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登場人物
森嶋理夢 (もりしまりむ) 15歳 ?
※以下、順次追加
「6年前、私たち家族が乗る車が交通事故にあった」
黒目がちな瞳を伏せながら、理夢はぽつぽつと語り始めた。
窓外の祭りを彩る賑やかな光が、その大きな瞳に反射してキラキラと輝いている。
「ママは、助からなかった。私は大ケガをして、体は回復したけど、昏睡状態のまま目覚めなくなった」
礼と美瑠の二人は押し黙って話を聞くしかなかった。
思えば奇妙な光景だった。長きにわたり昏々と眠り続ける少女のことを、その本人が傍らに立って説明しているのだ。
「そして、あの人だけが取り残された」
理夢の眉間に小さくしわがより、桜貝のように小さな唇がきゅっと結ばれた。
「あの人は私を目覚めさせるために、たくさんの病院を回った。それこそ、外国の病院まで。でも、私は目覚めなかった。それで、あの人は失望したんだと思う。現代の医学にも、科学にも」
「なるほどね~、それで魔術に手を出したってわけか」
「たった一人の家族が、もう6年も、だもんね……」
「錬金術、黒魔術、白魔術……、あの人はそういったものの研究にのめり込んでいった。仕事をやめて、他人を寄せ付けなくなり、完全にひとりぼっちになっても、ますます研究に没頭していった。そうして、3か月前……」
………
……
…
果てしなく続く闇くて冥いトンネルを、ただただ歩き続けていた気がする。
薄暗がりの中、理夢はゆっくりとまぶたを開いた。
最初に感じたのは、嗅ぎ慣れない生臭さだった。うまく動かないからだをもぞもぞ動かし、何とか首を持ち上げると、目の前に小型犬の頭が見えた。
理夢は裸だった。固い床の上に横たえられた理夢の腹の上に、美しいチョコレート色のヨークシャテリアの生首が、悲しげな表情でこちらを向いていた。
(え……、これって……、ユ、メ……?)
ユメは理夢が両親にねだりにねだった末、やっとのことで買ってもらった飼い犬である。それだけに理夢も「ちゃんと世話をするように」という親との約束をしっかり守り、毎晩同じベッドで寝るほど仲がよかったのだ。
「ひっ、ひっ……!」
恐怖のあまりひきつる喉に悲鳴がつかえる。
激しく上下する腹部に揺られ、イチゴジャムのような血にまみれたユメの頭部がぬらりと床に滑り落ちた。
遮二無二体を起こし、立ち上がろうとした理夢を不思議な感覚が襲う。それは四肢のすみずみにまでまとわりつく何かを脱ぎ去るような、言わば脱皮をするような感覚だった。それでも理夢は、一刻も早くその場から逃れたい一心で何とか立ち上がった。こうして理夢は、まるで細胞分裂のように肉体と魂という二つの存在に分離したのだった。
(これは……、何……?)
理夢の目に飛び込んできた光景は、幼い彼女の理解の範疇をゆうに越えたものだった。
そこが自宅のリビングあることは理夢にもすぐにわかった。だが、かつては「幸せな家庭」というものが存在していたその空間は、壁紙が剥がれ落ち、陰気な空気をたたえてすっかり荒れ果てている。家具や調度品は部屋の片隅にひとまとめに積まれ、中央が広くあけられていた。
その中心部に、(おそらくはユメの)血で描かれた大きな魔方陣があり、中に裸の少女が横たわっている。魔方陣を幾重にも囲む蝋燭の火々が、膨らみかけた胸の先端をゆらゆらと舐めるように照らしていた。




