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待ち合わせに指定されたビルの屋上で、森嶋はひとり月を見上げていた。
白衣のポケットに突っ込んでいた手を引き抜いて、取り出したスマホのスクリーンに目をやる。
リアルタイムで送信されてくる祭りの状況とデーモンデバイスのコンディションにざっと目を通してから、現在時刻を確認。
「そろそろ、か」
突然、背後で若者好みの騒々しい音楽が鳴り始めた。どうやらどこかの特設会場で、また大掛かりなイベントが始まったようだ。
耳障りなだけのこの不快な騒音から逃れるため、森嶋は約束の時間までつかの間、例の脅迫状の送り主について思いを巡らせることにした。
(末堂礼……。まさか、あの男が再び現れるとは)
突如として現れた、顔も言動も見るからに軽薄そうな若者。それがなぜか並外れた腕前の退魔師と忌々(いまいま)しい狐の面をつけた子どもを引き連れ、どういうわけかこの祭りを止めようとしている。
そのうえ一度は追い払ったはずがなお執拗に食い下がり、あろうことか彼がこの世で唯一大切にしているものにまで手を出してきたのだ。
(わからん……。奴の正体も、目的も、何一つ……)
もっとも、森嶋にとっては誰が邪魔をしようとも大した問題ではない。
妻と娘を一度に失うという悪夢のような現実に抗うため、彼はこれまで医学の限界を、法治社会の限界を、倫理の限界を踏み越えてきた。
今さらこの程度の障害がなんの問題になろうか。
たとえ世界のすべてが相手でも、森嶋はその歩みを止めないだろう。
たとえ、神が相手だとしても。
とはいえ、理夢をさらわれたのは森嶋にとって非常に痛手だった。
正体のわからない相手に弱みを握られ、いいように呼びつけられるのは気持ちのいいものではない。
置手紙には一切の危害を加えることはないと大げさなほど強調されていたが、その言葉にどれほど信頼がおけるだろう。
入院中という環境に甘んじて娘の体内にGPSを埋め込んでおかなかったことを悔やみ、森嶋は思わず目を閉じた。
眉間に深いしわを刻み重いため息をついたとき、森嶋の中のもう一人が敵の出現を知らせた。
「気づいているぞ」
ポケットに両手を突っ込んだまま、丸めた背中の肩越しに背後を見やる。
視線の先に女が一人、艶やかな黒髪を夜風になびかせながら、こちらを見つめいてた。
お久しぶりです。執筆再開します。
更新遅いと思いますが、またよろしくお願いします。




