間話その2 8年前の出来事
もう一つ間話
桜花が中学に上がった頃のお話
コンコン
「桜花です。お母さん呼びました?」
「ええ、入って」
そこに居たのは白衣と緋袴に身を包み、いつもとは違う空気を纏う母だった
「只事では無い様子ですが、何でございましょう?」
「話が早いわね。曽名井家当主代行、曽名井円が命を伝えます」
「……はい」
「事が有れば曽名井縁を始末するよう覚悟をしておきなさい」
「一体それはどういう……?」
「これは縁には伝えないように。
本来、曽名井の男児は忌子として始末する慣わしなのです」
「そんな‼️なんで!?」
「大櫻に封じられた“ナニカ”が残した呪いです」
「ナニカの呪い……」
「我ら曽名井一族がナニカの封印を守る役割を担っているのは以前より伝えてありますね」
「はい」
「初代白桜がナニカを封印した時に呪いを残しました。それはナニカの力と同じく存在を喰らう呪いです」
「それにより曽名井の血は子を残し難いと伝えていました。ですがまだ伝えていない事が有ります」
「その呪いは、特に“曽名井の男児”に強く作用します。彼らは生まれながらにして、ナニカと同調し、封印を蝕む存在となるのです」
「……っ」
「だからこそ、我らの祖たちは忌子として“始末”してきました、封印を保つために。」
「待って!それならなんで縁は生きているの?」
「私がなぜ『曽名井家当主代行』なのかわかりますか?」
「お母さん?いきなり何を?」
「抽象が過ぎますね。質問を変えましょう、貴女は『曽名井家の当主』が誰か知っていますか?」
「え……。あれ?知らな……い……」
「当主代行の長子である貴女が当主を知らない。そのおかしな現実、それが縁が生きている理由です」
「当主の名は『曽名井有花理』と言います」
「私の姉で、縁の……本当の母親にあたります」
「え?お母さんって一人っ子だったはずじゃ……」
「もう10年になりますか、縁が産まれてから」
「おおよそ200年ぶりに曽名井に男児が産まれた事で上を下への大騒ぎ。連日連夜の話し合いになりました」
「曽名井のしきたりに従って始末するべきだと主張する者とこのご時世にそんな事は出来ないとしきたりに異議を唱える者」
「それぞれに思惑はありましょうが大きくこの二つに分かれた話し合いは、結果しきたり通り始末する事となりました」
「そんな‼️」
「それも仕方なかったでしょう。当主であり”忌子”の母親でもあった有花理姉さんが始末を主張する側の旗頭だったのですから」
「なん、で……」
「縁を守る道を残すためです」
「当主がその権力を持って忌子の始末を拒めば『しきたりを守れ』と主張する者たちの正当性が増してしまう。そうなればどうあがいても縁を始末するしかなかったでしょう」
「ですが有花理姉さんが始末する立場に立ったため、『説得する』という名目で擁護派がを意見を述べる余地がなんとか生まれたのです」
「それじゃあどっちにしても縁は……」
微かな微笑みを浮かべ
「それを覆したのは、貴女なのですよ。桜花」
「私……が?」
「ええ、縁を探してみれば、貴女が縁を抱いたままお昼寝をしていたのです」
「寝てる間に引き離そうとしても想定以上の力で抱いているわ、そうこうしてる内に貴女が起きて周りの空気に泣きじゃくるわ、最終的には曽名井の結界術で閉じ籠る始末」
「その結界は数人がかりでようやく破れたのですよ?」
「そ、そんなに……?」
「それを見た姉、有花理が――
“この子が、こんなにも愛されているのなら”と。
縁を“始末”する側から“護る”側へと、意見を翻し、それと共に当主に同調して擁護派に変わるものが出ました」
「それと二歳にして一族の結界を誰よりも強く張り巡らす力。
貴女がこのまま育てば、忌子とナニカの共鳴による結界の侵食を抑えられるかもしれない――
そんな希望的観測」
「それらを持って擁護派が優位に立てました」
「最終的に姉さんが”その身を持って結界を強化すること”でしばらく様子を見るという決定になりました」
「その後姉さんが結界に存在の力を捧げ結界と同化することで強化を施しました」
「それで存在自体がなかった事に。姉の事を覚えているのは、私を含めて儀式に立ち会った中でも霊力の強かった僅かに数人のみです」
「二歳の頃の話を持ち出して、まだ中学に上がったばかりの貴女に強いるのは酷な事だとはわかっています。ですが貴女がきっかけで『曽名井の忌子』は未だ生きている。事が起きた時、貴女が責任を持って対処しなさい。少なくともその覚悟は持っておきなさい」
「……」
沈鬱な顔で視線を落とす桜花に
「貴女が縁を護りたいのならば、ね」
「えっ……?」
苦々しい顔を見せ続ける円
「未だに居るのです『忌子は始末すべき』と主張する一派が」
「その者達に対し『縁を預かる我が家が、事が起きれば対処する』その盟約があるからこそ、縁の存在は認められているのです」
「……」
「だから縁を護りたいのなら……」
その声は厳しくも、優しくもあった
「覚悟をしておきなさい」




