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ギタイマシ  作者: ヒロキヨ
エピソード3 Party Shaker
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37

 プレハブ小屋の屋根に両手をかけた()()は、勢いをつけてひょいと全身を引き上げると乾いた音を立てて天井に飛び乗った。身長は1メートル余り、クラシックロリータ全開の可憐なドレスを身にまとい、ボンネットと呼ばれる大きな1枚の花弁(はなびら)を思わせるドレスハットが華やかに頭部を飾っている。新品ならさぞかし値の張るビスク・ドールであったろうが、今は何年も風雨にさらされた後のように薄汚れ、ドレスは擦り切れだらけで見る影もない。


「……ろさせて」

「ああん? まーそんなヤバいもんぶら下げてるんじゃあ、ママごとしましょってことはねーだろうな……」


 小首をかしげたポーズがかろうじてかつての少女らしさを偲ばせるものの、その顔面は呪われた人形が主役のホラー映画終盤にありがちな、おぞましく朽ち果てた様相に変わり果てていた。丁寧にあつらえらえたふくよかな手指には、錆びまみれで刃こぼれの目立つ大きな包丁が握られている。

 人形はマリオネットのようにどこかユーモラスな動きで一歩、二歩と間合いを詰め……、耳障りな金切声とともにいきなり斬りかかってきた。


「殺させてーーーッ!」


 一般人であれば恐怖に煽られてパニックになる状況だが、礼はさすがに怪異に接し慣れているだけあり、咄嗟に反応する余裕があった。

 切っ先を向けて突っ込んでくるだけの直線的な動きを、真横に跳びのいて何とかよける。片言の言葉、単純な動きから察するに、この魔物は凶暴ではあるが知性はあまり高くなさそうだ。


「どわあああっ! おいおい、最後の最後でこんなヤツがいるなんて聞いてねえぞおっ!?」


 だが、礼がかっこよかったのはここまでである。このプレハブにたどり着くまでの間、女たちにさんざんもてあそばれたために、シャツがはだけて肩は丸出し、ジーンズはみっともなくずり下がり、衣服は全身ヨレヨレだった。その状態で急に動き出そうとしたため、折悪くずり落ちたジーンズに出足が引っかかり、その場につんのめった。


「わっ、わわっ! ちょっと待った!」


 絶好の好機とばかりに人形が走り寄り、甲高い奇声を発しながら四つん這いの礼の後ろから横一文字に包丁を振るう。

 半分脱げかけのパンツからのぞく尻を慌てて前方に突き出して避けるも、次の瞬間、礼はふくらはぎのあたりに鋭い痛みを感じた。


(つう)っ!」


 初撃を避けられた人形は、すかさず礼のふくらはぎに向かって包丁を突き立てた。錆びた包丁の切れ味は悪く、濡れて締まった厚手のジーンズに傷がつく程度で済んではいるが、それでも人形は執拗に包丁を振り下ろし続ける。


「殺サセテッ! コロサセテッ!」

「いっ、……てえなっ、この野郎っ!!!」


 人形を両足で思い切り蹴飛ばし、バックアップユニットにしゃかしゃかと高速で這い寄る。さすがに凶器を持った相手に対し素手では分が悪い。そして礼がこの場で使えそうなものといえば、目の前にあるこの機械だけだ。

 ユニットを覆っていたカバーをひっぺがすと、迫りくる人形に向かって覆いかぶせるように投げつける。


「ギッ!?」


 礼は素早く機械全体に目を走らせ、武器になりそうなものを物色した。大きさも重量も、一般的なコンクリートブロックと同程度の無停電電源装置(UPS)に目をつけ、接続されているコードを引きちぎりながら持ち上げ、カバーの下でもがいている人形目がけて振り下ろす。


「ギャッ!!」

「おら、もう一丁っ!」


 UPSをさらに高々と持ち上げ、力をこめて振り下ろす。が、シートを突き破って飛び出してきた包丁がプラスチック製の外郭に突き刺さり、小さな人形とは思えない腕力で高重量のUPSを受け止めた。


「げげっ! てめえッ、おもちゃのくせに生意気に防いでんじゃねーっ!」


 人形が包丁を持たないほうの手でカバーの裂け目を大きく引き裂くと、奥からのぞく作り物の碧眼が礼を捉えた。礼はなおもUPSを右から左から振り回して殴りつけるが、人形もまた包丁を器用に使ってはじき返し、追撃を許さない。

 だがこの時点で人形も礼も、このUPSが一体どういうものなのか、まったくわかっていなかった。

 予期せぬ停電時に、接続された電子機器に安定して電力を供給するための「無停電電源装置」は、大容量のバッテリーユニットと電流の制御ユニットで構成されている。つまりこれは単に相手を殴るための鈍器などではなく、大量の電力を蓄えた、かなりヤバめの()()なのだ。

