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ギタイマシ  作者: ヒロキヨ
エピソード3 Party Shaker
23/64

 爪と錫杖、2つの弧が交錯し小さな火花を散らす。

 真っ白な首筋に向かって一直線に突き出した爪が直前で弾かれる。

 ふわりと広がった黒髪の幕が視界をさえぎったかと思うと、死角から錫杖が襲い来る。


 キンッ!


 祭鬼は咄嗟に錫杖を防ぐと後ろに跳び退いて距離を取った。

 構えた左手の爪が1本欠けている。

 叩き折られクルクルと宙を舞った爪は、股を開いて座る礼の股間の3センチ前にプスリと突き刺さった。


「ヒャハッ、強えー強えー! 強えー上に上玉とは、お前とんだレアキャラじゃねえか! たまんねえなあ、そのスベスベの白い体が真っ赤な血で染まってるところを想像すると、頭ん中がどうにかなっちまいそうだぜ」

「……」

「クハッ! その目だよ! バトルが始まった途端にガラッと変わりやがった、その虫けらを見るような、氷みたいに冷てえ目! 血まみれのお前が、その目で俺を睨み付けながらくたばるところを想像するだけで俺はもう……」


 ゾクゾクと背筋をはい上がる刺激に祭鬼は恍惚の表情を浮かべた。


「まったく……。お前たちの好みは理解できん」


 実際、人間以上に本能に忠実な魔物と戦うなかで、千霧が偏執的な言葉を浴びせられることは少なくなかった。

 しかも千霧にとってはありのままの自分が、なぜか彼らには『ご褒美』らしいのだ。

 中にはわざと自分の弱点を伝えてそこを踏みつけられたり、これで戦えと鞭を渡してきたり、「唾を吐きかけてくれ」と懇願するものまでいた。

 はじめの頃こそ千霧にも多少の戸惑いもあったが、今はもう彼らの性癖にわざわざ耳を貸すのはやめた。

 倒してしまえばいいのだ。それが人外の者ならば。有無を言わさずすみやかに。


「そうつれねーこと言うなよ」


 折れた爪がズズ……と耳ざわりな音を立てて再生する。

 人の倍はある細長い舌で爪をひと舐めすると、祭鬼は再び千霧に襲いかかった。


「一緒に踊ろうぜ~!」

「! (速いっ!)」


 祭鬼の動きは先ほどとは段違いだった。

 左手の爪を主軸に、右手と両の脚も交えたリズミカルな波状攻撃が休むいとまも与えず攻めたてる。

 ふわりと宙を舞って後方に退いた千霧を弾丸のように跳ねて最短距離で追撃し、勢いに乗って爪を突き刺す。

 祭鬼の激しい動きに、きれいに整頓されていた室内の書類が崩れ舞い上がった。

 華奢きゃしゃな体型の割にふくよかに膨らんだ胸の前で、受け止めた錫杖と爪とが拮抗し、しばしの膠着状態となる。


「さすがだな、俺の180bpm(beats per minute 拍/分)の動きに難なくついてくるなんてよ」

「また訳のわからないことを……」

「はあ? じゃあ、もしかしてお前、今人気絶頂のYoutuber、[DJ SAI]様も知らねえのか? 何10万て人間どもが、俺の高速bpmのリズムに骨抜きになってるのによお?」

「そういうものは見ない」

「やれやれ、今日はノリの悪い奴ばかりだな……。まあいいや……、本気を出した[DJ SAI]様の動きはこんなもんじゃねえぜ?」

「……(いちいちうるさい奴)」


 退屈そうな千霧のため息が、祭鬼の癪にさわる。

 力を込めて錫杖をはじくと、祭鬼は攻撃に転じた。 


「240bpmッ!」


 エンジンのギアを一段階上げるように、祭鬼の動きが加速する。

 爪の薙ぎ払いをかがみながら錫杖で跳ね上げそらす。目潰しを半身はんみでかわし、蹴り上げられた右足を錫杖で受け止めると千霧は反撃に転じた。

 空気を切り裂く錫杖に首を刈られる寸前、爪で受け止めた祭鬼は、同時に反対側から迫る千霧のハイキックをべたりと地面に伏せて避けた。下から上へと袈裟斬りを試み、弾かれた爪を返す刀で斬りつけまた弾かれる。

 実に秒間4度の攻防を繰り広げながら、祭鬼はさらにギアを一段階上げた。


「300bpmッ!」


 二人の攻防はもはや常人の目では追えないほどに速度を増していく。

 まばたき一つ許されない刹那の時の中で、互いの殺気が目まぐるしく錯綜する。

 右を受け、上をかわし、左へ打ち、下を飛び退く。

 回り込み、打ってかわし、回り込まれ、よけて打つ。

 前へ突き、反ってよけ、斬る、斬る、斬る……

 狭い室内を縦横に立ち回りながら、斬り結ぶ音は途切れのない連続音となっていた。


(なんだ、コイツ……?)


 300bpm、秒間5回のアクションは祭鬼にとっても限界に近い動きである。

 にもかかわらず、祭鬼は徐々に千霧の攻撃に押されつつあった。


(1、2、3、4、5、6!? ウソだろっ!?)


 自分の限界を上回る手数に次第に追い詰められながら、ふと千霧の視線をとらえた祭鬼の背中におぞ気が走る。

 のたうつ黒蛇のように振り乱れる髪の隙間から、常にこちらをのぞく氷の双眸そうぼう

 それはいかなる動きの中でも決して外れることなく常に祭鬼を捉え、命脈を絶つ機会を、ただそれのみをうかがっていた。

 逃げ場のない殺気にからめ取られながら、祭鬼は二人の役割は初めから決まっていたと悟った。

 自分は狩る側ではなく、狩られる側だったのだ。


 キンッ!


