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スマホのモニターをリズミカルにフリックしながら、美瑠は流れるテキストに素早く目を走らせた。
彼女が見ているのは、ここ数日、慌ただしさのために礼が参加できずにいたオカルトコミュニティのチャットログである。
「ふんふん……。ツイッターのリツイートを使った……、黒魔術のお呪いだって」
礼の退魔師事務所。森嶋との面会を前に、礼はオカコミュのほうにめぼしい情報があがってないか、美瑠にチェックを依頼していた。
「へえ、なんにも知らない市民までこっそり呪いに参加させるなんて、あのおっちゃん、顔に似合わず芸が細かいな」
美瑠の話に、腕を組んでソファにもたれていた千霧が閉じていた目を開いた。
「なるほど、そういうことか」
「ああ、そういうことらしいな。で、何が?」
「あのビルにあるデーモン・デバイスに自己修復機能があるのは話した通りだ。そして、いざ修復が行われる際には、おそらく大量の魔力が必要となるはず」
「ん。なんせどれだけぐっちゃんぐっちゃんにしても、あっという間に元どおり、だもんな」
「あの日、私の見ている前でデバイスは2度も自己修復を行った。それだけの膨大な力をなぜ森嶋が有している? 彼は魔物でも霊能力者でもない、ごく普通の人間なのだ」
「その答えが、市民みんなで唱えるお呪いってわけか」
「おそらく森嶋はこの都市のインターネットに人知れず介入している。そこから抽出された呪詛文言は魔力に変換され、あのデバイスに送り込まれる仕組みなのだろう」
礼は自分のデスクにだらしなく両足を投げ出し、両手を頭の後ろで組んで天井を見ていたが、ふと頭を上げて千霧を見た。
「っていうかそれって、おっちゃんが一人でコピペすればいいんじゃねえ?」
「お呪いには、それを発する人の『念』がこもっていなければ、効果がない」
窓際に立ち、夜の暗がりに祭り提灯が描く淡い点線を眺めながら、理夢が答える。
「インターネットを使うのは、みんな呪いにかかった人たち。彼らはお祭りを続けたい、楽しみたいと思わされているから、そこに『念』がこもる」
月光市は人口20万人に満たない小都市ではあったが、他都市に比べネットの通信量はもとより多めだった。それが市民祭の開催を経て、トラフィックはさらに飛躍的に増加する。
既存の利用者はもちろん、それまではパソコンやスマホなど持ったことがなかった機械音痴や老人までもが機器をそろえ、わけもわからぬままにツイッターやSNSでハッシュタグを拡散した。彼らの行動は、いうまでもなく都市全体にかけられた呪いによるものである。
月光市のIP (インターネットプロトコル)網を行きかう電子の呪詛文言は今やギガバイトレベルに達し、すべては森嶋のもとに集約されデーモン・デバイスへと注ぎ込まれていた。
「あの人は、この街の人すべてを利用している。自分の目的のために」
「なんだか、すごいね……。私たち月光市の市民全員で、森嶋さんの呪いを作り上げてるなんて……」
「そんなんじゃ、本体を何回ぶっ壊したって意味ねえな。結局バックアップのほうを何とかするしかないってことだろ?」
「ああ、私たちのやることは変わらない」
時計が夜の十時を告げた。森嶋との約束の時間が近づいていた。
「さーて、そろそろ出かけるとすっか」
椅子から腰を上げた礼に、千霧と理夢が無言でうなずく。
美瑠は変わらずその場に腰かけたままだ。これ以上は危険な目にあわせられないという、他の3人の強い希望で美瑠は事務所に待機。不測の事態が生じた際の連絡役を務めることになっていた。
森嶋との直接交渉には千霧があたる。礼と理夢はバックアップ破壊のための別動隊として、同ビル付近にて後方待機、というのが今夜の役割分担だった。
「あれ……?」
チャットログのチェックを続けていた美瑠が、ふとテキストの一文に目をとめた。
「ん? まだなんかあるか? もう時間はないぜ」
「あ、ううん、何でもない」
スマホから顔を上げると、立ち上がり、強く、強く思いを込めたまなざしで出ていく3人を見送る。
「みんな、頑張ってね!!!」
一人になった美瑠は、改めて先ほどのチャットログの続きを追い始めた。
それは確かに呪いとは何の関係もない、些細な情報だった。