 振り下ろされたUPSを受け止めようと突き出した包丁が、バッテリーユニットに深々と突き刺さった。瞬間、リチウムイオン電池に充電された電気が包丁を伝い、人形の全身を駆け巡る。高電流が大気中に放電される音とともに、まばゆい光が(またた)き、人形は白目を剥きながら痙攣した。


「おおっ? や、やったか!?」


 感電が収まった後も、人形の髪や衣服はあちこち焼け焦げてくすぶり、全身から白い煙が立ち上っている。


「わ……、わははははははっ! 計算どーーーりっっ!!! まさか俺様の真の狙いがこの電流攻撃だとは気づかなかっただろう! ふはははっ!」


 プラスチックの焦げるいやな臭いの煙をまといながら、人形は白目をむいて空を仰いでいた。礼のハッタリも耳に入らない様子で、その口は声を出さずに何事かを繰り返しつぶやいている。


(アツイ……アツイ……、クルシイ……、クルシイ……。ニ…クイ……。ニ…ク…イ……)

「こっちも急いでるんでな、終わりにさせてもらうぜっ!」


 礼は感電の衝撃で吹き飛ばされたUPSを再び持ち上げ、とどめとばかりに人形の頭に振り下ろした。


「!? うわっ!!!」


 両手でしっかり掴んでいたはずのUPSが、激しい力で弾き飛ばされる。

 空を仰いだままの人形が、包丁を持つ腕のみを振るい、眼前に迫ったUPSを打ち返した。先ほどと比べ明らかに力が増している。人形は与えられた痛み、苦しみから激しい憎悪を生み出し、それを自らの力に変換する特性をもっていた。


「おいおい……、ダメージ受けてパワーアップって、まんまその手のホラー映画じゃねえか……」


 人形が再び無手になった礼の胸元にまっすぐ包丁を突く。咄嗟のことに避ける暇もなかった礼は、思わず包丁の刃を両手で掴んで防いだ。

 

「あっぶねっ!?」


 錆びつき、刃こぼれした刃が幸いし、礼の手が切り裂かれることはなかった。が、掴んだ包丁は止まることなく、凄まじい力で彼の心臓に迫ってくる。


「コロ、サ……、……、……。コロス……。殺す……、殺す殺す殺す」


 錆びついたボロボロの刃が、掌の皮膚をえぐり、削り取っていく。じわじわとあふれ出る血で握った刃が滑らないように、礼はさらに強く包丁を握らざるを得なかった。右足を人形の胸に押し付けて全力で踏ん張るが、1メートル余りしかない人形から感じる圧力は巨躯の男性を思わせた。

 

「ふんぬ~~~っ! なんだよ、この馬鹿力は~~~っ!」


 状況は一転して両者の力比べという格好になった。情勢が拮抗し、しばし生じた停滞なかで、身に着けた通信装置から森嶋の切羽詰まった声が聞こえてくる。



「招かれざる闖入者(ちんにゅうしゃ)め! なぜ祭りの邪魔をするっ!!!」


 これまで度重なる妨害を何とかしのいできた森嶋であったが、今や最大の危機を迎えていた。市内各所に分散配置され、万全の体制で構築したバックアップも、現在生存しているのは1カ所のみ。しかもその最後の砦に、彼らの仲間が迫っているのだ。追いつめられた森嶋は、PCのキーボード上で指を叩きつけるように踊らせた。

 デーモン・デバイスの復元にかかる時間は通常約15分、


(しかし、それはすべてのバックアップが揃っているという条件のもと……!)


 先ほど、5つ目のバックアップが破壊されたのと同時に15分が経過した。にもかかわらず復元が完了しないのは、やはり魔力の供給量が減少しているからだ。

 

(えーい、急げ急げ! この操作が完了すれば供給量は一気に跳ね上がる! そうすればっ!)


 文字通り、森嶋の目と鼻の先では、千霧と青い腕が激しい攻防を続けていた。千霧はとうに体力の限界を迎え、体中が悲鳴を上げていたが、一方の青い腕もまた、主がPC操作に集中しているため殺意に精彩を欠いていた。


 呪い(それ)に関わるすべての者が、目に見えない残り時間に追われ、またその時間を終わらせるため、死力を尽くしていた。すべての事態が収束する「その一点」はもう、そぐそこに……。

更新遅れてすいません><

今年もよろしくお願いします!

とりあえずエピソード3を今月中に完結させるのが目標です!

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