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【季節短編 2021年節分SS】もう一つの世界の《鬼を斬る者達》

 歴史に、ifなどは存在しない……とは、誰の言葉だったか。

 確かに、歴史にもしもという可能性は存在しない。もし、誰々が生きていたら、もし、歴史の中で敗者となる側が勝者となっていたら……そのような話はあくまで「もしも」の話であり、多くの場合、実にはなり得ない。


 歴史の分岐点で生じた影響を正しく認識し、その選択による結果を全て分析することは困難を極めるからだ。故に、今残された歴史を見ることしかできない我々人類には、想像を働かせることはできても、歴史のifを覗き見することはできない。


 しかし、実際、認知できないだけで歴史のifはそこら中に転がっている。

 俗に言う「並行世界(パラレルワールド)」という概念である。「もしも」が生じるごとに分岐し、無数の世界へと枝分かれしていくというこの考えは正しく、今いる世界のみしか見えない我々には認知し得ないが、原点を同じとする無数の世界がこのオムニバースの中に内包されているのである。


 具体的な話に移っていこう。大倭秋津洲帝国連邦という国を有する宇宙とは、第二次世界大戦に勝利した大倭秋津洲という国という「もしも」を有する「並行世界(パラレルワールド)」である。より正確に言えば、様々なものが複製元の基軸世界から大きく異なっているのだが、一言で表せばそのようなものということになる。

 その大倭秋津洲帝国連邦を有する地球にも実は無数の「並行世界(パラレルワールド)」が存在する。


 千羽(せんば)宗治郎(そうじろう)という少年が生まれ落ちた世界は、その大倭秋津洲帝国連邦を有する地球の存在する宇宙の「並行世界(パラレルワールド)」であった。


 話が複雑になってきたので、大きく異なっている点を述べていくことにしよう。

 この二つの世界は些細な点こそ異なっているが、極めて近似の関係にあり、たった一言で説明することが困難を極めるので、差異を説明していった方がその性質を理解することができると思われる。


 まず、最大の相違点は瀬島奈留美の前世であるベアトリーチェ=ダスピルクエットが海を越えることもなく、更に転生もしないままこの世を去ったということ。

 百合薗圓の前世クリストフォロス=ゲオルギウスはその後、百合薗圓へと転生するも、投資家として成功するのみで瀬島一派と交戦することのないまま別の形で裏世界と関わるようになっている。


 続いて、大倭秋津洲帝国連邦本土に目を向けてみよう。


 まずは、法儀賢國フォン・デ・シアコルとの関係である。

 魔法使いと呼ばれる人種が暮らしている異世界であるこの世界は新しい人材を求めて我々の暮らす世界を始めとした色々な世界に使者を送り込み、その世界の住民に呪術や魔法、超能力と言った超常的な力を授け、自国に組み込んできたが、このうちの一つがこちらの大倭秋津洲帝国連邦を有する地球であった。

 一般市民に紛れ込み、魔法少女や魔法使いを手助けする「協力者」も存在し、潤沢な資産を食い潰すことなく次の代へ、次の代へと順当に増やしていき、大きな影響力を持つ資産家一族となっている庚大路家(これは、どちらの大倭秋津洲帝国連邦にも存在するが)はこの協力者の立場に属し、代々法儀賢國フォン・デ・シアコル内部、主に人事部門で絶大な権力を有している。

 庚小路家の一人娘、庚大路(かのえおうじ)花月(かげつ)は女子高生でありながら人事部門の部門長を務めており、代々従者を務めている自称シニカルな苦労人の村木(むらき)(まもる)は彼女に付き従って裏方の魔法少女として暗躍を続けている。


 江戸時代には幕府すらその発言を無視できぬ札差として知られており、その後時代時代の節目節目で重要な役割を担ってきたあちら側の庚小路家とはその根幹部分が同じ富裕層でも全く異なっており、また小さいところに目を向ければ庚大路花月が村木護を失って孤独になっていないという点でも異なっていると言えるだろう。


 続いて、鬼斬にスポットを当てるとしよう。渡辺御剣が長を務める《鬼斬機関》に該当する組織は、こちら側では《鬼部》という組織であり、その長は安倍氏土御門家庶流の堂上家である倉橋(くらはし)家が代々務めている。

