隘路(2)
一斉に注目を受けて、沙希はたじろいだ。
「え? ああごめん、逃げることじゃないよ。むしろその逆――ベルナルドを捕縛するための大博打」
『この期に及んでベルナルドのことなんざ考えてる場合じゃねぇだろ』
『待てロザリー。……沙希、話してみてくれ』
苛立つロザリーを押さえて、ブレンデンがうながした。
「うん。あのさ、ずっと気になってたんだけど」
沙希は言う。
「ベルナルドって、こんな大量のヴォーリャ部隊を運用できる権力なんて持っているのかな?」
無言の疑問に促されて、沙希は続ける。
「はじめから自由にヴォーリャが使えるのなら、ウォーキーボックスなんてケチな武器は使わなかったと思うんだ。貴重な売り物だよ? デモンストレーションが終わったら情報は秘匿するべきだ」
だが、WBは変わらず使われ続けている。
この戦場でも、ヴォーリャに準ずる中核戦力として運用されていた。
「だから、このヴォーリャは親からの借り物だ。指揮系統が違う。細かな命令は下せない。直属のヴォーリャはほんの一握り」
もっとも狙うべき標的である沙希たちを、包囲する部隊がむざむざ取り逃したように。
ベルナルドはもうヴォーリャ部隊を指揮していない。
特別動きがよかったヴォーリャは八機で、そのすべてをすでに落とした。
彼の護衛はすでにいない。
「だから、今なら余裕だと思う」
ベルナルドの確保。
話を聞いてライザがジープの運転席で頭をかく。
『それは……そうかもしれないけどな。リスクが大きすぎる。今取り掛かるべき問題か?』
生きて帰れるかどうかの瀬戸際だ。任務遂行を気にしている場合ではない。
だが沙希は首を振る。
「ううん。今だからこそだよ」
そして少しだけ機体の身を起こし、建物の陰から周囲に目を向ける。
サポートAIが解析する”よく見える目”は敵の姿を映していない。
「気づいた? 私たちさ、包囲の内側にいる敵はあらかた掃討し終えてるんだ」
残っていたわずかなWBたちも、すでに包囲網に合流しただろう。追い込み漁のように追って囲んで、広場に並べて撃てば仕上げだ。
「あと十分。せめて五分。外縁の包囲が遅ければ、私たちは勝っていた」
悪運をも味方につける男。
ベルナルド・ストラーニ。
沙希は苛立ちを抑えた声で続ける。
「だから、私たちで『あと五分』を稼ぐ。そしてベルナルドを捕まえて、敵部隊の背後にいる”パパさん”に言わせるんだ。『もう充分だ、部隊を下げてくれ』ってね」
『それは――賭けだな』
渋面を浮かべるブレンデンに、沙希は笑いかけた。
ベルナルドが要求を呑まないことも、ベルナルドに撤退を打診された敵幹部が従わないことも、当然想定される事態だ。
「仮に聞いてくれなくても、ベルナルドのためにこんな大部隊が動いてるくらいだ。敵に対する人質になる。最低でも、ジョシュアの援軍交渉のカードになるよ」
『そんなにうまく行くか?』
ロザリーは懐疑的だ。
『連携が取れてねえなら、ベルナルドを捕まえてもまとめてぶっ殺そうとしてくるだけじゃねえの。そもそもナル公が「俺ごとやれー!」って言ったら終わりだろ』
「それはないよ」
沙希は即座に否定した。
「ベルナルドは生き延びるために命を懸けるタイプの男だ。生きるためならなんだってする。どんなに信頼する仲間だって、裏切ることに躊躇しない」
『な、なんかずいぶん断言するな?』
『でも私は一理あると思うわ、ロザリー。わざわざ大仕掛けを作ってまで鬼ごっこを避けたんだもの。このまま私たちが逃げれば、普通に逃亡するよりも安全に身を隠せるからね。それなら、逆を突いてやるのは一つの手よ』
「私たちが生け捕りにしようとするって分かってるから、強気なんだ」
ベルナルドを巻き込む距離で放たれたミサイルを思い出して、沙希は屈辱に肩を震わせる。
ベルナルドの敵である自分たちが、ベルナルドを守るために動かされる。そういう状況を自ら誘引してみせる。ベルナルドは悪魔的な手腕で損得勘定の天秤を操っていた。
『ま……一か八か包囲の壁に突っ込むよりは、選択肢が広がるな』
ライザが折れて、
『全員が生き残れる手ではあるか。うまくいけば、の話だが』
ブレンデンが可能性を認め、
『そこまで自信があるなら、乗ってもいいかな』
『沙希はたまにとんでもないことやってくれるもんね』
アメリアとジゼルが信頼を示し、
『……全部うまくいかなければ、最後には敵陣を突破しなきゃいけなくなる。なら、同じことか』
ロザリーが諦めるように同意する。
「ありがとう。大丈夫、きっとうまくいくよ!」
明るい声で大きくうなずく。
――それに。
沙希はそこから先を胸のうちだけでつぶやいた。
それに、せめて捕まえられないまでも。
何もかも失敗してみんな死ぬことになったとしても。
――殺しておかないとね。ベルナルドだけは。




