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ギタイマシ  作者: ヒロキヨ
エピソード2 黒の逆襲
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「月の光の ふる街に~

 きれいな~調べと~ 愛と~夢

 出ます~ 出します~

 出ます~ 出します~ どぴゅっし~~」



 動きを止めた巨人がギギと身体をきしませながら横を向く。

 巨人の足元に、歌い終えた礼がこちらを見上げて立っていた。


「お前、どぴゅっし~君だろ?」


 落ち着き払った礼の声は、それが正解だと確信しているようだった。


(ヤツの様子が、変わった……)


 巨人にもっとも近い場所にいる千霧には、その紫の目が落ち着きなくまたたくのがはっきり見えた。


「グ……、ガガッ……!」

「ど……、どぴゅっし~って……」


 千霧の危機に思わず物陰から出てきていた美瑠はわが耳を疑った。


「お兄ちゃん……、それ、本当なの?」


 だが、美瑠の問いに答えたのは狼狽した巨人の叫び声だった。


「なぜだっ! なぜお前がそれを知っているっ!!」

「なぜかって? それはな……、お前が、俺だけのゆるキャラだからさ」

「俺だけのって……、どういうこと!?」


 礼が口にした名前はどう考えてもふざけているとしか思えないし、続く礼の発言もまったく意味不明だった。

 わけのわからない美瑠を振り返り、礼がおもむろに語りはじめる。


「こいつはこの街、月光げっこう市のゆるキャラなんだ。本来なら、な……」



 もう15年近くも前、当時の月光市の市長は町興おこしの方策として市のイメージキャラクターを作ることを発案した。キャラクターのアイデアもクラシック好きな市長が、有名なクラシック曲「月の光」の作曲者ドビュッシーをもとに発想したものだった。


 この計画は、もともとワンマンで有名だった市長を中心に、少数の人員によって特に周囲に知られもせずに進められていたのだが、その市長がなんと女性がらみのスキャンダルにより失職してしまう。


 当然、イメージキャラクターの計画は頓挫した。さらには、キャラクターデザイン考案者やグッズ製作会社といった業務委託先がすべて市長の身内であったことがわかると、癒着の発覚を恐れた関係者は、即刻この計画の中止を決定した。


「悪いことは重なるもんで、その半年後に市長は飲酒運転で事故って死んじまったそうだ。まあ、荒れてたんだろうな」


 だが、これを幸いと関係者たちはこの計画のあらゆる痕跡を消去し、計画そのものを『なかったこと』にした。市長の身内たちも、相次いだスキャンダルにずいぶんと肩身の狭い思いをし、そのうちひっそりとこの街から去っていったのだった。



「それって、本当に『闇に葬られた』って感じだね……。でも、そこになんでお兄ちゃんが出てくるの?」

「ん? ああ、そのころにちょうど父さんが仕事で役所に出入りしてて、市長と何度も会ってたんだよ。んで、計画の中止が決まったときに、サンプルグッズをいっぱいもらってな。それを俺にくれた。ちなみにさっきの歌は『どぴゅっし~音頭』っていう曲だぞ」

「あ、ああ、そう……」

「父さんは……、ダンボールいっぱいのグッズを俺に渡して、こう言ったんだ。『これは他のどこにもない、お前だけのものだ』って。まあ、市長のいざこざを聞いたのは、だいぶ後になってからだよ。真相を知れば、ずいぶん夢のねー話だがな」

「そうだったんだ……」


 説明を終え、礼が巨人を振り返る。


「そして、その計画の象徴がお前だったんだろうな。おそらく市役所の前かどこかに置かれる予定だったんだろう」

「ググ……、まさか、すべてを知る者が現れるとは……」

「ククク……、思い出したか? 自分の恥ずかしい名前をよー」

「ッ!」

「ほんと……。どぴゅっし~って、正直、ないよね……」

「ッ!?」


 ふたりの遠慮のない言葉に、巨人の体がビクンと波打ち、目はチカチカと点滅する。


「だがな……、もしお前がこの街のゆるキャラになれてたとしても、結局はみんなから忘れられちまうと思うぜ」

「うん、はっきりいって絶っ対、人気でないと思う」

「グッ!? なぜだっ……!」

「あ~ん? お前、そんな卑猥な名前で、人気が出るわけねーだろう!」

「その市長さん、センスがオヤジ臭すぎるよ!」

「グ……、ググ……、ガーーーッ!!」


 両手で頭を抱え、ブンブンと身体を振って苦しみだした巨人を、千霧はあっけにとられて見ていた。


(何なんだ、この兄妹は、いったい……?)