 《鬼斬機関》とは別組織となっている陰陽師、こちら側の世界でいうところの蔵人所陰陽師という役職に就く土御門家は《鬼部》の相談役を務めており、陰陽庁に属しながら、組織から外れた存在という極めて厄介な立ち位置にある。《鬼部》とは、陰陽庁に属しながらも、ある種の独立性を持っている組織であると言えるだろう。……その分、厄介ごとを持ち込まれることの多い立場だが。


 こちらの大倭秋津洲帝国連邦には、大倭秋津洲国家を裏から支える颱堂(たいどう)一族が第二次大戦中に発足させ、今なお護国の防人として絶対的な力を振るう諜報機関『颱堂機関』が存在し、大倭秋津洲帝国連邦という国の裏側はこの『颱堂機関』と陰陽庁が支えていると言っても過言ではない。


 この《鬼部》は時の経過を経て大きく質が落ちてきていた。

 【剣姫】や【閃剣】の異名で知られた鬼斬で、当時天才的な実力を有していた千羽雪風は、《鬼部》と袂を分ち、『特異災害対策室』という組織を民間の警備会社を隠れ蓑に設立し、所長に就任した。

 この『特異災害対策室』設立のために千羽雪風に支援を行ったのが百合薗グループである。


 やがて、こちらの千羽雪風は一般男性と結婚し、子を成す。その後、紆余曲折があって離婚、知り合いの伝で田舎暮らしをしながら『特異災害対策室』の鬼斬として活動を開始する。

 その引越し先でお隣になったのが、雪城家だった。


 雪城家はノーブル・フェニックスに出資している出資会社の鳳鸞醸造所属のプロデューサーである雪城真央、夫の雪城(ゆきしろ)日向(ひゅうが)、そして一人娘の雪城(ゆきしろ)鈴羽(すずは)という家族構成であり、これもまた別世界線の大倭秋津洲帝国連邦とは大きく異なっている。

 本世界線でも鳳鸞醸造とノーブル・フェニックスは百合薗グループの支援を受けており、不思議な縁を感じさせる(互いにそのことは知らないのだが)。


 千羽雪風の一人息子、千羽(せんば)宗治郎(そうじろう)雪城(ゆきしろ)鈴羽(すずは)は歳も近く、幼馴染の関係にあったが、ゲームに関わる機会の多い家庭で育ったことから趣味で物語を紡ぐようになった鈴羽が五年生の頃に受けたイジメを切っ掛けに二人の絆が大きく深まることになる。

 この時、趣味を馬鹿にせず凄いと言い挿し絵を描いて渡してくれた宗治郎に好意を寄せるようになった。


 当時、光鏡(ひかがみ)将暉(まさき)萩原(はぎわら)剛誠(こうせい)青嶋(あおしま)紗凪(さな)漆原(うるしばら)千優(ちひろ)と幼馴染グループを形成していたが、人の善性を盲信し過ぎている将暉の行動がいじめをより陰湿化させた結果、このグループと鈴羽の関係は悪化し、将暉と剛誠の不始末で苦労させられて来た苦労人で鈴羽の親友であった千優も一時期鈴羽と疎遠になった。


 彼らに関する詳しい説明は、法儀賢國フォン・デ・シアコルや庚小路家の話と同じくまたの機会に話すとしよう。

 前置きが長くなったが、今回は母の剣術稽古を見て遊びで剣術の真似事を始め、七歳から本格的に千羽七星流を学び、中学生の頃には既に『特異災害対策室』の一番隊隊長に就任したという経歴を持つ千羽宗治郎にスポットを当てた、もう一つの鬼斬の物語である。



「霊災、それもレベルIII(スリー)ねぇ。なんか最近この手の騒ぎが多いけど、何者か裏から糸でも引いているのかな?」


 『特異災害対策室』の司令室で熱い緑茶で喉を潤した少女……に見える少年、百合薗圓は世間話でもするような調子で物騒なことを口にした。


「最近は他国もきな臭いんだけどね。その上、大倭秋津洲帝国連邦でもこんなことになると、なんか嫌な予感がするよね」


 その隣で空気を含ませたふわふわな納豆をかき混ぜて白ご飯の上に乗せた赤髪の鬼の少女――赤鬼小豆蔲が縁起でもないことを呟いた。


「お二人とも呑気ですね」


「そりゃ、ボクも赤鬼さんも部外者だからねぇ。赤鬼さんが参戦しても《鬼部》の連中に攻撃されるだろうし、そもそもボク自身が参戦するメリットはボクにはない。餅は餅屋、鬼を斬るのは鬼斬の専門家に任せるべきでしょう?」


