Act.9-478 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜真夏の海と緑の試練の開幕〜scene.6
<三人称全知視点>
ダイアモンド帝国の象徴たる金剛宮殿内にある白光の食堂にて――。
ミレーユは遅めの昼食を摂ってきた。
ちなみに、リオンナハトやアモンの姿はない。本来であれば他国の王族が自分を訪ねてきた以上は丁重に持て成すべきところだが、お忍びで来ている彼らをあまり大っぴらにはできない。とはいえ、流石に持て成さないというのは持て成さないで礼儀を欠いたということになる。
さて、どうしたものかとミレーユがリオンナハト達への対応を決め切れずに居たところ、「折角だから、帝都見学をさせてもらうよ」と言い残してリオンナハト達は帝城を去っていった。
結果としてミレーユの悩みは一応解決した訳であるが、ほっと一息吐いたミレーユもまさか彼らが金剛特区へと赴き、病院やら教会の様子を見学に行ったことなどとは夢にも思っていない。
ということで、地獄のような特訓の日々から解放されたミレーユはルードヴァッハから報告を聞きながら優雅に昼食を摂っていた。
「……グリーンダイアモンド公爵家の船が停泊しているのは海洋国マルタラッタでしたわね」
海洋国マルタラッタ――ダイアモンド帝国の西部と国境線を接するこの小国は、古くから帝国に恭順を誓う友好国として知られていた。
国力、軍事力共に帝国の足元にも及ばない弱小国――グラレア海と接する以外には何の特徴もない国。
ダイアモンド帝国の貴族のほとんどが帝国の庇護を受ける属国と蔑視していたのだが……。
飢饉という非日常においては、この国の価値が大きく跳ね上がることをミレーユは知っていた。
この国からの豊かな海産物がラージャーム農業王国の農産物と共に帝国の食糧供給に大きな影響を及ぼすのである。
前の時間軸でルードヴァッハと共に頭を下げに行ったのは苦い思い出だ。極めて従順な筈で、頓挫する筈がないと高を括って海洋国マルタラッタに赴いたミレーユ達と海洋国マルタラッタの交渉はミレーユの予想に反して頓挫し、ミレーユ達は更に追い詰められていった。
それもこれも、海に接した外国と積極的に交流を図り、外交の分野で影響力を行使してきたグリーンダイアモンド公爵家が革命が発生して早々に揃って姿を眩ませてしまったから……などと当時は恨めしく思っていたのだが……。
「リズフィーナ様達が相見えたという『綺羅星の夢』……彼らが討ち取ったのは、タイダーラ・ティ=ア=マットという海賊でしたわね。なんでも、邪神に精神を乗っ取られていたとか」
「ティ=ア=マットといえば、海賊の一族として有名ですね。海洋国周辺に住まう海の民……しかし現在は滅ぼされ、その多くが隔離島で造船業に従事させられているとか。……ペドレリーア大陸だけでなくラスパーツィ大陸でも似たような扱いを受けていると圓様は仰られていました。その現状を変えるべくラスパーツィ大陸では圓様が動かれたようですが、海洋国マルタラッタの方では改善の兆しはなく、独自に動いて本当に海賊活動を行っているティ=ア=マット一族も最近動きを活発化させているようです。……ティ=ア=マット一族への所業はやるせない気持ちになるものですが、だからといってダイアモンド帝国が介入するのもなかなか難しい話です。やはり、圓様の介入を期待するしかないのでしょうか? ……しかし、邪神に乗っ取られていたそのタイダーラという海賊、もしかしたらティ=ア=マット一族の残党を纏め上げて扇動する役目を負っていたのかもしれませんね」
「あのタイミングでタイダーラがティ=ア=マット一族から離れていたというのも少し妙ですわね。もう既に準備が終わっていたとしたら……彼らが反乱を起こす準備を整えている可能性もあるということですわよね」
嫌な予想がミレーユの脳裏を過ぎる。だが、問題はこれだけではない。
「四大公爵家の全てが『這い寄る混沌の蛇』と何らかの繋がりを持つという話……それに、調査が終わっていないスクライブギルドの件もありますわ。ふむう、考えるべきことが多過ぎるのも困りものですわね」
一つ一つの要素がどのように関わり合っているのかミレーユには分からない。もしかしたら、それぞれの要素が個別に存在するだけかもしれない。
だが、決して無視できないほどの厄介な要素がグラレア海に集結しているのも事実だ。
