彼女たちの誓い(3)
薄暗い部屋で投影される巨大な正面スクリーンを従えて、壇上に立つジョシュアがマイクに声を入れる。
「勇敢なる諜報員が重大な情報をもたらしてくれた。至急で追加人員を配置しているが、現状で分かっている情報を共有する」
短すぎる言葉のなかに、犠牲の存在が示されていた。
ピリッと表情を引き締めるスタッフたちにジョシュアは語る。
ウォーキーボックスの製造・開発は独自のもの。ここにロシアや中国の手は入っていない。
そしてWBの設計を担ったのは、地元のチンピラから成りあがった現地テロリスト。
「この男だ」
スクリーンに顔が移される。
浅黒い肌に短く刈り上げた黒い短髪。大きい涙袋から伸びる垂れ目は黒い瞳が印象的だ。セクシーな分厚い唇に挑戦的な微笑を浮かべ、若々しく男性的な魅力を発散している。
見るからに危険な男。だが同時に、見かけの軽薄さで本性を塗り潰した底知れない男。
「ベルナルド・ストラーニ」
これが敵だ。
沙希は生唾を飲み込んだ。目を見開いてベルナルドの顔を見つめた。
本能が警鐘を鳴らしている。この男は危険だ。放っておいてはいけない。こいつは私の邪魔になる。
戦慄する沙希を見て、ロザリーは怪訝に眉をひそめた。
ジョシュアは常の微笑をひっこめて、落ち着き払った所作で机をつかむ。
「引き続き情報は集めるが、きみたちはきみたちの心配だけしていればいい。君たちにも時間はない」
ゆっくり、はっきりと言葉を継ぐ。
「我々の狙いは人間じゃない。小指の先ほどの情報素子に隠せてしまう金型の設計データだ。暗殺ミッション以上に正確無比な作戦遂行が求められる。たとえ即席チームであろうとも、チームワークを果たしてもらわなければならない」
作戦の大枠はすでに決まっていた。
ベルナルド自身の身柄、そして彼の情報端末を狙って夜陰に乗じ強襲する。
ベルナルドを拿捕して情報を吐かせ、さらに彼にまつわる情報記録を根こそぎ押収することになる。
「インターネットや衛星通信の検閲も始まっている。あとは彼自身の尻尾をつかむだけだ」
彼の行動範囲は、常にヴォーリャ小隊が急行できる範囲内だ。
このヴォーリャは、いままで現れた整備不良のポンコツとは違う。
専門に訓練された操縦士が、万全に整備の行き届いたヴォーリャを用いて、徹底された戦術理論で戦う……精鋭中の精鋭。
よって作戦は一つ。
強襲チームがベルナルドを確保。同時に沙希たちFHチームも周囲を制圧。護衛のFHを迎撃しつつ、強襲チームとベルナルドの離脱を支援することになる。
FHの砲火から仲間を守るためには、高度な連携による要撃しかない。
作戦手順を聞かされて、その困難さをまざまざと思い知らされた沙希たちは息を呑む。
だが、
「やれるね?」
ジョシュアは淡々と問うた。
「はい!!」
四人の少女たちは大声で応じる。
沙希はスクリーンに映し出された顔写真を見た。
「ベルナルド・ストラーニ」
その名を口にする。
刻み付けるように。
φ
「八津沙希」
ばつん、と壁のホワイトボードに上質紙を挟み込んで留める。
遠景から盗撮した少女の横顔だ。
薄暗い部屋に懐中電灯を転がして、ベルナルドは彼のオフィスに人を集めて立っていた。
「日本人。ハイスクールのティーンエイジャー。無理心中を試みて夫……沙希の父親を殺した母親を、逆に刺し殺して正当防衛が認められた民間人だ。スフェール入りは三週間前で、PMSCのブラスト社とのつながりは不明だが雇用関係にあるらしい。そして、彼女が操っているFHが」
説明を受ける強面の面々は、ベルナルドを馴染み切った信頼の目で見つめている。
ベルナルドにとって古くからの部下。昔馴染みのチンピラ仲間だ。
ばつん。衛星写真を無理やり拡大したモアレだらけの点描画をホワイトボードに突き立てる。森の中で白炎を噴かす黒い鎧。
「マーク・フォーと呼んでいる。実に八十余名を殺害した人の皮をかぶった悪魔だ」
どよめきが漏れる。
集まる面々のなかで唯一顔色を変えない男がひとり。秘書を務める沈鬱な顔をした長髪の男。
時計を見る彼とアイコンタクトを交わして、ベルナルドは仲間に説明を続ける。
別の写真を取り出す。
突き抜けた青空の下、山岳地帯に亡霊のように立つ黒い鎧の望遠画像だ。先ほどのグロリアより一回り細い。
「グロリアの出撃は数例だけ確認できているが、他の四チームとこいつらは明確に別の部隊だと推察される。まず従事しているミッションが違うし、こいつらのモデルだけ武装や装甲が追加されている。おそらく素人を乗せた実験部隊というところだろう」
トラックのコンテナに押し込まれて配達される最新鋭機など、それこそ聞いたことがない。
本来、それが彼女たちに与えられる期待値だったはずなのだ。
ベルナルドは手を揉んで一同を見渡す。自分に注目が集まったことを確認して、おもむろに言う。
「この部隊の練度そのものは高くない。西側らしいコンピュータ制御と基礎性能が立ちはだかってヴォーリャで相手をするのは難しいが――難しいだけだ。不可能ではない」
否定の語尾に熱を込めて、さも必ず可能だと刷り込むように。
ベルナルドは顔をあげて写真を見る。
「狙うのはマーク・フォーひとりでいい。こいつだけ突出して殺し慣れている。ほかは新兵さながらだ。タイミングを見て適当に始末しろ。とにかく狙うのはマーク・フォーだ」
ぴろろろと電話が鳴った。
声もなく緊張が張り詰める。受信機のパネルに表示されている番号を見て、ベルナルドは激憤に顔をゆがめた、
大股でオフィスの電話機に歩み寄ると、受話器をむしり取る。
「この忙しい時に電話などかけてくるな! 黙れギーツェン! 今はお前の友人ごっこに付き合っている暇はない!!」
受話器を叩き潰すように切り、電話線を引き抜いた。
荒々しく息を突いて背中を曲げる。次に顔をあげた時には、ベルナルドの顔にはにこやかな笑みに彩られていた。
「失礼。我らの大将がご立腹でね。下っ端は世知辛い」
やれやれと肩をすくめておどけてみせる。
笑いをこぼす仲間たちは、途切れた緊張を引き締めた。
ベルナルドは表情を改める。自分の表情の一つ一つ、しぐさや手ぶりの細部まで、相手にどんな印象を与えるか知りつくした仕草だ。
「実際、PMSC連中はうまくやった。してやられたよ。商機は熟したが売るタイミングを潰された。紛争で最高に儲かるはずだった俺たちは、今や足音に震える袋のネズミだ」
だん! と机を叩く。
張り詰めた空気に、ベルナルドは強気な笑みを差し込んだ。
「だが、そこがやつらの限界だ」
そう確言する。
「どんなに訓練された特殊部隊だって、背中に目はついていない。腕も耳も、数は二本に限られている」
右手を挙げて謳い、
「グロリアがどんなに優れたFHでも、ヴォーリャからの十字砲火を受けて無事にいられるわけじゃない」
左手をあげて嗤う。
「釣り出して、かき回して、すり潰す。国外に逃げるのはそれからでいい」
両手を打ち合わせて強く握る。
余裕と軽蔑を微笑にこめて。
「俺たちの勝ちだ」