 「それなら、なんでここに来たんですか?」と所長を務める雪風が視線を送っても、二人は全く動じずマイペースだ。


「別に何の目論見もない訳じゃないよ。君の息子――千羽宗治郎君の活躍を間近で見たくってねぇ。ほら、最近お隣の鈴羽さんといい関係なんでしょう? お兄さんとしては、二人の恋愛がどうなっていくのかとても楽しみなんだけど」


 相変わらずのゴテゴテの甘ロリ姿で「お兄さん」も何もあったものではないのだが、そんなことよりも雪風には自分の息子のプライベートを知らない筈の圓がお隣の鈴羽のことを知っていて、更に二人の関係に関する情報を掴んでいることが驚きだった。


「しかし、彼らも杜撰だねぇ。近代の兵器に頼り過ぎた結果、大きく弱体化しちゃ意味がないじゃないか。それじゃあ、税金泥棒って言われても仕方ないと思うよ? いっそ庚小路とか《聖法庁(ホーリー)》に泣きついた方が早いかもしれないねぇ」


 百合薗圓は、財閥七家と共に大倭秋津洲帝国連邦で極めて重要な立場にある。

 直接的には国家と結びついている訳ではないが、彼らの存在がこの大倭秋津洲帝国連邦という大国において大きな鍵を握っているという点については確かだ。


 米加合衆連邦共和国の超能力者による軍隊「超能力部隊(プシオン)」、大英連邦帝国の聖装騎士の精鋭――『異端審問官』、仏蘭西連邦の超科学軍、蘇維埃社会主義共和国連邦の魔女部隊、世界の軍事バランスを考える上で彼ら超大国と対等な関係にあるためには絶大な力を有する財閥七家の存在は重要であり、国家も彼らを保護するような立場を取ってこそいるが、『颱堂機関』の司令官である颱堂(たいどう)訃嶽(ふがく)は財閥七家に否定的であり、この両者には大きな溝がある。


 また、『颱堂機関』で颱堂訃嶽と共に護国のために戦った白櫻(はくおう)福邏(ふくら)の離反と、彼が頂点に君臨し、「新人類(ホモデウス)による『下等人類』の支配」を掲げる国際犯罪組織――特異異能力者解放軍の設立により、この世界に新たな脅威も生まれている。


 瀬島奈留美という明確な敵を持たないこちらの世界の圓も、決して暇という訳ではないのだ。


「この分だと、近いうちに超級の怨霊――菅原道真クラスあたりもちらほらとでできそうだねぇ。そうなったら、雪風さんも出陣するのかな?」


「そうなったら、圓さんや赤鬼さんも力をお貸しくださるのですよね?」


「さぁ、どうしようねぇ。ボクは鬼斬としては大した力がないから」


 逆に鬼斬以外の様々な力を掛け合わせれば、超級の怨霊ですら始末できるほどの実力を有するのが圓という存在だ。

 那古野ダンジョン駅に出現した超級の怨霊すらゆうに超える化け物――《那由多の融怨》は、圓、月紫、赤鬼、雪風、宗治郎、照慈寺の住職の迦陵大蔵の即席部隊によって、討伐されている。《鬼部》の鬼斬が三桁を超える死者を出したほどの事件だったというのにだ。


「……それに、ボクはもうちょっとしたら本国を離れないといけないからねぇ。最近、法儀賢國フォン・デ・シアコルで不審な動きがあるらしくてねぇ。ボク達の方もその煽りを喰らわないように動かないといけないから。まあ、表舞台では特に動くことはないと思うけどねぇ」


 「やれやれ」と肩を竦め、圓は再び緑茶を口に運んだ。



「くそったれ! 奴は、どこへ消えやがったッ!」


 無数のサーチライトが照らし出し、まるでそこだけ昼になってしまったような夜の世界を特殊な術を施された迷彩柄の戦闘服を纏った男達が何かを捕捉しようとするサーチライトが照す先を警戒している。

 しかし、警戒する者達を嘲笑うかの様に、敵は男達の真っ只中を駆けるように高速移動をすると、その鋭い爪で彼らのプロテクターをものともせず引き裂き、殺戮の嵐を繰り広げていく。