既にグラレア海で何かが起こることは判明している。そして、その大半は圓の協力で解決できる可能性が高い。
だが、果たして全てを圓に頼っていいだろうか? ミレーユも何か手を打つ必要があるのではないかという予感がミレーユにはあった。
食べたばかりの糖質を全て思考に充てて、ミレーユは必死で頭を回転させる。
今、ミレーユが打つべき手は……。
(やはり、大飢饉への対策ですわね。あの時の苦労をもう一度ということになるのは避けたいところですわ。グリーンダイアモンド公爵家に信用が置けない今、海洋国マルタラッタとの顔繋ぎをしておくべき。食糧が不足してからだと足元を見られるでしょうけど、今ならば皇女の名を使えばなんとかなる筈。……勿論、不安要素はありますけど)
安全策を幾重にも張り巡らせるのが小心者の真骨頂である。
クロエフォード商会から得られる穀物とラージャーム農業王国との友好関係、新型小麦の開発と積極的な食糧備蓄。一応、ビオラ商会合同会社の支援も最終手段としては存在し、スクルージ商会も頼ることはできそうだが、前者は本当に最悪の状況にならなければ助けてくれそうにない。後者に至っては完全に未知数……そこまで頼りにはできない。
とはいえ、前者だけでも十分だ。そこに小麦の開発と積極的な食糧備蓄。
それに加えて、グラレア海の海産物の供給を確実なものにできるのであれば、まさに万全の態勢といえる。
加えて自身が遊んでいる間にやっておいてもらえるのであればこれほど素晴らしいことはない。
「ルードヴァッハ、今度の船遊びですけれど、あなた、マルタラッタまで同行いたしなさい」
「はっ! 畏まりました。マルタラッタとの交渉の口を設けると、そういうことでしょうか?」
「ええ、その通りですわ。……いえ、万が一のことも考えるべきですわね。わたくし達が船で遊びに出た後、ディオンさんも呼んで合流。マルタラッタでは行動を共にするようにしてくださいまし」
圓が動く別件が一体何かミレーユには分からない。だが、タイダーラが倒されたという情報と活発化しているティ=ア=マット一族の動きから海洋国マルタラッタで何か動くつもりではないかとミレーユは考えていた。とはいえ、それはあくまでミレーユの推論であり、その推理を保証する証拠はどこにもない。
圓や配下の諜報員がいれば安全性は格段に上がる……が、いるかも分からない戦力に全幅の信頼を置いて良いだろうか? 否、良い筈がない。
一緒に船遊びなどもっての外ではあるのだが……何かあった時のためには側にいてもらった方が安心できる。
ルードヴァッハの護衛という名目で海洋国マルタラッタに赴いてもらうというのは良い案だとミレーユは考えていた。
「……しかし、本当によろしくのでしょうか? ディオン殿には姫殿下の護衛について頂いた方が……」
「護衛にはアモン殿下とリオンナハト殿下、カラック殿がついてくださりますし、カレンさんも護衛として貸し出してくださると圓様が約束してくださいましたわ。これ以上は過剰戦力……海洋国マルタラッタも安全とは言い難いですし、ディオンを護衛にして動いてくれるとわたくしも安心できますわ」
「――ッ! 姫殿下のお心遣い、心に沁みます! 必ずやご期待に応えて見せましょう!」
◆
海洋国マルタラッタの上空にて――。
「間も無く緑の試練が幕を上げる! ミレーユ姫殿下一行の無人島バカンスと地下都市ケイオスメガロポリスの最奥部の一件と、海洋国マルタラッタとティ=ア=マット一族の一件、どちらも重要度は極めて高い。海洋国マルタラッタの国王への報告と、ティ=ア=マット一族の解放に向けた働き掛けは我らが圓様が執り行う。地下都市ケイオスメガロポリスの最奥部も圓様が海洋国マルタラッタでの仕事を終わらせ次第赴くことになっている。では、我々の任務とは何か。――圓様達が楽に動けるように圓様の邪魔をする者を徹底的に潰し、この大陸の主人公達を守り抜くことである! では、各々持ち場に移動せよ! 海洋国マルタラッタ方面は当初の予定通り、私、フェアトリスが、ムシュマッヘ諸島方面はテレンティアがそれぞれ指揮する! それでは、任務開始だ!!」
ステルス機能を備えた飛空艇のハッチが開く。諜報員達はフェアトリスの号令で飛空艇を飛び出し、そのまま空歩を駆使して散り散りになってそれぞれの持ち場へと向かった。
――そして、ミレーユ達にとって圓達にとっても大きな転換期となる緑の試練が幕を上げる。