 折れた爪がクルクルと宙を舞い、椅子にもたれて寝ている礼の耳の横2センチにプスリと刺さった。


「げはぁッ!」


 もんどりうって倒れた祭鬼の眼前に、振り下ろされた錫杖が迫る。




「んご~(アウト、セーフ、よよいのよい!)」


 二人が出した手を見比べ、礼は思わず我が目を疑った。

 なんということでしょう。

 千霧のパーに対し、礼はチョキを出していた。間違いない、礼は勝ったのだ。

 現在のところじゃんけんの成績は2対2で、礼は肌着のシャツとトランクス、千霧は黒のブラとパンツという格好だった。順当にいって千霧が次に脱ぐのはブラジャーということになる。

 半裸でたたずむ千霧の立ち姿はまた格別だった。なまめかしい曲線が作り出すくびれが否応なく「女」を引き立たせ、そのほとんどが露出した素肌はすべすべとなめらかそうで、思わず息を呑む妖しい色気をまとっていた。

 が、礼の視線は当然のように千霧の胸に集中した。

 微かな動きにもぷるんと波打つふたつのたわわな膨らみ。その秘められた中心部をこの目で拝む権利を礼は手に入れたのだ。

 物言わぬながら、素直に敗けを認めた様子の千霧は蠱惑的な瞳で礼に微笑みかけた。

 ゆっくりと上唇をひと舐めすると、背中にあるブラジャーのホックに手をかけ、すっと礼に背を向ける。


(な、なるほど……。焦らしプレーなんて、千霧さん、さすがだな……)


 少年のようにつぶらな瞳で胸を高鳴らせながら、礼は厳粛な気持ちで神々しい光景を待ちわびた。

 ファサ……と柔らかい音を立ててブラジャーが床に落とされる。

 手を下ろし再びたおやかな立ち姿に戻ると、千霧はゆっくりとこちらに振り返った。




 振り下ろした錫杖が床を叩く直前でピタリと止まる。驚くべきことに、祭鬼と戦いながらも千霧はなるべく大きな音を立てぬよう注意を払っていた。

 錫杖の先にいるはずの祭鬼は消えていた。床を通り抜けて下の階に逃れ、そのままいずこかへ逃げ去ったようだった。


「まあ、いいだろう」


 廊下を通ってこちらに向かってくる人物に気づいた千霧は、むしろ祭鬼が去ってくれたことに安堵した。さすがに千霧と言えど、二人の人間を気にかけながら戦うのは骨が折れる。


「こんにちはっ、千霧さん! ……って、ナニこれ!?」


 勢いよく部屋に飛び込んできた美瑠は室内の惨状に目を見張った。

 つい先日、きれいに片付けたばかりの室内が、まるで部屋そのものをひっくり返したように散らかりまくっている。

 これでは自分が掃除をする以前と何も変わらないではないか。


「せっかく……、千霧さんの為に、掃除したのに……」


 美瑠の頭の中でブチンと何かが切れる音がした。

 紅くふくらんだ形のよい唇がくわっと歪み、くっきりとした眉がぐぐと反り返る。


「あ……」


 おずおずと声をかける千霧のことも目に入らずに、早合点した美瑠は蒸気機関車のごとく寝ている礼のもとに突進した。




 振り返った千霧を見て礼が絶句する。

 なんということでしょう。

 せっかくブラジャーという邪魔者が去った目的地は、前に垂らされたロングヘアによってちょうど中心部のみが隠されていた。

 これでは納得がいかないと髪を振り払おうとするが、手足を動かすことができない。どうやらこの野球拳にはジャンケン時以外自由に動けないというレギュレーションがあるようだった。


「うぐぐ……、そりゃあねえだろう」


 血の涙を流さんばかりに悔しがりながらも、礼のおとこの本能は瞬時に最適解をはじき出した。

 そうだ、たとえ手足が動かなくとも、自分にはこの口があるじゃないか。

 男たるもの、狙いを定めた女のためには最後の最後まで最善を尽くさねばならないのだ。

 そう考えながら、礼は口いっぱいに大きく息を吸い込んだ。

 ピタッと息を止め、肺腑にたくわえたすべての呼気に願いを込めて全力で吹き出す。

「!!」

 礼は確かに見た。

 千霧の髪がそよと揺れるのを。




「こんのバカ兄貴は~~~~」


 美瑠は怒りのあまりすっかり紅潮した顔で礼を見下ろした。

 どんな夢を見ているのか、寝ている礼は間抜けな顔でふ~、ふ~と必死に息を吹き出している。


「いや、美瑠、これは……」


 千霧もさすがに止めなくてはと声をかけるが、礼にとって不幸なことに、他人との関わりが少なかった千霧はこのような場面にはなかなか慣れず、どうしても遠慮がちになってしまう。

 般若が乗り移ったかのような怒りの化身と化した美瑠には、もはやそんな千霧のことなど眼中に入らない。

 デスクの上にあったバインダーを高々と振り上げ、怒号とともに渾身の力を込めて振り下ろす。


「いつまでアホヅラさらしてんだ~!」

「ふ~! ふ~! あっ、見え……」


 バシーンッ!

 ほんの一瞬、笑顔になった礼の顔めがけて無情の鉄槌が叩き込まれ、礼は踏まれたカエルのような声をあげた。


「ぶへえ~~~~っ!?」




エピソード3 Party Shaker

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