Act.9-509 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜到着! 呪われし無人島〜Vol.2 scene.5
<三人称全知視点>
ミレーユとカラックは島の中央から出発し、探索先を徐々に西へと広げている。
木箱が置かれていたのも島の西側だった。そのため、少なくとも諜報員達はミレーユ達が島の西側を探索することを予め情報として知っていたのだろう。
「別の世界のわたくし達も考えることは同じでしたのね」などと考えつつ、ミレーユは更なる食糧確保のために更に島の西側を探索していく。
「ふむぅ、この辺りはかなり歩き辛いですわね。……ひやっ!?」
「気を付けてください。地盤が雨で緩くなって崩れやすくなっているみたいですから。……あまりこちらには来ない方が良いかもしれません」
一部が泥濘み、ところどころ崩れている足場で危うくバランスを崩しかけたミレーユをカラックが素早く抱き寄せた。
「助かりましたわ! そうですわね……皆にも警告しておいた方がよさそうですわ。泉とは反対方向ですし、あえてこちらに来る必要性はなさそうですけど……」
助けてくれたカラックにお礼を言うミレーユだったが、ふと何か思いついたのかすぐ側でカラックを見上げて、ニマニマと揶揄うような笑みを浮かべた。
「それにしても、カラックさんは女の子の扱いが上手いですわね。相当な戦果を挙げられているのではないかしら?」
「あははは……冗談はやめてください。リオンナハト殿下のお供でそんな暇ありませんよ」
そんなミレーユの言葉に頬をかきつつ、苦笑いを浮かべるカラックであった。
◆
その後も探索を続けたミレーユとカラックだったが大した成果は上げられなかった。
……勿論、ミレーユが求めるお肉を入手することができなかったというあくまでミレーユの当社比の話であって、実際には大量の野草と木の実類、そして謎の木箱という十分過ぎる成果を持ち帰っているのだが。
大量の野草と木の実を箱一杯に詰め、カラックと共に運んで戻ってくると、浜辺ではすでに料理の準備が進んでいた。
バチバチと音を立てる焚き火の上に即席で作られた木の枝製の台の上では立派な金属製の鍋が掛けられていて、中にはぶつ切りにされた魚が煮込まれている。貝や海藻類なども煮込まれ、無人島とは思えない豪華海鮮鍋といった様相を呈した。
「まあ、鍋!」
具材こそミレーユが求めていた兎肉では無かったが、そこにはミレーユが求めてやまない鍋があった。
既に嵐で流されてしまっていて、箱の中に入っていたものを使わなければ料理ができないと考えていたミレーユにとっては嬉しい誤算である。
「……しかし、よく鍋なんか見つけましたね」
「大人数用の鍋でしたから、流石に風で飛ばされることはないと思いまして。上手く木に引っかかっていて何よりでした。大体のものは煮込むか焼くかすればなんとかなりますから、鍋があると便利かと」
感心した様子のカラックに、フィレンは表情一つ動かさずに返す。その言葉に、カラックは遠い目をした。
「仰る通りですね、料理に熟達した方の実に素晴らしい考え方です。……貴女のような方がいてくださってとても心強いです」
ミレーユを筆頭にカラックの周りの女性陣は料理のできない面々が多い。
昨年の剣術大会において、アモンにお弁当を渡そうと考えたものもの肝心のお弁当の調達に失敗したミレーユはあろうことか、フィリイス、マリア、リオラと共にお弁当を作るという暴挙に出た。
一抹の不安を覚えたカラックは四人の少女達の調理の場に同席することにしたのだが……素人ながら癖の強い四人が暴走してカラックは散々な目に遭った。主人であるリオンナハトと被害者筆頭候補のアモンの健康を守るべく限界を超えて奮闘したことは今でもカラックの心の中に嫌な記憶として刻まれている。
そんなカラックの中で料理ができる存在は何よりも優先される重要な存在となっていた。
ミレーユを筆頭に料理のできない淑女達に調理の機会を与えることなどあってはならないのである。
圓という化け物料理人が不在の今、料理ができる人員がいるというのはとてもありがたいことだ。
場合によってはカラックと悩みを共有できるかもしれない存在に出会えたことに心の底から感謝するカラック。そんな光景を見て首を傾げていたミレーユであったが、すぐに興味は薄れたようで……。
「兎にも角にも鍋があるのは素晴らしいことですわね。兎を煮るのもよし、茸を入れるのもよし……」
カラックがまたしても遠い目をしていたが、ミレーユは全くこれっぽっちも欠片も気にした素振りを見せなかった。
「なかなかの収穫でしたのね」
