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「無駄だ……。知っての通りあれは自動的に修復する。止めることなどできんのだぞ」
「正確には、少々違う」
「なに?」
「我々の要求は、あのデバイスのバックアップの場所を教えていただくことだ」
「……」
森嶋は答えなかった。かわりにぎり、と奥歯を噛みしめる。
(すでにそこまで掴んでいるのか……)
彼らはやはり警戒すべき相手だった。この女をはじめ、姿を見せていない仲間たちも含めた全員が幾重にも準備を重ねたうえでこの交渉に臨んでいると考えたほうがいいだろう。
「正直に言えば理夢を……、娘を開放するのだろうな」
「ああ、即座に開放すると約束しよう」
「……」
しばし黙考した後、森嶋は降参だとでもいうように小さく息をついた。
ポケットから取り出したスマホを操作し、スクリーンを千霧に見せる。
そこには月光市の地図と、地図上の一点を指し示すポイントマーカーが表示されていた。
「このビルと、娘が入院している中央病院の中間地点に市民球場がある。もっとも、今は祭りの特設会場として利用されているが。そこの資材置き場に置いてあるノートPCを改造した端末、それがお望みの物だ」
球場の輪郭線の中で、淡く光る黄色い点を見つめる瞳が再び森嶋を見据える。
「信頼していいのだな?」
「娘の命がかかっているのだ、嘘などつくものか」
「……」
今はどうであれ、以前は嘘がつけるような人ではなかったと理夢は言っていた。
これまで数々の死線を超えてきた千霧から見ても、森嶋が嘘をついているようには感じられなかった。
「……いいだろう。ご息女の身柄は総合病院西棟4階の、カルテ倉庫の中だ」
「何!? 初めから院内にいたというのか!?」
「病院に連絡を入れるといい。現場の人間が彼女を保護してくれるはずだ」
「……ふん、まさか誘拐ですらなかったとはな。つくづく人を馬鹿にしたやつらめ」
手にしたスマホで早速病院に連絡を入れると、森嶋は理夢の身体が隠されている部屋の場所を告げて保護を指示した。
しばしの沈黙の後、スピーカーの向こうから理夢発見の知らせとともに、身体の損傷なしとの報告が届く。
森嶋にとって一番の懸念であった娘の安否は、存外素直に片が付いた。
拍子抜けをした気まずさから、憎まれ口の一つでも投げつけようと向き直ると、そこに千霧の姿はなかった。
最近の大病院は患者の管理も電子化されているので、紙のカルテは使われない(でも捨てられない)そうですよ。




