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昼過ぎには、千霧は月光市に戻っていた。
市内に入るとそのまま休む間もなく礼の事務所へと向かう。礼とは事前に連絡を取り合い、これから皆で作戦会議を行うことになっていた。
互いの知り得た情報を報告し終えると、最初に発言したのは美瑠だった。
「そういえば、なぜ森嶋さんはお祭りをしようと思ったの? その、理夢ちゃんを目覚めさせるために……」
初めて会った時にした質問を、言葉を変えてもう一度たずねてみる。
「お祭りは、私たち家族の一番幸せな思い出だったから、だと思う」
理夢は今日も浴衣姿で、ふんわりとしたショートカットの頭に、斜めに狐のお面をかけている。汗もかかず、汚れることはないという本人の言葉どおり、身に着けているものはずっと変わらないのにどれもおろしたてのようにきれいなままだ。
「幼いころ、両親に連れられて初めて行ったお祭りは、夢のようだった」
以前は口にすることを拒んだ自らの過去を、理夢は素直に語り出した。
「それは近所の神社でやっていた夜祭で、夜の境内、提灯、夜店、祭り囃子、見るものすべてが珍しくて、楽しくて、私は我を忘れてはしゃいでいた。それを見る両親が嬉しそうに笑うのを見て、もっと楽しくなった。あの人の肩車に揺られながら、私はその夜を今までで一番素敵な夜だと思った」
今でも理夢はその夜のことをありありと思い出すことができる。幼心に感じた高揚と陶酔は、少女の脳裏に強烈に焼き付いていた。
「それから、私たちは毎年必ずそのお祭りに行くようになった。何よりも、私が家族みんなで行くことを望んだから。……あの人も、それを覚えていたんだと思う」
「森嶋さんは同じようなお祭りを開けば、理夢ちゃんがそれに気づいて目を覚ましてくれると思ったんだね……」
「まー、今となっちゃ完全に無駄だけどなー」
「もう、また余計なこと言って!」
「いでえっ!」
礼のデリカシーのない発言に、美瑠はその尻を思いきりつねりあげた。
だが礼の言葉は間違いではない。
目覚めた理夢がここにいる以上、哀れにも森嶋の試みは初めから失敗している。問題は行きつく先を失った呪いが生み出す新たな災厄だ。
「だからこそ、私たちはあの呪いを止めなくてはならないのだ」
千霧は自らに言い聞かせるようにつぶやいた。
美しく伸びた生足を上品に組んでソファに腰かける姿がおそろしく様になっている。タイトなミニスカートから露わにのぞく太ももは、同じ女性である美瑠もうらやむほどきめ細かく、肌艶の生々しい白さが思わず吸い付きたくなるほどの色気を発していた。
(しかし……)
隣にちょこんと座る理夢を、千霧は改めてまじまじと見つめた。
「失礼」
ぷにゅ
千霧の指が理夢の透き通るように白いほほを突っつく。
当初、理夢を正体不明として怪しんでいた千霧だったが、美瑠達の説明を聞いて疑いは晴れた。退魔師としての千霧の関心は、今や理夢の特異な状態に移っていた。
「これがエーテル体による人間への擬態だとは……。とても信じられん」
「へえ、どれどれ」
今度は礼が反対側のほほを指で突っつく。こちらは完全に面白半分である。
水もはじきそうなつるつるの肌は少しひんやりしていた。ふにふにと指先を押し込むと、なめらかな肌の感触とともに優しく押し返す弾力を感じる。
「おお、確かに。こりゃどうみても人間のほっぺだな」
「おそらくは複雑に構成された覚醒の儀式の副作用なのだろうが、見事な擬態だ」
千霧と礼がいつまでもほほを突っつくのをやめないので、はじめはおとなしかった理夢も、ついには怒り出しぷうとほほを膨らませた。
「私は、おもちゃじゃない」
名残惜しそうにふたりが引き下がると、美瑠は突き出していた人差し指をしょんぼりと引っ込めた。




