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登場人物
末堂礼 (すえどうれい) 20歳 退魔師
末堂美瑠 (すえどうみる) 16歳 高校1年生
黒魅沙千霧 (くろみさちぎり) 19歳 退魔師
※以下、順次追加
日曜の昼下がり、美瑠が頼まれていた洗濯物を持って礼の事務所を訪れると、礼はかかってきた電話への対応中だった。
「はい、こちらは退魔師の末堂礼です! ……ああ、チラシを見てお電話を? ……ええ、ええ。……。いやあ、あの握手会は心霊の方限定でして……。え? ツーショット撮影? いえ、そういうのもちょっとやってないんですよ……」
聞こえてくる会話の断片から、電話の内容は容易に想像できた。
おそらく電話の主はアイドルオタクあたりだろう。しかも、チラシに載っているだけの名も無き少女のためにわざわざ電話をかけてくるとは、相当重度の……
美瑠の背中にゾゾゾと冷たいものが走る。
(ひ~~~)
美瑠は思わず両手で耳を塞ぎ、礼に背を向けるとその場にしゃがみこんだ。
どうにか相手をなだめて通話を打ち切った礼は、苦々しい表情で舌打ちした。
「チッ、やっと電話がかかってきたと思ったら……、って美瑠、そこで何してるんだ?」
「うう……、全部、お兄ちゃんのせいだからね……」
「へ? 何が?」
「何がじゃないでしょ! ただでさえ巫女さんのコスプレさせられて恥ずかしいったらないのに、何がイタコよ! 何が日本初の心霊アイドルよ!! おまけに変な電話までかかってきて、これじゃ、おちおち街も歩けないよ!」
例によって礼は真面目にとりあわず、立てた小指で耳の穴をほじりながら美瑠の言葉を受け流していた。
「お前は神経が細すぎるんだよ。だいたい、自分に自信がありゃあ、あんなものがいくら出たって堂々としてられるもんだ」
礼の舐めくさった態度に、ついに美瑠の怒りは限界を突破した。
無表情でさめた目をしながら、美瑠がゆらりと礼のいるデスクに近づく。
「……ほー、自分には恥ずかしい過去なんてないと?」
「当たり前だろ? 俺ぐらいになればなあ、常に自信に満ちあふれていて……」
「……鬼羅亜」
「……!」
ボソリとつぶやかれた美瑠の一言に、礼の動きが止まる。
「お兄ちゃん、中学生のころに鬼羅亜っていう相棒がいたよね……」
「うっ……!」
明らかに狼狽した礼の視線が、落ち着きなくさまよい始めた。
「右手の甲にさ、こう、目を描いて、いろいろ『会話』してたよねえ? その『相棒』と」
「あの……、美瑠……さん? やめて……ください……」
哀願する礼の声は弱々しく、今にも消え入りそうだった。
「それで、お父さんお母さんと私をリビングに集めて、お兄ちゃん言ったよね? 『鬼羅亜は俺の相棒だから、みんなも家族としてあつかってくれ』って。私、覚えてるなあ、お父さんが『よろしく、鬼羅亜』って言ったときの顔」
当時の記憶が鮮明によみがえるにつれ、礼はガクガクと震えだした。
「ああ、そうそう、お母さんにはこう言ってたよ? 『こいつは生肉しか食べない。俺の手のひらから肉のエキスを吸収するから、ご飯の時は生肉を別に出して……」
「イヤーーーッ!」
ついに耐えきれなくなった礼は両手で耳を塞ぎ、美瑠に背を向けた。
自分の勝利を確信し、十分に満足した美瑠だったが、今度は目の前の散らかり放題のデスクを見てため息が出る。机上は書類、請求書の類いとガラクタのような小物、そしてゴミであふれかえり、デスクの両端からはみ出した分が下にも落ちていた。
「はあ……。少しは片付けなよ。せっかくお客さんが来てくれても、すぐ逃げちゃうよ?」
「うう……、美瑠さん、ヒドい……。悪魔のような女だ……」
