歩機規格(2)
ステルス輸送機《マザーマンタ》が空を滑るようにぬるぬると飛んでいる。
レーダー波を避けるため平板化した機体は空力特性を最大化できず、『風を切って飛ぶ』という素直な機動が取れない。
しつこい横揺れにじんわりと責められながら、沙希は狭苦しいカーゴでグロリアに収まって待機していた。
ぼんやりと作戦区域の地図を浮かべていたスクリーンが、通信を報せる。沙希はうっそりと視線入力で通信を呼び出した。
「……なんの御用ですか?」
『公的な記録に残せないブリーフィングをしようと思ってね』
ジョシュアは笑った。
まるでサプライズパーティでも計画するかのような微笑だ。
『空爆は許可が下りない。攻撃の適法性を本国に訴求できないからだ。だが間違いなくウォーキーボックスが集積されている。だから、沙希が襲撃する』
つまり、存在しない攻撃行動だ。
関わった人間すべて、準備を手配したスタッフ、物資の要求を看過した上司、輸送機のパイロットに至るまで。だれもがそっぽを向いて口をつぐむ。
すべて水面下で進み、水面下のまま終わっていく。
「私ってほんとトカゲの尻尾なんですね……」
『そのための非公式戦闘請負社員だろう』
ジョシュアは虚空に視線を向けて、かきまぜるように手を回す。画面外に表示したスフェール地図を拡大したのだろう。
『手順は頭に入っているね? 一挙手一投足が問題行動だ。だから、このまま徹底的にやってもらう。つまり敵性WBの完全破壊と、"子ども使い"の捕縛もしくは殺害だ』
「わかってまーす。指揮官ヤロウはぶち殺してあげますよ」
『ブレンデンはすでに現場で待機済みだ。観測手を務め、"子ども使い"の動きやその他不審な動向を監視する。沙希は目の前の敵に集中してくれていい』
ふとジョシュアの声が遠くなる。すぐに戻ってきた。
『そろそろ作戦地域だ。射出準備を整えてくれ』
「いつでも」
話している間に沙希は準備を終えていた。シートベルトを締め、コックピットの気圧を固定し、機体の暖機を始める。
グロリアは、周囲を繭のような追加装甲で覆われていた。何枚も折り重なり、まるで黒いやじりのような流線型。
電磁カタパルトに乗せられ、機体はゆるりと傾いた。投降口が開けられ、遥か眼下にバルカンの裾野が流れていく。
『では沙希、作戦開始だ。くれぐれもナチュラルにね』
「いってきまーす」
沙希の間抜けな返事に合わせ。
すぱっと機体がレールを滑り、外へ打ち出されていく。
φ
地上。
クリーム色のごつごつした岩山に囲まれる、小さな盆地がある。
まるで山中に浮いたような廃村には、無数の白いプラフレームのパーツが積み重ねられていた。
ビニールひもで括られたプラフレームの束が、次々とおんぼろな倉庫に運ばれていく。運んでいるのは十歳そこそこの子どもたちだ。
倉庫から表に出た少年が、ふと顔をあげた。
空から一滴の雨が降るように、黒い塊が落ちてくる。
少年は手で庇を作って空を見上げた。
黒いしずくはグラグラと揺れて、どんどん大きくなりながら落ちてくる。空に雨雲もないのに。
大きくなる。
大きくなる。
大きすぎる。
彼があっと声をあげる前に、
着弾した。
ぼぶっと、激突した衝撃で土が噴き上がる。グロリアの外装は計算しつくされた構造で、精密に衝撃を受け止めてばらばらに砕けていく。
つぼみが開花するように視界が開けるグロリアの中で、沙希はぎゅっと操縦桿を握ってペダルを踏んだ。
「さぁ――戦争だ!」
宣言と同時に、数個の粒が打ち上げられてばらまかれていく。
グレネード。
まるで爆竹のように、殺人的な爆弾が炸裂して村の廃墟を砕いていく。




