Act.9-497 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜到着! 呪われし無人島〜Vol.1 scene.1
<三人称全知視点>
着替えを終えたミレーユはもじもじしながら幕屋の外に出た。
そこにはすでに水着に着替え終えたアモンとリオンナハトが待っていた。
下は膝丈の半ズボン、上半身は裸という格好である。紫外線対策に着るラッシュガードなどこの世界にはないため、男性の水着はこれがデフォルトだ。
剣術の鍛練によって引き締まった少年の筋肉が惜しげもなく晒される。普段のミレーユであれば舌舐めずりをするところだったが、今のミレーユにそのような余裕はない。
「どう……でしょう? ……似合っておりますかしら?」
ミレーユの纏う上下一体型の水着は下は膝のすぐ上までが覆われている。腰の周りにはスカートのような飾り布が巻かれていて、野暮ったい印象が拭えない。
上半身を覆うのは、袖無しのシャツのような形状の水着だ。鎖骨やら肩やらがほんの少しだけ露出しているが、いずれにしてもミレーユが恥ずかしがるようなデザインではない。
寧ろ、恥ずかしげにモジモジすることが烏滸がましいと思えるほどの地味なデザインである。
「あ……ああ、うん。い、いいんじゃないかな? とっ、とっても似合ってると思うよ。……き、君もそう思うだろう、リオンナハト」
「あ、ああ、そうだな……。とても似合ってると思う」
そう、恥ずかしげにモジモジすることが烏滸がましいと思えるほどの地味なデザインである……筈なのだが、そんな姿のミレーユを見たアモンとリオンナハトは明らかに挙動不審になった。
二人の表情は僅かに紅潮し、声が僅かに上擦っている。そう、この二人の王子達はあろうことか、ミレーユの水着姿に見惚れてしまっていたのである。
海辺で会う同級生の少女の普段は見せない姿に、二人の審美眼は大きく歪められてしまったのだろう。
夏の砂浜マジックにすっかり騙されてしまったリオンナハトとアモンの目には、どこか残念なミレーユの水着姿も美しく見えてしまっているようである。
「あらあら、良いものが見れましたわね。お嬢様の仰ることも少しは分かってきましたわ。青春を送る純粋無垢な少年少女の恋からしか得られない栄養素は確かにありますわね」
そんな姿を遠巻きに見ていたカレンは三人の水着の披露が一通り終わったところで、エメラルダ達よりも先にミレーユ達の前へと現れた。
ラピスラズリ公爵家のメイド服の下に纏っていたその水着は足首まで覆うタイプのものだ。
デザイン面より機能面に重きを置いており、露出は少なく見た目はかなり地味。更にその性質上着用が極めて大変だが、それに見合っただけの性能は有している。
その水着は縫い目が無いのが特徴で抵抗が軽減され、撥水性にも優れている。
また、水着表面の一部にポリウレタンを接着することで締め付け力を高め、体の筋肉の凹凸を極限まで減らす工夫がされていた。……まあ、それでも、カレンの持つ豊満なものを押し潰すことはできず、美しいプロポーションは寧ろに水着によって強調され、純粋無垢な青少年達の性癖を強引に歪めてしまいそうなインパクトがあったのだが。
濃紺一色のその水着はエメラルダが着用しようとしていた表面の素材に魚の皮の構造を応用することで水の抵抗を減らす工夫がなされている水着よりも遥かに機能的である。
過去のオリンピックであまりにも性能が良過ぎた故に使用を禁止されたとある水着をほとんどのそのまま再現しただけあって、その性能は折り紙つきだ。
実際、水着の試作品の性能を試す試験では泳ぎの得意な魚人族に依頼をして短距離と長距離でタイムを測り、どちらの距離でも魚人族と互角の戦いというあり得ない記録を叩き出している。
「皆様お揃いですね」
「カレンさん、凄い水着ですわね」
「ビオラ商会合同会社が開発した超高性能水着です。……難点はとても着難いことと、人を選ぶということかしら? 結構締め付けられるから普通の水着よりもタイムが落ちることもあるみたいなのよね。私は経験ないのだけれど。それじゃあ、早速特訓始めちゃってもいいかしら?」
「おっ、お手柔らかにお願いしますわ」
そこにエメラルダが遅れてやってくる。ミレーユに泳ぎ方を教え優越感に浸りつつ、ついでに二人で楽しい時間を……なんて考えていたツンデレなエメラルダだったが、予告していた通りカレンがミレーユに泳ぎを教えようとしている姿を見つけると、悔しそうな顔をしながらその場から立ち去ろうとした。
かなりカレンに対して苦手意識を抱いてしまっているエメラルダである。
「あら? エメラルダ様もご一緒しますか? ……といっても、エメラルダ様は泳ぎが得意なようですから、私の指導など必要ないかもしれませんが」
「オホホホ! 貴女のような人に教えを乞う必要などありませんわ! わたくし、泳ぎは得意中の得意ですもの!!」
「不躾な提案をしてしまいましたわ。それでは、ミレーユ様、みっちり二人で練習をしましょうか?」
