェーオ、アンクワール、モルヴォル、ルアグナーァが思わずアネモネの方を二度見した。
ジェーオとアンクワールはアネモネの前世が大倭秋津洲という国で経済を動かしていた投資家の一人であるという事実を知っていたから、モルヴォルとルアグナーァはたった一年で異例の速度でビオラ商会を発展させ、更に非合法な商売をしていたゼルベード商会を解体して取り込むという手腕を発揮した彼女を自分達と同じ三大商会のトップとして対等な関係だと考えていたからである。
「おっ、おう。そうだな。お嬢ちゃんに見習ってもらえるほどのことはねェと思うが、今後もいい関係を築いていきてェものだな」
「私共も、是非ビオラ商会様とは良い関係を築いていきたいと思っております」
クッと口元を歪めて笑うイケジジイと、揉みてをしながら張り付いた胡散臭い笑みを浮かべる狸爺い……性格が滲み出た二者二様の反応である。
「それでは本題に入らせて頂きましょう。と、その前に一品ほど味わって頂きたい品があります」
「ほう、噂に名高いビオラ商会の料理ですか。様々な分野で新境地を切り開き続けているビオラ商会も、料理・服飾・娯楽・雑貨の四ジャンルは別格というお噂をよく聞きますからね。それは、是非食べてみたいですなぁ」
(別に狸爺いの胡散臭い笑顔が見たいからやっている訳じゃないんだけどねぇ。まあ、もう一方のジリル商会の方はラピスラスリ公爵家も御用達にしている間柄だし、たまに様々な種類のお手軽な価格の飴玉を買いに行く関係だし素直に食べてもらいたいなとは思うけど。……それに、会長夫妻のモルヴォルとバタフリアは近所の駄菓子屋の老夫婦みたいな温かみがあるイメージだったからねぇ……商人としての強かさはあるとはいえ、根はいい人だから好感が持てるんだよねぇ……それに、もっとタチの悪い商人はいくらでも見てきたから、ルアグナーァみたいな人もいっぱいいることも知っているから、今更ビビることもないんだけど。ボク達の方がどう考えてもタチが悪いからねぇ)
【経済界のナポレオン】の異名を持つ自称ライバルを始めとする個性豊かで一筋縄ではいかない商人達を思い出して内心苦笑いを浮かべながら、アネモネは予め席に用意していた呼び鈴を鳴らした。
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




