Act.9-507 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜到着! 呪われし無人島〜Vol.2 scene.3
<三人称全知視点>
――嵐が静まり、すっかり凪いだ海。
そんな穏やかな海を切り裂き、一隻の船が海を駆け抜けていた。
ブルオオォンと帆船が主流である異世界ユーニファイドでは珍しいモーターを積んだ小舟には二人の男女の姿がある。
「やっぱりいいなぁ、潮風は! 故郷を思い出すぜ!!」
「ヴァルナーの出身って港町だったっけ?」
「おう……まあ、正直ここまで沖に来たことはないけどな」
船に乗っている男女の正体はルヴェリオス共和国の外部政治評価機関の会長を務めるヴァルナーと副会長のネーラだった。
「……まあ、今回の目的は漁は漁でも厄介な邪教徒の捕獲が目的だ。ここまでは順調だったが、ここからが本番、気を引き締めていかねぇとな」
ヴァルナーとネーラはここ最近、ルヴェリオス帝国時代から密かに暗躍していたとある邪神を崇拝する宗教団体を追っていた。
『水神教団』と呼ばれる彼らは帝国崩壊後、徐々にその活動を強めている。『水神・尼谷流龗神』という神を唯一絶対なる神と崇め、神を信じる自分達こそが政治を主導していくべきであると考える『水神教団』の思想は、帝国を倒して共和国政府を樹立したルヴェリオス共和国にとっては見過ごすことができないものであり、その思想の流布による秩序の破壊を危惧した首相のピトフューイ率いる共和国政府は秘密裏に『水神教団』の調査をすることをヴァルナーとネーラの二人に依頼した。
任務そのものは順調に進んでいた……のだが、『水神教団』の最大拠点に潜入して調査をしているうちにヴァルナーとネーラは思わぬものを発見してしまう。
「……アンブラル=グレルストン、この名前って」
「ああ……俺の記憶が確かならフォティゾ大教会の枢機卿で、『這い寄る混沌の蛇』の信徒だった男の名だ」
身の危険を感じたからか、『水神教団』の最高位、姫巫女の立場にあるアクアリア=スキュタスは姿を消していた。
しかし、組織の帳簿や書簡などの資料は証拠隠滅されないまま残されており、ヴァルナー達が発見した書簡はその中に紛れていたものであった。
「『水神教団』は『這い寄る混沌の蛇』と繋がっていたってことか? 確かに『這い寄る混沌の蛇』の目的は秩序を破壊して混沌を作り出すこと。『水神教団』の目的は共和国政府を潰して天下を取ることだし、二つの勢力が争うことは『這い寄る混沌の蛇』にとっても望むこと。……アンブラルは教団を支援して多種族同盟の一角であるルヴェリオス共和国を落とすことを狙っていたのか?」
しかし、それ以上推理を進展させる情報は『水神教団』の拠点には残されていなかった。
『水神教団』と『這い寄る混沌の蛇』の繋がりを示す資料は他には無かったが、代わりに『水神教団』の聖地とされるとある島に纏わる情報をヴァルナー達は発見することとなる。
「……ペドレリーア大陸に近い無数の島々が浮かぶ海域か。かなり遠いが行ってみるしかないか」
幸い、時空魔法が使える二人なので食糧に困ることはない。
早速ヴァルナーとネーラはビオラ商会合同会社でモーターボートを一隻購入して沖へと向かった。
本来ならばもっと大きな船で行くべき場所である。
担当者もまさかそのような海域まで行くつもりだとは想像すらしていなかった。
荒波を超え、嵐を超え、何度も難破しそうになりながらもヴァルナーとネーラの乗る小舟は目的の海域の付近まで辿り着いた。……しかし、ここで事件が起きる。
「おい……何者だ、出てこい!」
「気配は察知している。大人しく出てきた方がいいと思うよ?」
「……全く、わざと気配を出して撤退して頂きたいと思っていたのですが」
ヴァルナーとネーラが誰もいない筈の海の上に視線を向けると、空間が歪むような錯覚にヴァルナーとネーラは陥った。そして、歪みが消えると二人の目の前に複数の女性達が姿を見せる。……いや、元々彼女達はその場にいたのだろう。認識を阻害する魔法によって彼女達は姿を消していたのだ。
その一切隙のない佇まいと、ヴァルナーやネーラのような時空騎士に選ばれる実力者にも欠片も臆さない女性達にヴァルナーとネーラは共に警戒を強めるが。
「ご安心を……我々はヴァルナー様、ネーラ様、お二人に危害を加えるつもりはありません。我々は多種族同盟加盟国ビオラ=マラキア商主国所属、ビオラ商会合同会社警備部門諜報工作部の諜報員です」
「……なるほど、圓さんの虎の子の諜報員達か。で、なんでそんな方々がこの海域に? もしかして臨時班か?」