「そちらもかなりの収穫だったようだな。……その木箱はもしや?」
「ええ、リオンナハトの考えている通りのものですわ。……中にはわたくし達が採集したものも詰めてきましたけど、海鮮鍋には合わないかもしれませんね」
そう言いつつ、ミレーユはカラックと二人がかりで箱の中身をその場に並べていく。
「調理器具一式……これだけあれば料理の幅が広がりそうですね」
フィレンが真っ先に興味を示したのはやはり鍋や包丁といった調理器具だった。
海鮮鍋を作るにも包丁がなく一苦労していたフィレンにとって大きな鍋以外の様々な調理器具が手に入ったのは嬉しい誤算だ。
「おお、凄いな。そんなに沢山とってきたのかい?」
一方、アモンやリオンナハトはミレーユが取ってきた野草や木の実の量や種類の多様さに驚いていたようだ。
「ふふん♪ このぐらい大したことではございませんわ」
さも謙虚な風を装っているミレーユであるが、その顔はこれ以上ないぐらいの渾身のドヤァ顔だった。
「それに、カラックさんにも手伝って頂きましたし」
「いえ、ミレーユ姫殿下のお知恵には感服いたしました」
「しかし、まさか松茸まで手に入れているとは驚きだね」
「……それは鍋と一緒に木箱に入っていたものですわ。茸も探しましたけど、美味しく食べられそうな茸はほとんどありませんでしたわ」
「ということは、彼らなりの俺達への気遣いというところかな? ……しかし、正直ここまでお膳立てされるとは思わなかったな。既に一線を越えてしまっている気がするが」
「えぇ、嬉しい反面わたくしも少し心配になってきますわ」
独断で木箱を設置してミレーユ達を援護したことを後に暴走した諜報員が咎められてしまうのではないかと心配になるリオンナハトとミレーユである。まあ、直接的に火の粉が飛んでくるような話ではないため関係ないと言えば関係ないのだが。
「それと戻ってくる途中で椰子の木も発見致しましたの。甘い果汁も素敵ですけれど、硬い殻が食器として使えるのではないかと思いまして……。木箱には残念ながらお皿が入っていませんでしたわ」
「一つ、参考のために持ってきました。割ってみて使えそうでしたら後で採って参りましょう」
「ありがとうございます。鍋ですとどうしても食器が必要と思っていたところです。お持ち頂いた野草や木の実も、下処理して鍋に入れてしまいましょう。後は椰子の果汁も、味に深みをつけるのに使えるかもしれません」
そのいかにもできる女という口調にミレーユは思わず目を見開く。
「まぁ、フィレンさん、まさか、この状況でも問題なく料理ができるというのは本当でしたの!?」
「えぇ、帝国の皇女殿下であらせられるミレーユ様や、王子様方にお出しするには、はなはだ不足ではございますが最善を尽くそうと思っておりました。これほど潤沢な調理器具を用意して頂けるのでしたら明日以降はもっと繊細な料理も作ることができるかもしれません」
「いえ、既にこの時点で十分過ぎますわ。このお鍋、とても美味しそうな匂いがしておりますわよ?」
「……木箱に入っているものに香辛料や調味料はありませんでしたし、調理器具がいくら潤沢だとしても限界があるのではないでしょうか? ここで得られるものは塩くらいだと思いますが」
無人島で得られるのは海水から得られる塩くらいだ。本当にそんな状況で味のレパートリーが増やせるのかと不安になるカラックだったが……。
「実はいつでもエメラルダお嬢様に美味しい食事を食べて頂けますように魔法の粉というものを常備するようにしています。……中身は海外で取れる香辛料を合わせたものでございます」
「まぁ! そのようなものがッ!?」
フィレンの取り出した入れ物に入ったパウダーに興味津々に目を輝かせるミレーユだった。
「……ところで、そちらの松茸はどうなさいますか? 鍋に入れることもできますが」
「それも出汁が出て美味しそうですけど……やっぱり松茸は焼くのが一番ですわ。実はわたくし、ブライトネス王国のルクシア殿下から美味しい茸の調理の仕方も学んでおりますの。是非わたくしに任せて頂きたいですわ!!」
ミレーユに松茸の調理を任せてしまって大丈夫なのかと不安になるカラックだったが、流石に調理する気満々のミレーユを止めることはできず、「あの松茸はもう終わったな」と密かに心の中で合掌するのであった。
◆
和気藹々とした和やかな雰囲気――その様子をただ一人、エメラルダだけが心底納得がいかないと言わんばかりにむすーっと頬を膨らませながら眺めていた。
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