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4年ぶりの連載再開です。
作品は必ず完結させます。
よろしくお願いします。
「バックアップは一つではない、ということか……」
美しく整った眉をひそめる千霧に向かって、森嶋はポケットからスマホを取り出し、スクリーンがよく見えるよう前に突き出した。そこには先ほど見せられた地図よりさらに広域の、月光市全体の地図が表示されており、その上に6つのマーカーが記されているのが確認できた。
マーカーのうち5つは黄色で、残りの一つ、今まさに礼がいる市民球場の上に記されたものだけが、赤く点滅している。森嶋の言葉と併せて考えれば、これらのマーカーが市内に点在するバックアップの位置を示している、ということなのだろう。
「ではバックアップの数は、全部で6つ……」
「左様。お前たちが、いったいどのようにして知りえたのかはわからんが、今、この都市は私が構築した呪術により意思をもって活動している。その動力となるべき魔力の収集とバックアップを同時に行うのがこの6台の端末というわけだ」
「都市の6カ所に設置された6台の端末……。……そうかっ!」
礼が向かったのは、このビルから最も近くに位置する市民祭の特設会場である。そして月光市内に作られた特設会場の数は全部で6つ……。
「他の特設会場すべてに、同じものがあるのだな」
「ふん、それなりに頭は回るようだが……」
一度言葉を切ると、森嶋はくいとあごを上げ膝をつく千霧をさらに見下した。
「気づくのが遅すぎるのだ。バックアップの並列化などセキュリティの常識ではないか」
勝ち誇る森嶋の言葉を無視して、通話デバイスのマイクに向かって千霧が叫ぶ。
「礼! どこでもいい! 今すぐ別の会場に向かってくれ! どこでもいい! 今すぐ……、ぐっ!」
声を限りに指示を飛ばす代償に、背中の傷に激しい痛みが走る。双方向の通信で千霧と森島のやり取りを聞いていた礼もまた、何とか状況は理解できていた。
「あ、ああ! わかったぜ!! でもよ、千霧さん、今さら他のやつぶっ壊しても、意味あんのか!?」
「だい、じょうぶだ……。おそらく……、バックアップはこの都市の魔力の蓄積と、循環を制御するためのもの。今は、デーモンデバイス復活のために、この場所に魔力を送り込む指令を出し続けているはず……」
「な、なるほどな、了解した! とりあえずここから一番近いのは……、あの、仮面パーティーやってたとこだな! 今すぐそこに向かうぜ!」
礼からの通信が途絶えると、千霧は錫杖をたよりによろよろと立ち上がった。
その芸術的な丸みを帯びた腰を伝い落ちる血が床に広がるのを見て、森嶋の口は、さらに滑らかになった。
「正解だ。たしかに、装置の復活に必要な魔力の供給を、残ったバックアップたちがコントールしている。だが、魔力の供給が完了するのは、5分後か? 10分後か? この街にバラバラに配置された端末をすべて破壊するのに、あの男一人ではたして間に合うかな?」
デーモンデバイスが破壊された状態から完全に元の状態になるには、約15分ほどかかる。ただしこれはバックアップが6台すべて揃っている状態での時間であり、装置が一つ欠けるごとに数分ずつ延びていくはずだ。森嶋はもちろんそれを把握しているが、そこまでサービスしてやるつもりはない。
(さて、どうする?)
フロアの床は、今やそこらじゅうを奇怪な肉片が復活目指してうごめいている。その中央で肩で息をしながら力なく立つ千霧に、とても勝ち目があるように見えなかった。が、なおその眼光は森嶋を鋭く射ぬいていた。
苦痛に背を丸めながら、後方にいる理夢に向かってあえぎあえぎ声をかける。
「ユメ、私たちも、すぐに別の会場へ……!」
物陰からすっくと立ちあがった理夢は、千霧に向かってコクンと頷き、すぐさまドアへと駆け出した。と、次の瞬間、人の頭ほどもある建物の瓦礫が理夢の鼻先をかすめ、壁に当たって砕け散る。
(……ひっ!)
四散する破片のつぶてを浴びて、理夢は思わずその場で尻もちをついた。が、声を出すことだけは必死にこらえた。
瓦礫を投げつけた青い腕がその場からすうっとかき消えると、今度は5メートルほど離れた部屋のドアの前に浮かび上がるように現れた。親指と人差し指の鋭利な爪の先で器用にドアを施錠した後、金属製のドアノブを掴むと紙の筒でも潰すようにぐしゃりとひしゃいだ。
「黙って行かせるわけがなかろう?」
次回は明後日に投稿します。




