隘路(3)
φ
「さて、最後まで付き合う道理もない。そろそろ退散させてもらおうか」
ベルナルドは満足げな微笑を浮かべて、路肩に止めた車のシートに座る。
手遊びしていたコカ・コーラの瓶を開けた。無人のコンビニから盗んだものだ。きゅっと大きく煽って、肩をすくめる。
「ぬるい。さすがに冷蔵庫の電源は切られていたか」
飲みかけたコーラに目を向けたベルナルドは、
端正な眉を寄せた。
コーラの水面が泡立っている。炭酸以上の、空気の揺れに。
顔をあげる。
フロントガラスも、フレームも、ステアリングさえも微かな振動に震えている。
もう聞きなれたほどのジェット音響。
「っ、グロリアだと!?」
コーラをシートに投げ捨てて急発進した。
直後。
背後の道路を、爆砕された家屋が引き潰していく。
『見つけたオラァアアアアア!!!』
稚拙な罵倒。ベルナルドは忌々しげに舌打ちしてギアを上げる。
「バンザイソルジャーめ。自棄でも起こしたか」
『死ねぇえええええええええ!』
沙希機の射撃で周囲のアスファルトが砕かれる。瓦礫に殴られたボンネットが跳ね上がった。ベルナルドはアクセルを踏み込み、風圧でへし折って振り落とす。
胸元の記憶素子をさぐって嘲笑した。
「馬鹿が。俺を殺す気か?」
どかーん!
情け容赦のない衝撃が車の底を襲う。
ベルナルドは青ざめてハンドルを握り直した。
「馬鹿な。俺を殺す気だ……!」
街角を折れた車両のすぐ側面を、突撃銃の掃射が駆け抜けて離れていった。
ブラフかもしれない。だがあの小娘がこのようなギリギリのブラフを狙うか? 考えてもみろ。相手はあの殺人鬼だぞ。
あ、
殺される。
「くそっ!!」
バックミラーに映るグロリアの姿を一瞥して、ベルナルドは急ハンドルを切る。
スリップさせた車のアクセルとブレーキを踏み交わして270度ターン。十字路を抜けた。
『おぉッとォ!?』
まんまとフェイントに引っかかったグロリアが十字路を通り過ぎた。慌てて吹き上がる逆噴射の白光。
それを脇目にベルナルドはカーステレオと入れ換えて載せた通信機を入れた。
「準備できているか? 出番だ、”サムラーイ”を出せ!」
『畏まりました』
陰鬱そうな声が応じる。
同時に、ベルナルドの車はスーパーマーケットを通り過ぎた。
広大な駐車場を構える外資系のフランチャイズ店だ。
地面のコンクリートを粉砕して、FHが跳びあがる。ベルナルドの通り抜けた道路に踏み込んでいく。
『うわっ!?』
沙希の悲鳴と同時に、アスファルトをこする重低音。道路に両足を突いて急ブレーキをかけている。
道路を遮ったコムニオベースの改造機体が、うっそりと振り返る。
奇妙な風体を前にしてグロリアは機体を止めていた。
対峙する二機をバックミラーに見て、ベルナルドはニヤリと笑う。
「あとは任せた」
『かしこまりました』
声だけでも陰鬱な男が、こともなげに応じる。
ベルナルドの秘書。ここぞというときの懐刀だ。
『……武者だ……』
まじまじと観察する沙希がスピーカーから声を漏らす。
額に半円を描く飾り角。
兜のごとき指向性センサーも厳めしく、追加された反応装甲がぞろりと垂れる。
引き抜かれた大型のカタナは、振動刃の金切り声を張り上げた。
エンジンとモーターのハイブリッド動力が甲高く唸る。動き始めは重く、終わりは異様になめらかに。
幻惑的な挙動で動く、ハイエンド性能のキメラ・マシン。
陰鬱な声が言う。
『――”サムラーイ”、推参する』




