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ぎゃくさつ! ~JKのどきどき紛争傭兵ライフ~  作者: ルト
第五章 ラストミッション
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突破口(2)

 防衛戦は難しくない。

 地理に通じたベルナルドとその秘書がいるし、敵にはもう増援が来ない。火器も充実している。

 ヴォーリャ・ウォーキーボックス混成部隊を防衛ラインに近づけないだけの火力が確保されていた。


「どうだギーツェン。賢い賢いお前なら、わかるだろう。どうするのが最善なのか」


 ベルナルドの言葉通り。

 さほどの時間は必要なかった。


 本隊の到着を待たずして、敵は撤退し始める。

 沙希はマンションの屋上からその様相を眺めていた。

 高い柵に囲われたコンクリート打ちっぱなしの檻の中。両手を後ろ手に拘束されたベルナルドを中央に座らせて、沙希は柵に肩を寄せる。


「本当に勝てたんだ」

「包囲にすら損害が出る状況で、逃げ遅れたら最新鋭FHからなる部隊と撤退戦を演じなきゃいけない。そんな損耗はギーツェンとて望むものではないだろう」


 情に訴える、とは直談判するわけではなかった。

「お前の仲間におびただしい死者が出るぞ」と脅しつけることだ。


『撤退に介入するな。追撃は有利だが、気が変わって戦闘を再開されると困るのはこちらだ』


 ブレンデンが部下に念押ししている。

 そんな通信を聞きながら沙希は顔を上げた。

 硝煙で空が灰色に曇る。風にコンクリートの匂いが混じっていた。


「この戦闘は」


 沙希はベルナルドに声を向ける。


「あんたが私たちを誘い込んで始めたんでしょ。私たちを──私を殺すために」

「まあ、そうだな」


 ガザ市が戦闘の舞台になったのは、ベルナルドがここに逃げ込んで動かなかったからだ。

 振り返った沙希は、殊勝に膝をついて座るベルナルドを見る。


「でも、どうやってこんな大軍勢を引っ張ってこれたの?」


 ベルナルドは鼻で笑った。


「ここにいるヴォーリャはほとんどが俺のものだ。連中には貸していただけ。断らせるものか」


 強引な手段でかき集めた。

 ベルナルドは撤退していくヴォーリャ部隊の背を見やった。


「……俺のWBに対応できたのは、お前たちだけだった。裏方に徹していた俺の存在を炙り出したのもな」


 ヴォーリャを武装組織に流していたのはベルナルドだが、商売ルートには別の人間を立てていた。

 幹部でも指揮官でもないベルナルドは、ケチなチンピラ商人にすぎない。諜報網からは捨て置かれるはずだった。

 すべてが変わったのはウォーキーボックスの後だ。


 沙希がいたことで、単なる「組織強盗事件」に考えられないほど迅速な対応が行われた。

 沙希が提言したことで、ウォーキーボックスを調査する優先順位があげられた。


 沙希ひとりの手によって、ベルナルドは表舞台に引きずり出された。


「お前さえいなければ、すべてうまく行くはずだった」


 だから偽装を捨てて、恨みを買ってまで大部隊を仕立てて。

 実際の作戦でも危険を冒して囮役まで買って出たのに。

 それでも、沙希に敵わなかった。

 沙希はくすくすと笑う。


「仲間もWBも捨てて、雲隠れすればよかったのに。たぶん所在を詰め切れなかったよ?」

「まったくだ。俺としたことが痛恨の判断ミスをした」


 ベルナルドはわざとらしく目を伏せて首をすくめてみせた。

 つまり、沙希とまったく同じように――ベルナルドも沙希の存在を無視できなかった。


「そんなに私が好きだったの?」


 小ばかにしたような沙希のウィンク。

 びきびきとこめかみに青筋を立てて、ベルナルドは口の端を上げる。


「ああ。きみの笑顔が心から離れなくてね。きみのことばかり考えていた」


 沙希は楽しそうに声をあげて、

 担いでいたAK47を構えた。

 銃口をベルナルドの微笑に向ける。


「それじゃ疑問も解消されたところで、今度こそ――死んでもらおっか」


 マンションの屋上には誰も止めるものがいない。

 二機のFHは警戒を続けているし、ライザは人事不省。ブレンデンは全部隊の指揮を執り、ジゼルは車両部隊とともにWB対策に駆け回っている。ベルナルドの秘書は道案内で車両部隊と一緒だ。


「ライザさんは助かったから理由にならないけど。ここなら、『逃げようとした』って言えば通る」


 この場にいるのは二人だけ。

 ベルナルドは顎を上げて嘲笑する。


「いいのか? せっかく助かるのに、俺を殺したら犯罪どころでは済まないぞ」

「ベルナルドご自慢の情報と弁舌があれば、確保されたって平気で生き延びそうだからね。ここで殺しておかないと」

「見上げた正義感だ。今からでも俺を逃がしてくれないか? 紛争オンチの連合側なんかより、俺についた方が得するぞ」

「そんな気はするよ。でも私の仲間たちと違って、私は戦争が嫌いじゃないから」

「最低だな」

「あんたよりマシ」


 沙希の指が引き金にかかり、


 引かれなかった。


 ヘリの飛来する音が、銃声の止んだ空に轟いている。


「撃たないのか?」


 ベルナルドの露骨な挑発。


「撃ちたいんだけどね」


 沙希は忌々しげにつぶやく。


 ヘリは沙希たちを迎えに来たものだ。

 だが、それと同じくらいの重要度で、ベルナルドを収容するために来ている。

 ベルナルドという捕虜の協力的な態度が『保護すべき重要な参考人』と判断させたのだ。

 であるならば。


 沙希の独断で戦争犯罪に終止符を打つことと、

 より多くの戦争犯罪者を捕らえる可能性を残すことと、

――さて、どちらが『より倫理的』か。


 沙希は悔しく目元を歪ませて、銃口をベルナルドに近づける。


「抵抗してよ。そうすれば気持ちよく撃ち殺すのに」

「絶対にお断りだ。なんならここで寝転がってやる」


 救援のヘリに気づいたアメリア機がマンションのそばに戻ってきた。沙希の他に誰も監視がいない状況に悲鳴を上げて、まだ生きているベルナルドに大袈裟なくらいに安堵する。

 沙希は苦笑してアメリアに手を振った。何事もなかったかのように銃を肩に担いで。

 救援が来る。

 沙希たちを明日も生かすために。


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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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