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ギタイマシ  作者: ヒロキヨ
エピソード3 Party Shaker
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登場人物


森嶋重四郎 (もりしまじゅうしろう) 49歳 システム工学教授、博士


※以下、順次追加

「失礼、長く追い求めていた相手に出会えて、つい興奮してしまった。私は森嶋重四郎 (もりしまじゅうしろう)、研究者だ。もっとも今は失業中だがね」


 男の声は確かに多少うわずっていたが、あくまで抑揚がなく、陰鬱だった。

 脂気のない半白の髪は櫛が通った様子もなく、ぼさぼさだった。着ている白衣はよれてくたびれ果てている。身なりに気を使わない風貌は世間と他人への一切の無関心を暗示していた。

 体つきや肌の張りからみて、それほど年老いてはいない。だがその顔は実際の年齢以上に老け込んで、老人のように見えた。血色の悪い顔の中でギラつく両眼だけが異常な生気を放っている。

 男は見るものを不安にさせた。

 マッドサイエンティストという感じではない。彼はどちらかといえば、生者というより死者に近かった。すでに死んだ人間がそのことに気づかず、妄執のみを糧に動き続けている。それがこの男の印象だった。


「そのわりには、憧れの相手に会えたってリアクションじゃなかったぜ?」

「否定はせんよ。興味があるのは、あくまで君の能力の方だからな」

「ヒャハハ……、いけねえなあ、オッサン、もう少しリスペクトってもんをもたねえと。俺は祭りの邪魔をされるのが大嫌いでな。オメーみてえなコミュ障は、それが元で死んじまうこともあるんだ……ぜ!!」


 闇夜を切り裂き、祭鬼が放たれた矢のように森嶋に迫る。

 その胸を刺し貫こうと突き出した爪は見えない壁にぶつかって遮られた。刺突の衝撃によりハニカム形状(蜂の巣形状)の障壁がうっすらと浮かび上がってまた消える。


「チッ……、やっぱりお前只者じゃ……ギッ!?」


 突如として体の自由を奪われ、祭鬼は爪を突き出した姿勢のまま動けなくなった。

 白衣のポケットに手を突っ込んでいた森嶋が、ポケットの中から無骨な外見の装置を取り出して祭鬼に見せた。


「君たちの肉体を構成する霊体、すなわちエーテル体は人間界の大気中ではとても変質しやすくてね。ふだん、君たちはその特性を利用して姿を消したり物質をすり抜けたりなどするが、逆にこうして大気中に固定化することもできるんだよ」

「お、い……、じ、ゆう、に……、しや、がれ」

「実際、エーテル体の操作はそれほど複雑ではない。大気中の検出程度であればスマートフォンですら可能だ。研究初期にたわむれでアプリケーションを作成してみたが、『妖怪探知機』の性能としては折り紙つきだよ。まあ、若干の調整は必要だがね」


 自身の研究の話が森嶋を饒舌にする。


「今では研究も進み、市全域でのエーテル体の探知が可能になった。対象のエーテル体総量、体のサイズ、移動速度をもとにある程度種族の特定もできるようにはなったが、まだ信頼度は70%ほどでね。外れも多かったが、ついにこうして本物と巡り会えたわけだ」


