Act.9-505 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜到着! 呪われし無人島〜Vol.2 scene.1
<三人称全知視点>
黒々とした森の中、生き生きと生い茂る木々が、ふいに途切れた広場のような場所に小高い岩壁から小さな滝と化して注ぐ水流が注ぐ。
そこは、美しい泉だった。地下からぽこぽこと噴き出す地下水と滝から降り注ぐ水によって生み出された清らかな泉の周囲には美しい花々が咲き乱れている。
広さはセントピュセル学院の二倍ほどくらいだろうか? まるで、御伽噺に出てくるような幻想的な場所だ。
そんな泉の女神が姿を見せそうな美しい景観の場所に清らかな乙女の姿があった。
……まあ、その正体は水の冷たさに「ふひゃあ!」とか「ひゃあっ!」とか可愛らしさの欠片もない水着姿のミレーユなのだが。
ことの発端はライネの提案だった。
「水着を着て泉で水浴びさせて頂くのはどうでしょうか?」
そんなライネの提案はエメラルダからも強い支持を得た。
豪雨の中、ドロドロにぬかるんだ道を歩いたことで服や身体は泥まみれになっていた。前の時間軸で不潔な牢屋暮らしを強いられ、精神的に鍛えられているミレーユとしては一日二日水浴びをしなくても問題はないと思ってしまうのだが、ミレーユの泥まみれな髪を綺麗にしようと試行錯誤し、失敗しては悲嘆に暮れるライネを見ていると、早めに水浴びに行った方がいいかしら、などと考えを改めることになったのである。
外で裸身を晒すことには流石に少し抵抗があるミレーユだが、幸いなことにエメラルダの用意した水着が残っていた。これならば問題なく水浴びができるだろう……などと当初は考えていたミレーユも、やはり一度は拒絶した水着だったため恥ずかしさが勝っていた。
その隣では澄まし顔のエメラルダが髪を掻き上げながら偉そうに笑みを浮かべていた。ちなみに、エメラルダもミレーユとお揃いの水着を着ている。
どうやら、フィレンが肌身離さず持っていたため、吹き飛ばされずに済んだということらしい。フィレン曰く「エメラルダお嬢様は、ミレーユ姫殿下とお揃いの水着で遊ぶことをとてもとてと楽しみにしておられましたので、何かあっては大変と私の懐で温めておきました」とのこと。……随分と変わり者の従者である。
「ふふん……平民にしては良い考えでしたわね! ミレーユ様のメイド」
ミレーユがここに至った経緯を回想していると、エメラルダの上機嫌な声が耳朶を打った。
偉そうなエメラルダに心底呆れたという表情で視線を向けたミレーユだった……が、その視線が一点に釘付けになる。そう、露出した水泳によって引き締まったお腹に。
ミレーユの理想とするお腹を目の当たりにし、無意識に自らのお腹を撫でたミレーユは流石にふにゃふにゃではないものの決して引き締まっているとは言えないお腹を触り、「あうう……」と奇声を上げて撃沈した。
「では、ミレーユ様、御髪を先に洗わせていただきますね」
「えっ、ええ……お願いいたしますわ」
敗北感に打ちひしがれていたミレーユだったが、ライネの言葉に小さな違和感を覚えて首を傾げる。
ミレーユはエメラルダや他の大貴族とは違い自分の体は自分で洗える。ライネに髪以外を洗ってもらうことはない……そんなことはライネも承知している筈だ。
そして、基本的に自分のことを後回しにするライネが水浴びをするということもないだろう。
では、一体何を洗うのか。その答えに暫しの時を経てミレーユの思考は到達し、戦慄を覚える。
ミレーユ達の纏っていたドロドロの服。これを折角水浴びをして綺麗になった後で洗うとなればまた汚れてしまって本末転倒だ。
嵐が過ぎ去って快晴となった今、服を干しておけば確かにそう時間が経たずに乾く筈である。
……だが、流石にすぐにとはいかない。
恐らく、忠臣ライネは完全なる善意で「服を洗って乾かしますから、ミレーユ様はお先に王子殿下たちのところに戻っていてください」と言うだろう。
そして、「洗濯など従者に任せるのが当然のこと」と考えているエメラルダもライネの意見に同調する筈だ。
さて、ミレーユの服は先などまで着ていたものしかない。となると、王子達と合流する際に着ることができるものはたった一つ。そう、今、ミレーユが纏っているこの恥ずかしい(当社比)水着である。
お腹の露出した水着姿で王子達の前に姿を見せるという公開処刑にも等しい恐怖の未来予想図を前にしたミレーユは先手を打って回避行動を取ることにした。
その作戦とは、ライネが髪を洗っている間にミレーユ自身が服を洗おうというものである。これならば、乾かす時間を違和感なく増やすことが可能だ。それに、そちらの方が「時間を効率に使える」という言い訳もできる。
ミレーユがその作戦を実行しようとしたその時、ミレーユの視界が奇妙なものを捉えた。
「あら? あれは……木箱かしら?」
泉の程近く、木々の間に明らかにこの場には似つかわしくない大きな木箱が置かれていた。
「ミレーユ様、危険です! 私が代わりに――」
「いえ、ライネ。心配する必要はありませんわ……恐らく」
ライネの制止を振り切ったミレーユは、木箱の蓋を開ける。
その中には森の中でも動きやすそうな女性ものの服がいくつか入っていた。