「えぇ、この先には『這い寄る混沌の蛇』の聖地があります。その島の調査を別の目的と並行して進めているところなのです。……その別の目的とは、ミレーユ姫殿下をはじめとする『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』に登場する方々にシナリオに沿ったステップで成長して頂くこと。できるだけ干渉せず、本来の流れを維持したいと圓様は考えており、現在は諜報員が数名安全管理のために潜伏しているという状況です。ですので、お二人にはどうかこのままルヴェリオス共和国にお帰り頂きたいのですが……」
「ルヴェリオス帝国の時とは違う方針なんだね?」
「……まあ、言いたいことは分かるけどよぉ。こっちにもこの先に用事があって来ているんだ。ルヴェリオス共和国政府からの依頼、流石にここで諦める訳にはいかないんでな」
「何やらそちらにも事情があるのですね。……申し訳ございませんが、私の一存では判断できませんわ。……ですので、ヴァルナー様、ネーラ様、今から電話をお繋ぎしますので圓様と直接交渉してくださいませ。もし、交渉に成功しましたらこの先にお通し致しましょう」
「おいおい待ってくれ!? 圓さんと交渉!? て、手伝ってくれたりは……しないよな?」
「我々の業務の範囲外ですので。……ただ、圓様は決して理不尽なお方ではありません。納得できる事情があればきっと方針を変えてくださるでしょう」
諜報員から放り投げられた電話をヴァルナーは慌てて取った。
電話を取った圓はヴァルナーの声を聞き、少し意外そうにしていた。
ヴァルナーは単刀直入にこの地に来た目的を伝えた。すると、黙って話を聞いていた圓が「ふぅ」と溜息を漏らす。
『何もなく察していると思うけど、『水神教団』と『這い寄る混沌の蛇』は同一の宗教組織、あるいは類似する宗教組織ということになると思うよ』
「……そうなのか?」
『水神・尼谷流龗神だっけ? ニャルって聞くと、ニャルラトホテプって単語が思い浮かぶし、龗は水神、蛇の神だからねぇ。蛇神Aponyathorlapetepと同一の神の可能性が高いと思うよ。……となると、その姫巫女のアクアリア=スキュタスって奴も合流している可能性は高そうだねぇ。……で、これからのことだけどルヴェリオス共和国としてもプライドはあるだろうし、途中で任務を放棄するってのも後味が悪いだろう。……ってことで、この先の海域に入ることを許可するよ。そのまままっすぐ進めば無人島がある。そこにミレーユさん達がいるから、彼女と合流してまずは邪神の神殿を探して欲しい。……ただし、分かっていると思うけどシナリオを破壊するのは無しだ。二人はミレーユさん達のフォローに徹すること、そのフォローも必要最低限のレベルに抑えること。いいかな?』
「なんか大変そうだけど……まあいいぜ!」
「善処はするよ」
『心配だなぁ。じゃあ、また邪教徒の神殿で会おう。ばいばーい!』
圓の明るい声を最後に通話は切れた。ヴァルナーは電話を諜報員達に返却すると、再び船を動かす。
モーターボートのモーターが唸り、轟音を立てながら船は再び海を進み始めた。
二人の視線の先では太陽がゆっくりと昇り、真っ赤な朝日が海を赤く染めていく。
◆
かくて、ミレーユ達はリオンナハトの指導のもと、行動を開始した。
これまで得た情報から現時点での脱出は不可能であることを察しているとはいえ、流石に狼煙を上げない訳にもいかず、駄目元でリオンナハト、カラック、アモンの三人が狼煙を組み、そこに火をつける。
「確か、木をすり合わせてつけるんでしたわよね?」
「ああ、よくご存じですね。ミレーユ姫殿下。ですが、今回は私が携帯用の火打石をもっておりますので……」
そうこう答えつつ、カラックは察した。ミレーユが中途半端なサバイバル知識を身につけていることを。
中途半端な知識ほど、失敗すると大怪我に繋がりやすいものである。根拠のない下手な自信が、生じる小さくない油断が大きな危険を生むのだ。
――これは、ミレーユ姫殿下のことを気にしておいた方が良いかもしれないな。
そんなことをカラックが考えていると、ミレーユが口を開いた。
「あっ、そうですわ! 食料探しでしたら、わたくしを森の方の担当にしていただけないかしら? わたくし、詳しいんですのよ。山菜とか茸とか……」
「それは素晴らしいですね。では、僭越ながら俺が同行させて頂きますので、どうぞ、ミレーユ姫殿下は危険なことをせずに、指示に従え……ってくださいね」
若干本音が溢れてしまったカラックだったが、ミレーユは全く気づいていないようだ。
その後、カラックは不安を抱えながらミレーユに先導されて森の中に入っていくことになるのだが……。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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