「やはり、彼らでは荷が重かったようだな」


 『特異災害対策室』の区分でレベルIII(スリー)(ちなみに、赤鬼小豆蔲はレベル(トゥエルブ)に区分される)の鬼を仕止められず、討ち逃した部隊を、乗り込んだヘリコプターから見下ろしていた少年は呆れ混じりに呟いた。


「宗治郎隊長、どうなさいますか?」


 一番隊副隊長を務める妙齢の美しい女性――坂上(さかのうえ)絢華(あやか)の問いに、出撃準備を整えていた同上する鬼斬二名が宗治郎へと視線を向ける。


「二名は警戒、俺と絢華さんの二人で攻撃に回る。ただし、彼等の面目も守って手柄を立てさせてやらないと、《鬼部》という討伐組織の存在に疑問を持たれてしまうからね。彼らに手柄を立てさせるようにサポートに回ることになる」


 鬼斬の存在に疑問を持たれれば、当然『特異災害対策室』も煽りを喰うことになる。

 民間の警備会社という面の顔を持ち、百合薗グループの支援を受けている宗治郎達は完全に食い扶持がなくなるということも無いだろうが、公然の秘密である鬼斬に疑問を持たれ、『鬼部』への内閣からの資金が途絶えれば大変面倒なことになるだろう。


 『特異災害対策室』だけでは流石に国中の鬼の討伐は厳しい。鞍馬山の天狗や、仏教勢力の力を借りれば状況は大きく改善するだろうが、彼らも見返りなしでは動かないだろう。


 嘘か誠か、神帝家の初代・神煌帝の時代から仕え、大倭秋津洲を陰で支配するという神道系の権力者集団である皇導院も《鬼部》や陰陽寮の設置後はほとんどの「裏の勢力」の討伐から手を引き、国家を揺るがすレベルのものだけに対処するようになっている。

 彼らはただ国家の中心たる神帝家と大倭秋津洲という国家さえ守ることができればそれで良いとする者達だ。いくら民間人に死傷者が出ても、自分達の動くレベルのものでないと判断されれば捨て置かれるのがオチだ。その皇導院の存在も裏の世界の者の中でごく一部しか知られていない。元より、鬼斬達の頭の中に彼らを頼るという選択肢は無かった。


 大倭秋津洲帝国連邦は微妙な権力の釣り合いによって平和が保たれている。その力関係をぶち壊す行為に意味を見出す者は、国内に限れば今のところ陰陽庁を目の敵にし、一掃を目論む颱堂訃嶽や、天台宗出身で政財界の奥深くに巣食う妖怪と称される桜庭(さくらば)白浪(はくろう)入道を除けば存在しない。

 その権力闘争も皇導院は国家にとって害はないと捨て置いている。


「ヘリの高度を下げてください。これより作戦行動に移ります。――これより討伐に移る、行くぞ!」


 ヘリの操縦者に指示を出すと、高度が下がっていくヘリのドアを宗治郎は開け、暴風が扉から入ってくる中、宗治郎達はヘリから飛び降り、鞘から白刃を抜き払った。



「ありゃりゃ、やられちゃいましたか」


 白衣を靡かせた灰色の髪の男は、討伐された鬼の残骸を特に感慨の欠片もなくガラス玉のような瞳で眺めながら呟いた。


「まあ、実験の失敗作を処分してくれたと思えば儲けものでしょう。邪魔な鬼斬共も少しは殺してくれたようですし」


『Dr.駿河(するが)、データは取れたかな?』


「えぇ、そりゃ勿論。相模殿、私がそんなヘマをすると思っていますか?」


 駿河(するが)栗栖(くりす)は、通信機で連絡を入れてきた組織の長であるアルビノの男――相摸蘩蔞の問いに「何を当たり前のことを」という口調で答える。


 秘密結社・極東呪式錬金術研究協会、又の名を「ファーイースト・カースアルケミスト」――彼らは錬金術と呪いを融合し、種族的な鬼の力を人間と融合することで超共感覚(ミューテスタジア)を持つ新人類(ホモデウス)に対抗できる新たな人類の創造、そして既存の世界秩序の破壊を目指している。

 《鬼部》にとってはまさに許し難い存在と言える。


『報告は本部で聞く。速やかに戻ってくるように』


 通信が切れ、極東呪式錬金術研究協会への帰路に着く駿河は、踵を返す直前――宗治郎を睨め付けた。


「忌々しい千羽の息子め。次こそは私の傑作で殺してやる。せいぜい楽しみにしておけッ!」

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