どうやら、その近くには別の木箱もあるらしい。蓋を開けて確認してみると中身は男性ものの衣類のようだ。
「ミレーユ様、これは……もしや」
ミレーユを心配して追いかけてきたライネの問いに、ミレーユは呆れ混じりの顔で答える。
「えぇ、恐らくあの釣り竿と同じですわね。心遣いは嬉しいですけど、全て見透かされているようでなんというか……素直に喜べませんわね」
ご丁寧に女性ものの服はミレーユ、ライネ、エメラルダ、フィレンにぴったりのサイズだった。恐らく、男性ものの服もリオンナハト、カラック、アモンにぴったりのサイズなのだろう。
複雑な気分だが、一先ずこれで衣類には困らなさそうだ。
(……まあ、だからといって一度決めたことを変えるつもりはありませんけど)
泉の近くまで戻った後、ミレーユは「それは私の仕事です! ミレーユ様のお手を煩わせる訳には」と恐縮するライネと「そのようなことは、メイドに任せればよろしいのに」と口を挟んでくるエメラルダを「メイドだ主だと言っている時ではございませんでしょう? できることはしっかりとやるべきですわ」と言いくるめ、ライネに髪を洗うことを任せて自分はゴシゴシと服を洗った。
その甲斐あって、ミレーユ達が泉を出る頃にはミレーユの服はすっかり乾いていた。……まあ、その服を着て戻る訳ではないのだが。
ちなみに、ライネの服はミレーユの髪を洗い終えてから洗ったこともあって泉を出る頃には半乾きの状態だった。
そのままであれば湿り気味の服を着て戻るという事態になっていた筈だが、何者かの用意した服のおかげで二人とも新品の服を着て戻ることができた。
余談だが、エメラルダとフィレンはミレーユ達が泉を後にしてからもしばらく泉に残っていた。
その理由は、フィレンが二人分の服の洗濯をするためである。
決してミレーユのように自分の分だけでも洗おうとする訳ではないが、かといってフィレンを一人その場に残してミレーユと共に戻ってくることもないようだ。なんだかんだで、フィレンのことを気にかけているエメラルダである。
◆
「さて……これからどうしたものか? ……いや、既に進むべき道は示されているのだが」
女子チームが水浴びに興じている頃、男子チームの三人は浜辺にやってきていた。
嵐を越えてすっかり荒れ果てた浜辺を一通り調べ、リオンナハトは小さく首肯する。
「ザックリと見ただけだが、船が沈んだような痕跡はなさそうだな」
「漂流物の中にエメラルドジーベック号の残骸は無かったし、流れ着いた負傷者もいなかった。リオンナハトの言う通り、沈没の可能性は低そうだね」
リオンナハトの言葉にアモンも同意を示す。
「……もしも、風を避けるためにどこかの島の陰で停泊しているだけであれば、戻ってくるのを待てばいい。どこかに損傷があったとしても航行できる状態であれば海洋国に戻るなりして、助けを呼んでくることもできるだろう……が」
「……あの嵐でしたからね。エメラルダ嬢は大層自身がありそうな態度でしたが」
「正直、あまり信用はできない感じがするね。こういう言い方はどうかと思うけど、ありがちな大貴族の思想に染まった人という印象だったよ」
リオンナハトの言葉を受けてカラックが発した言葉を引き継ぐ形でアモンが自身の見解を口にする。
「だが、正直俺はエメラルダ嬢の話を抜きにしてもエメラルドジーベック号が沈んでいる可能性は低いと思う」
「……まあ、そうだね。あの圓殿がエメラルドジーベック号の沈没の可能性を理解しておきながら何も対策をしていないとも思えないし、仮に何も対策していないのであれば逆に何もしなくてもエメラルドジーベック号は助かるということになる。それに、物語である以上、ボク達がこの島で全滅するという展開はない筈だ。そうなると、逆説的に脱出する手段がどこかにあると思われる。奇跡的に船が通りかかるとか、筏などを作って脱出に漕ぎ着けるというよりもエメラルドジーベック号が助けに来てくれるという方が不自然な展開ではないと思う」
「お二人ともメタ読みが過ぎますね。……もし、お二人のやり取りを圓様が耳にしていたら『そういう展開を望んでいるんじゃないんだよ!』って泣いていそうですよ。……しかしなんなんでしょうね、危機的状況なのに全く危機感がないのは」
「基本的にシナリオの流れを変えることを望まない人だからな。……一方で己が頭で考え、シナリオを超えていくことを心の底から喜んでくれる方でもある。なかなか矛盾しているお方だな。……まあ、それはさておき、エメラルドジーベック号が無事だとしても、来るタイミングはかなり遅くなりそうだ。でなければ、島の探索をするという展開にならない」
「……こちらが頑なに探索をしないという選択肢を選べば何かしらの妨害工作をしてくる可能性も……まあ、ないとは言い切れないでしょうね」
エメラルドジーベック号が無人島に迎えに行こうとしているのを全力で妨害する諜報員達の姿を幻視し、溜息を吐くリオンナハト、カラック、アモンの三人だった。
……とんだ風評被害である。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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