エピローグ2
「さあ、もう起きなさい、お寝坊さん」
それは幼いころ、朝の弱い理夢がいつもベッドの中で聞かされていた声だった。
聞きなれた、あの愛情あふれる穏やかな口調に、涙が出そうなほど懐かしさを感じる。このまどろみの中にいれば、もう二度と聞けないと思っていたその声を、また聞くことができるだろうか。
いや、たとえそうだとしても、そうすべきではないことを理夢は分かっている。
名残惜しいけれど、理夢はもう長いこと自分の居場所であったこのベッドから、抜け出すことにした。
(ママ、起こしてくれてありがとう)
………
……
…
意識を取り戻した理夢は、焦点の合わない目で病室の天井を見上げていた。
本来であれば、記憶の空白、運動能力の失われた肉体、病院の見知らぬ景色と、自分の置かれた状況を理解できずにパニックにおちいるところだが、幸いなことに理夢にはそれがない。
息を吸って、吐いてみる。
呼吸に伴って上下する胸を見て、理夢はようやく自分が自らの肉体に戻って来たことを実感できた。
「うう……、すまない……」
突然の声に驚き、視線だけを動かして声の主を確認する。
森嶋がベッドのかたわらに座りながら、上半身をベッド上にうつ伏せて眠っている。夢の中で誰かと会話しているようだが、森嶋の反応を見るに、どうやらその相手からこっぴどく叱られているらしい。
「いや違う、私はただ……、……はい、すいません……」
あの父が、泣きながら情けなく謝る姿など見たことがない。理夢にとってはそれがなんだか微笑ましく、そして父もまた、彼女と再会できたことをうれしく思った。
(お父さんも、元気そう)
壁の時計は朝の5時をまわっていた。もうすぐ夜が明けるころだ。時計の下にあるカレンダーは、几帳面な森嶋の仕業だろうか、経過した日付にバツ印がつけられている。それを参考にすれば、月光市の祭りが終わったあの日から、3週間ほど経過しているようだ。
手足を動かすことはかなわなかったが、首だけは、少しだけ左右に傾けることができた。
眼の動きと合わせてもう少し視界を広げると、サイドテーブルに狐の面が置かれているのが見えた。きっと、あの兄妹が返しに来てくれたのだろう。
理夢はさらに首を傾け、まだ夜明け前の暗い窓ガラスに自分の顔を映した。
どこかおかしいところはなかっただろうかと、心配しながら。
エピソード3 Party Shaker
完
数年来の時間を要しましたが、エピソード3も無事完結しました。
終幕までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
エピソード4「小妖呪歌」は準備が整い次第連載を開始します。
次回の更新をお楽しみに!
注)
本小節の執筆にあたり、植物状態からの回復について軽く調べたのですが
作中のようなことが起こるのは、ほぼ奇跡に近い確率みたいですね。
本エピソードはあくまでフィクションとしてお読みいただければ幸いです。