 自分があれほど苦戦した相手を、なぜあの二人はこうもやすやすと追い詰めているのか。まるで、世間話でもするような気軽さで……

 見ようによっては二人の人間が呪詛のようなものでネチネチと巨人をいたぶっているようにさえ見える、そんな不思議な光景を、千霧は理解のつかない頭でただ見ているほかなかった。


「へっ、お前にとっては、名前自体が黒歴史だったようだな。まあ、それに関しちゃ同情もするが」


 礼が足元に落ちていた錫杖の一部に気づき、拾い上げる。


「よくもまあ、俺の大事な人を散々いたぶってくれたな……」


 見上げた礼に、千霧はかすかにうなずいて自分が無事であることを伝えた。


「それにな……」


 束の間、礼の頭の中にどぴゅっし~君グッズで遊んでいた子供時代が浮かぶ。


「闇に葬られ、無かったことにされたお前を、俺だけは棄てなかった。一緒に遊んで、歌を歌って、ともに過ごしてやったんだ。お前は、俺のもんだ! 俺だけのもんだろうがっ!!」

「グググ……、グガーーーッ!」

「それが……」


 錫杖を握る手に力を込め、礼が巨人に向かって突っ込んでいく。


「偉そうに、勝手に王を名乗ってんじゃねーーっ!!!」


 バキバキッ!!


 錫杖が巨人の腹に深々と突き刺さる。

 自身の存在理由を根底からくつがえされ、心折れた巨人の体はすでにハリボテのようにもろくなっていた。


「グオオオーーーッ!」


 巨人は天をあおいで絶叫すると、すさまじい音を立てて大の字に倒れた。

 と、腹に開いた穴から紫色の人魂のようなエネルギー体がまるで血潮のように吹き出して、上空へゆらゆらと飛んでいく。


「お兄ちゃん、あれって……」

「あれが、盗まれた記憶、なのか……?」


 思い思いの方向に飛び去っていく紫の光を見ていた礼が、ハッとして千霧のほうへ顔を向ける。彼女もまた、記憶を奪われたものの一人のはずだ。

 だが、礼の視線の先、そこに横たわっているはずの千霧の姿は消えていた。


 シャン


 目の前に、折れた錫杖の先端が突きつけられる。

 倒れた巨人の胸の上に立ち、射すくめるかのような凍てつく瞳で千霧が巨人の顔を見下ろしていた。


「お前を滅する前に、聞きたいことがある」


 苦しげにうめくだけの巨人にかまわず、千霧は言葉を続けた。


「『魔王』はいつこの世に現れる?」

「ググ……、お前は……」

「……」

「俺の名を……、どう思う……」


 答えをはぐらかされて、千霧は小さくため息をついた。


「すまんが、私にはそういうことはわからん」

「グフフ……、つまらない奴め……。お前は、ほかの人間どもとは違う……。お前の記憶には、何の色も温度もなかった……。まさか、こんなみじめな記憶の持ち主がいるとはな……! フハハハ……、お前は、俺と同じよ……、中身など何もない、空っぽの存在……グハアァァッ!!!」


 振り下ろされた錫杖が、巨人にとどめをさす。


「……それで、結構だ」


 メリメリと大きな音を立てて巨人の体がひび割れ、辺りにゴウゴウと何かが吸い込まれていくような風音が響く。それは超常のものを虚無へと吸い込む、いわば『死』を意味する音だった。


「フッフッ……、魔王の都合など知らん……。だが、奴は必ず現れるぞ……。お前たち、人間どもに等しく滅びを与えるためにな! せいぜいあらがうがいいっ! フハハ、フハハハハッ……!!」

「く……、やはり、予言は本当だったか……」


 やがて巨人が完全に沈黙すると、地の底から響いていた轟音もたちまち収まり、辺りにはついに平和な静寂が訪れた。


「千霧さん! 大丈夫か!?」


 離れて一部始終を見ていた礼と美瑠が、千霧のもとへと駆け寄る。

 晴れやかな二人の表情から察するに、どうやら巨人の言葉は聞こえていなかったようだ。


「わっ! 何コレ!?」


 ひび割れた巨人の体の中から、まるではらわたがこぼれるようにいくつもの廃品がざらざらと流れ出る。3人には知る由もなかったが、その中には『絵莉』がかけていた眼鏡ものぞいていた。


「この廃品が、千霧さんの言ってた影法師の本体ってわけか……。全部、こいつに操られてたんだな」


 自分を見つめる千霧の視線に気づき、礼が顔を上げる。


「末堂礼……、君は……」


 何者なのだ、という言葉を飲み込む。死の寸前、魔王のことを語る巨人が礼から目を離さなかったことに、千霧は気付いていた。

 だが、今はいい。すべてはいまだ、闇の中なのだ……

 そんな千霧の心中など知りもせずに、礼は精一杯のキメ顔でぐいと千霧に迫ると、深く澄んだ瞳を情熱的なまなざしで暑苦しく見つめた。


「千霧さん、思い出してくれましたか!? 僕たちが、親同士の決めた許嫁だってことを!」 

「そうなのか……?」


 キョトンとした顔で、千霧が礼を見返す。

 ぶほっ、と吹きだした美瑠が口を開く前に、千霧はおどけた調子をかすかに含んだ声で切り返した。


「だが、おかしいな……。たしか私たちはともに両親を亡くしているはずだが」

「っ! な~んだよ、千霧さん、記憶全部戻っちゃったのか?」

「ふ……、すまんな。とはいえ、今日は君のお陰で助かった。礼を言う」


 そう言って建物の外へと出ていった千霧は、最後にもう一度礼を見た。


「末堂礼、また会おう」


 千霧がコンクリート塀を軽々と飛び越えると、もう、辺りに人の気配はなくなっていた。

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