 いわゆるコミュ障と呼ばれる人間の特徴にならい、相手を無視して一方的にしゃべっている自分に気づいた森嶋は、少々決まり悪そうに口をつぐんだ。


「……本題に入ろう。君には、私の実験に協力してもらうつもりだ」

「……、ふ、ざけ、ん……」

「もちろんただでとは言わん。協力してくれれば、君の能力を何倍にも強力にしてやろう」

「な、に……?」

「さあ、実際に体験してみたまえ」


 動けずにいる祭鬼の見ている前で、森嶋は懐から注射器ケースを取り出した。

 ケースの中には、白く蛍光する液体が入った注射器が一本だけおさめられていた。

 注射器を手にし、針金のような太さの注射針を祭鬼の首筋に向けて構えると躊躇なく突き立て、硬い表皮の内部に一気に液体を注入する。


「ンギッ!!」


 身体中の体液が一気に沸騰したような感覚。

 またたくように押し寄せる激痛に自我は振り回され、視界がストロボのように点滅する。


「~~~ッ!!」


 ガチガチと歯の根がぶつかり合い、たちまち口の端にたまった泡が吹きこぼれた。 

 1分ほど続いた痙攣と激痛が次第に収まると、続いて全身がすさまじい熱をおびはじめる。

 祭鬼は体の奥底からすさまじい力が沸いてくるのを感じた。


「グオオオーッ!」


 拘束されていた体が、不意に自由になる。

 すでに体内に満ちたエネルギーを押さえきれなくなっていた祭鬼は、止めどなく沸き上がる力を一気に解放した。

 放出された祭りの波動は、公園全体を覆い尽くさんばかりだった。

 最低限の光量で園内を照らしていた街灯はまばゆく輝き、カラフルに色彩を変える。

 ライトアップされた噴水広場では、普段の倍の高さの水柱がリズミカルに伸縮を繰り返した。


「ギャハハハハッ!」


 先ほどまで祭鬼に操られていた若者たちは、にわかに華やいだ周囲の様子を見て狂ったように笑い、踊っているつもりなのか、のらくらと体を動かしながら意味不明な言葉を叫んではまた笑い転げた。

 皆、目の焦点が合わず、口からだらしなくよだれを垂らしている。

 一人として、正気の者はいなかった。


「素晴らしい……! 見たまえ、何もかもシミュレーション通りだ!」


 眼前に広がる奇妙な光景を見て、森嶋は無邪気に喜んだ。


「どうだ、私の言った通りだろう。君の力は、まだまだ強力になるぞ!」


 歓喜に満ちた顔を、額がつかんばかりに祭鬼に近づける。

 その喉笛に食らいついて、一気に食いちぎってやる。

 目の前の腹に爪を深々と突き刺し、はらわたを引き裂いて……。

 男の生臭い吐息を感じながらそうは考えるものの、強大な力を放出した反動が大きく、祭鬼は立ち上がることすらできないほど疲弊し、動くこともままならなかった。


「こんなもん……、祭りじゃねえよ」


 そもそも強化のたびにこれほど激甚な苦痛をともなうならば、体がもつわけもなかった。


「ふむ、願いは聞き入れてもらえないか」


 森嶋が祭鬼の首を鷲掴みにする。その顔からは笑みが消えていた。


「まあいい。大事なのは君の意思ではなく、能力が強化されたという結果だ。協力してもらうよ、私の目指すものは、まだまだこんなものではない」

「ヒャハ……、クソ野郎が……」


 男の目は純粋な狂気のみをたたえていた。

 比較的人間をよく知る祭鬼は知っていた。人外の者からみればか弱い存在でしかない人間が、唯一自分たちを凌駕するものがそれであると。

 人外の者たちは性質からいえば野生の獣に近い。自己防衛本能が強く、自分の限界をよく知っていた。

 だが、人間だけは違う。小さな自分の限界を越えてより多くの物を得るために、より多くの力を得るために、より多くの快楽を得るために、人間は簡単に自我を捨て去り、『人間』をやめた。

 魔物たちにとっては、狂気だけが人間のやっかいな性質だった。

 森嶋が手にした装置を操作すると祭鬼はビクンと大きく一度痙攣し、ぐにゃりと崩れて動かなくなった。

 同時に賑やかだった公園内にたちまち深夜の静けさが戻ってくる。

 若者たちはその場に倒れ、皆気を失った。

 一人きりになった森嶋は公園の外に広がる夜の街に目をやった。


「ついに……、ついに、これですべてがそろったのだ」


 街の中心部のビル群の華やかな光を見ながら、森嶋の頬を自然、哀惜の涙が伝い落ちた。


「住民たちよ、許してくれ……、この街に、呪いをかけることを」


 住民たちの平和で穏やかな日常を奪い去ることに罪悪感を感じながら、森嶋の顔は歓喜に歪んでいた。

 純粋な哀惜の念と純粋な歓喜、そして、純粋な愛。

 森嶋の顔にはそのすべてが同居していた。

 それは狂人のみが可能な顔だった。

 足元の祭鬼を肩に担ぎ上げると、口が開き、だらりと舌が垂れ下がった顔に声をかける。


「祭りの邪魔をされるのが嫌いといったな。約束しよう。誰にも邪魔はさせんよ、この祭りはな」


 大柄な祭鬼を重そうに担ぎながら森嶋が立ち去ると、辺りには完全な静寂のみが残った。


 そして、この夜の狂人の汚れなき涙とともに、祭りが始まった。

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