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ギタイマシ  作者: ヒロキヨ
エピソード3 Party Shaker
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36

 そこに(つど)った若い男と女はみな、本能の赴くままに絡み合い、頬を寄せ、大音響の音楽に身を任せて揺らめいていた。

 あたり一面に漂うアルコールの匂い、若い肉体から沸き上がる熱気、男性性、女性性それぞれに醸し出すフェロモン、それらすべてが、この呪われた祭りの得体のしれない気配と交じり合い、濃密な妖気と化していた。その、極彩色の照明に彩られた妖しい毒気の檻に囚われて、夜が更けるごとに彼らはさらに狂い、さらに激しく互いを求めあった。


 市内6つの特設会場では、オールナイトイベントや深夜まで続く催しがもはや恒例となっている。ここ、総合病院近くの特設会場は、今夜、奇しくも『第2回 お面ディスコパーティー』が開催中であった。市内最大級の駐車場を1000人以上が参加可能なダンス会場に変身させ、中央付近にはシンプルなステージを設置、ステージ上のDJブースと巨大なスピーカーから、いわゆる「バイブス」全開な曲が途切れることなく流され続ている。


『お兄ちゃん! その会場のバックアップ装置はステージ後ろの小さな小屋にあるって!』


 会場の入り口付近から、礼はステージ後方にある濃紺のプレハブ小屋、おそらくは音響と照明のコントロールルームであろう建物に目をやった。


「はあ? いや、確かにそんな感じの小屋があるけど、スタッフが中でなんかやってるし、とてもあのキモい機械があるようには見えねえぞ……、って、ん?」


 礼がよく目を凝らしてみると、コントロールルームの天井の上に、黒いカバーに覆われた何かが置かれている。大きさは先ほどの球場で見たバックアップユニットとほぼ同じだ。


「なるほど、地図で見れば、(なか)(うえ)も同じってか。美瑠、どうやら見つけたようだぜ」

『お兄ちゃん、もう時間がない! それが最後のバックアップだよ!』

「って言ったってなあ……」


 礼が断腸の思いで参加を見送った第1回の『お面ディスコパーティー』と比べても、今夜のパーティーは段違いに下品になっていた。参加者はさらに増え、満員の電車のような密度の中でひしめきながら、ある者は激しく、ある者はゆったりと、煽情的な動きで肢体をくねらせている。

 会場の中心にあるバックアップにたどり着くためには、彼らの中を通り抜けて行くしか方法はなさそうだ。


『みんなが……、頑張って頑張って、ここまでやってくれた……。あとはお兄ちゃんだけだよ! さっさと行って、ぶっ壊しちゃってっ!!!』


 言われるまでもなく、礼もそのつもりだ。より取り見取りの女体ひしめくパラダイスへの突貫に、礼が躊躇する理由など芥子粒(けしつぶ)ほどもないのだから。


(おう)っ!!!」


 美瑠の、乱暴で熱い言葉に背中を押され、礼はわき目も降らず肉欲の海に飛び込んだ。



 会場に、Elle King の『Ex's & Oh's』が響き渡る。鈍重でパワフルな重低音に下腹部を内から揺さぶられ、女たちの劣情はさらに盛り上がっていく。

 礼は、両側から押し寄せてくる柔肉(やわにく)の洪水の中を、必死で泳ぎ続けていた。

 男は女に(たか)り、女は男に(たか)るため、自然、若い女性ばかりが礼のもとに集まってくる。パーティーのドレスコードにのっとり、誰もがお面を被っているものの、いや、お面を被っているからこそ、誰もが上に羽織った衣服を脱ぎ捨て、上半身は下着や面積の少ない水着1枚になっていた。女たちは、まるでそういう生態の生物であるかのように、紅潮した素肌の上に酒と汗の入り混じった甘ったるい体液を帯び、次々と身をすり寄せては礼の体になすりつけてきた。

 礼の衣服も女たちの体液に浸され、自身の汗と交じり合って瞬く間にびしょ濡れになったが、かえってこの人波の中を進みやすくなった……、と思った矢先、ガクンと動きを止められ、礼は後ろに引き戻された。


「あら、あらららら~」


 今夜、この会場は一つの意思をもっていた。男女が引き寄せあい、互いの肉体が溶け合い、一つになろうとする意思。だが、1000人以上の集団が同一の意思のもと行動するなかに、一点の異物が侵入した。集団はこの異物を認めると、当然のように干渉を始めた。

 礼を取り囲む女肉の壁は、相手が止まらないと知ると今度は無数の手を伸ばしてきた。

 後ろからジーンズのウエスト(おび)を掴んだ手が強引に礼を引き戻す。慣れた指先がボタンを外し、服をたくし上げ、肌をまさぐる……。それぞれの手が効率よく役割を分担しながら、異物を取り込もうとうごめく触手のように絡みつく。頭をつかまれ、豊満なバストに顔を押し付けられながら、礼は一本一本の手を必死に振りほどいた。


「うっひ! うひひひひ……。お姉さんたち、うれしいけど、また今度にしようね~」


 礼がふにふにとした極上の感触に別れを告げて柔らかなバストから顔を上げると、すかさず別の女がお面を半分上にずらし、のぞき出た真っ赤な唇で頬に熱烈なキスをする。吸い付く唇を引っぺがし、礼はなおもステージ目指して進んでいった。

 会場の中心部に迫るにつれて、若者たちのトランス状態はさらに深まり、立ち込める妖気の濃度も上がっているのが礼にも分かった。中にはお面すら投げ捨て、恍惚と陶酔の表情を浮かべながら異性の肉体をむさぼる男女もあらわれ始めた。

 むせかえるようなオスとメスの匂いの中で、前に進むほどに絡みつく手の数は増え、下着の中にまで侵入し、柔らかく燃えるように熱い唇や舌が、上体のいたる所をはい回る。

 

「あふんっ! あっ、そこはだめ……、って、ん!?」


 不意に、眼前に立ちはだかった女とお面ごしに目が合い、ギョっとする。


「あら、お姉さん、お目めが光ってますね。それ新しい流行りですか? お? こっちのお姉さんは蛇そっくりの舌で……、あっ、ちぎれちゃいそうだから指は噛まないでね~」


 相手をなるべく刺激しないよう、にこやかな笑みを浮かべながら礼は慎重に女の横を通り過ぎた。


(おいおい、なんか人間だかなんだか怪しい奴らまで混じってねえか……?)


 摩利支の統領である忍舞天剛(しのぶ てんごう)が危惧したとおり、降り積もる雪のように、月光市に蓄積され続ける妖気は、現実世界の壁を少しずつ壊し始めていた。



「ふい~、やっと着いたぜ」


 何分時間を要しただろうか。

 ついに目的地に到着した礼は、コントロールルームのプレハブ小屋の上によじ登り、短い息をついた。周囲を見渡してみても、会場の男女は異物である礼のことなど目に入らない様子で、みな目の前の異性に没頭しているようだ。


「さて! んじゃあ、さっさと取り掛かるとするか」


 礼が屋根のすみにあるカバーで覆われたバックアップユニットと対峙したとき、その陰で、何かが動いたような気がした。


「ん? こんどは何だあ?」


 カチャリ。

 ”幼女のように”小さな手がプレハブ小屋の縁に手をかけたのが見えた。

 その手は、よく見るとボロボロの人形のようだった。

 人形の手は、その大きさに不釣り合いな、錆びだらけの長い包丁を握っていた。

 

「……させて」


次回、3,4日後に投稿予定です。

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