「まっ、待ってくださいまし!! 貴女に教えられることはありませんけど、わたくしも付き合ってあげても良いですわ」
ツンデレな言葉を口にしつつも、本気でエメラルダを置いて海に向かおうとするカレンの後を慌てて追い掛けるエメラルダ。
完全にエメラルダを手玉に取っているカレンに苦笑いを浮かべるしかないリオンナハト達であった。
◆
「し、死ぬかと思いましたわ!!」
カレンの水泳指導は日が暮れるまで続いた。
まずは水中眼鏡を掛けて顔を水に付けるという初歩の初歩からスタートし、続いて背浮きの練習。
これには人間の身体が水に浮くということを学ばせる思惑もあったのだろう。身体に力が入りさえしなければ沈まずに浮くことができるということをしっかりと学ばせたところで、いよいよ蹴伸びの練習に移る。
「しっかりと腕を伸ばしましょうね。足と手をしっかりと伸ばすことが重要ですわ。お尻を突き出さず、しっかりと伸ばしましょう……うーん、これはダメですわね」
ピンと真っ直ぐに伸びていなければならない筈の体は、弦を下にした弓のような微妙なカーブを描いていた。
なんとも残念な形でそのまま宛ら海月の如く、ぷかぷかと脱力して浮いているミレーユの姿に、流石に何度訂正しても一向に改善されないことを察したカレンは容赦なく矯正を加えた。
海で溺れ掛けた経験もあって本気で水練に向き合ったミレーユは時間を掛けて蹴伸びと背泳ぎ、更にはバタ足まで習得するに至ったが、ここでミレーユの体力は尽きた。
しかし、これはまだ初歩の初歩。しっかりと今のうちに水泳の基礎を叩き込むべきであると考えたカレンは続いてクロール、平泳ぎ、バタフライの見本を見せ、ミレーユに一つずつ実践させていく。
当然、今日の今日水泳を学び始めた泳ぎ経験がほとんど皆無のミレーユがいきなりそのような応用練習についていける筈もなくあっさりと音をあげた。
しかし、カレンのスパルタ指導がそれで打ち止めになることはなく、クロール、平泳ぎ、バタフライの習得を目指す特訓は続く。
その苛烈さはエメラルダ、リオンナハト、カラック、アモンが揃って目を背け、ライネが神に祈りを捧げるほどであった。
エメラルダが見せる華麗な泳ぎに「マーベラス! 流石はエメラルダお嬢様。まるで伝説の人魚姫のようです!」などと万雷の拍手と賛辞を送っていたフィレンと護衛達も何も言えなくなるくらいには地獄の光景が広がっていた。
とはいえ、加減を弁えているカレンは泣き言を言いながらもミレーユが「後少しなら頑張れる」と感じるギリギリのラインを維持して指導を継続。結果として、ミレーユはクロール、平泳ぎ、バタフライを――習得できなかった。
「……お力になれず、申し訳ありませんでした。各種泳ぎ方を習得してもらい、あわよくば潜水技術まで会得してもらいたいと思っていましたが、詰め込み過ぎてしまいましたね」
「はぁはぁ……疲れましたわ。カレンさん、一体どういうつもりですの? もっとゆっくり教えてくださっても……」
「……そういう訳にもいかないのよね」
「どういうことですの?」
「さて、エメラルダ様達を呼びに行ってくるわ。少し求め過ぎたけど、とりあえず仰向けに浮かぶことさえできればなんとかなる場面も多いわ。このことを忘れないでね」
カレンはミレーユにそう言うと、風魔法で頭を空気の輪で包み、そのまま海へと潜る。
既に泳げるリオンナハト、カラック、アモン、エメラルダの四人にカレンは素潜りの方法を教えていた。耳抜きのやり方を教えてから、ローザから手渡されていた口に咥えるタイプの小型エアー発生装置を手渡し、素潜りの方法を一通り教えた後は各々が好きなように海岸付近を潜っている。
何かあった場合は見気で察知できるため、カレンはミレーユへのマンツーマンレッスンに集中することができた。……とはいえ、まだ初日で覚えることが多過ぎたため、カレンの望むような状態までミレーユの水泳技術を高めることはできなかったが。
エメラルダ、リオンナハト、カラック、アモンに水中からハンドサインでそろそろ陸地に戻るように伝えたカレンは、ミレーユ、リオンナハト、カラック、アモンの四人が砂浜に戻ったことを確認すると、自身も砂浜へと泳いで戻ろうとした。
「貴女……カレンだったかしら? わたくしと泳ぎで勝負なさい」
しかし、ここでエメラルダがカレンに水泳勝負を申し込む。
本当はエメラルダがカレンの名前を覚えていることを察していたカレンはにっこりと笑って勝負に乗った。
エメラルダはなんとかカレンの泳ぎに喰らいつこうとしたものの、令嬢としては高い水泳能力を持っているエメラルダでも流石に戦闘使用人として鍛えているカレンには敵わなかった。
その後、砂浜にはボロ負けして「全く空気の読めないメイドですわ!!」と泣き喚く公爵令嬢の姿があったとか……これ以上は彼女の名誉のために語らないでおくとしよう。
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