まだいじけている礼を無視して、美瑠はさっさと帰り支度を始めた。
「とにかく! 洗濯ぐらいはしてあげるけど、事務所の掃除はちゃんと自分でやってよね!」
ようやく顔をあげた礼が、面倒くさそうに美瑠に答える。
「ったく、うるせーなー。ここにあるのは全部必要なものなんだよ」
といって、たまたま視界に入ったゆるキャラグッズを取り上げる。
「これだってなあ、……? なんだっけ?」
もはや付き合いきれないといった様子の美瑠がドアから出ていきかけて、ふと足を止めた。
「そういえば……」
「ん?」
「ああいう恥ずかしい過去って、『黒歴史』っていうんだっけ?」
「うるせーーっ!」
美瑠が高笑いをしながら出ていくドアに向かって、礼は手にしたゆるキャラグッズを投げつけた。
殺気立ち、肩でフーフーと息をしていた礼だが、ふと何かを思い付いたらしく、その表情がパッと明るくなった。
礼「過去の記憶を、消したいです」
ぬうべえ「ああ、黒歴史かな」
長老「黒歴史じゃな」
トイレの花ちゃん「黒歴史ですネ!ミ☆」
礼「とにかく、はやく」
お祭り男「そんなもん、パーティでヒャッハーすればすぐ忘れられるぜ~」
トイレの花ちゃん「あるとしたら、自己暗示とか、ですかね……( ̄~ ̄;)」
オカルト好き「う~ん、確かいい方法があった気がするけど、ちょっとド忘れしました」
礼「思い出してください、はやく」
オカルト好き「了解です。思い出したら知らせますね」
スマホを机上に放ると、礼はワシャワシャと頭をかきむしった。
「くそーっ! 役立たずどもめ~~!!」
と日頃の協力の恩も忘れて八つ当たりをする。
溜まりに溜まった美瑠の怒り、そのすべてが込められた一撃の威力はすさまじく、その後も礼は繰り返し押し寄せる過去の記憶に、何度も頭を抱えてのたうち回った。
◇
「ふむ、なるほど……」
そう言って男は手にした写真を目の前のデスクに置いた。
それは、頭を抱えてのたうち回る礼をビルの外から写した写真だった。
写真の横には、礼が作成した退魔師のチラシが置かれている。
「末堂礼はその日、原因不明の症状に何度も苦しんだというのだな?」
「はい」
直立した黒魅沙千霧が、微動だにせず答えた。
部屋は男の執務室らしかった。
ゆったりとした広さと重厚な調度品が、男の地位の高さを物語っている。
報告に来た千霧が言葉を続ける。
「症状は前ぶれなく訪れるらしく、突然苦しみだしてはしばらくの間のたうち回っていました」
「関係は、あると思うか?」
「確証はもてませんが、あるいは」
「うむ、では引き続き監視を頼む」
「はっ」
足音ひとつ立てずに出ていく千霧を見送ると、男は手元のチラシを手に取って眺め始めた。
退魔師 末堂礼 ~プロフィール~
幼少の頃より天才退魔師の名を欲しいままにし、10歳の時、ダンテに続く2人目の単独地獄めぐりを成功させ、一躍業界にその名を知らしめた。帰還後の第一声、「地獄は赤かった」はあまりにも有名。業界誌『この霊能力者がすごい! (※)』6年連続ベスト3に選出。 ※現在は廃刊
「ぶふっ!」
その強靭な精神力を物語る、きつく結ばれた口と深く刻まれたしわが一気に崩れ、男は思わず吹き出した。
「わっはっはっ! なんだよこれ~~! ちょっ……、地獄は、赤かったって……、ひ~~~」
部屋の外では、立ち去りかけた千霧が聞こえてきた笑い声に思わず足を止めていた。
この建物は強固な作りで、本来、壁やドアから容易に音がもれることはない。
「だっはっはっ! 握手会って! なんなのこのヒト? 面白すぎだろ~」
相変わらず聞こえてくる笑い声に、千霧がため息をつく。
「天剛様、声が大きすぎます……」
額を軽く押さえ、千霧はやれやれと首を振った。
作者が言うのもなんですが、正直今回で礼のことは許した。




