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組織からの支給品であるドカティ・ディアベルを駆り、千霧はまだ夜も開けきらぬうちに都内に入った。
翌朝早く、都内某所に位置する退魔組織『摩利支』の本拠地で、千霧は摩利支頭領・忍舞天剛に昨夜あのビルで起こったことを子細に報告した。
「む……。まずはこちらに被害がなくて何よりだった。では……」
そう言って天剛はこの執務室に呼び寄せていたひとりの男を見やった。
「狗井、お前の所見を聞かせてくれ」
狗井と呼ばれた男は壁際で千霧の話にじっと耳を傾けていたが、天剛にこたえて一歩前に進み出た。
でっぷりと太った体躯に銀縁メガネをかけたキツネ目の相貌は、見るからに知識オタクといった印象である。実際、狗井は摩利支内でも指折りの知識量をもち、超常現象の分析官として組織に少なからぬ貢献をしていた。
「もう一度教えて欲しいんですが……」
銀縁メガネをクイと持ち上げながら、狗井は少々尊大な話しぶりで千霧に尋ねた。
「そのデーモン・デバイスは、2度とも同程度の時間経過で復元を開始したんですね?」
「ええ、どちらも15分ほどで」
「ふむ……、デバイスの自己修復についてはいくつかの方法が考えられますが、この場合、自己修復機能はそのデバイスの機構の一部であるとみていいでしょう」
「つまり、あらかじめプログラミングされている、と?」
「はい。おそらくは完璧なバックアップが取られており、特定の状況下で……、この場合は本体が破壊されてから15分が経過すれば、機能が発動するというわけです」
今度は天剛が千霧に尋ねる。
「千霧、そのビル内に、それとおぼしきものは?」
「いえ、私の見るかぎり、何も」
「では、まずそれを見つけ出すことが先決か。場合によっては別動隊も必要になろう。お前だけで大丈夫か?」
間髪も入れず、千霧は即答した。
「はい。こちらも一人ではありませんので」
「まあ、バックアップユニットさえ見つけてしまえば簡単です。あとは本体の破壊から15分以内にそれを無力化するだけですからね」
狗井は再びメガネを持ち上げながら、それが造作もないことであるかのように言い添えた。
狗井に礼を言って下がらせると、天剛は改めて千霧に向き直った。
「千霧、お前には悪いが、急ぎ月光市に戻り、呪いを止めてもらわねばならん」
「はい、それはもちろんですが……?」
言葉の真意がつかめずにいる千霧に、天剛はうなずいて言葉を続けた。
「この祭りが呪いによるものだということは、すなわちそこに人の世のものでない力、魔力が作用しているということだ」
「はい」
「その状態がこれだけ広範囲に、長期間続くのは非常にまずいのだ」
「魔王の誕生に影響する、ということですか」
「それだけではない」
天剛は椅子から立ち上がり、千霧に背を向けて窓外の平和な風景に目をやった。
「同じ場所に雪が降り積もるように魔力が蓄積されてゆけば、そこはついには魔力を帯びた土地となる。それは人ならざるもの達にとって、この世への格好の侵入路となるだろう」
天剛の真意をさとり、千霧の美貌にも緊張が走る。
「では……」
「このまま祭りが続けば、月光市という街全体が、現世と幽世をつなぐ巨大な門となる可能性がある」
天剛の語る可能性は、戦慄すべきものだった。魔王の誕生は、いわば人間界への「遠征」である。だが、これはそういう話ではない。人ならざるものが我がもの顔でこの世界をうろつくようになれば、人の世の理すら崩壊しかねないのだ。
「必ず、止めてみせます」
長い睫毛に縁取られた切れ長の美しい目が、まっすぐに天剛の背を見すえた。




