プリ・ブリーフィング(1)
「だからね、ブースト中にバランスはとらなくていいの。バランサーが働いて大部分は勝手に整えてくれるから。その振れ幅を見て、最後だけ整える感じ」
「ぜんぜんまったく意味わかんない」
沙希の操縦桿を操るしぐさを、ジゼルが険しい顔でにらんでいる。
バイキング形式のフードコートで、テーブルに着いて向かい合う二人が熱心に話し込んでいる。机には電話帳のようなFHのマニュアルとジョシュア謹製の抜粋レジュメ、ジゼル手書きのノートが散らばる。
操縦の苦手なジゼルの個人訓練に協力を買って出た沙希は、引き続き訓練を続けている。だが大きな問題があった。
沙希は勘で操縦を習得してしまった人間だ。
伝えるべきことがなんなのか、沙希自身にも皆目わかっていない。
ジゼルはお手上げを示すように身をのけ反らせる。勢いを受けた椅子がふわっと傾き、――二本足でひたりと制止。
椅子の縁に座って重心を制御しながら、ジゼルは口を尖らせる。
「自分で動くのは得意なのに」
「たぶん、そのよすぎるバランス感覚が足を引っ張っているんだろうなあ、とは思うんだけれども……」
雑技団めいた身体能力を目の当たりにして沙希は頬を引きつらせる。
ジゼルの小柄な体には、優れた身体能力がギュッギュと凝縮されていた。
「んでもさ、陸戦機動はかなりできるようになったじゃん。空戦機動もその延長だって」
「全然違うと思う……」
頭を抱えたジゼルが椅子を四足に戻す。
賑わいを増したカフェテリアを見回し、沙希はおもむろに「よし」とうなずいた。
「そろそろお昼にしよっか」
「んみゅー」
ぐるんぐるん体を揺らして無力を悔やむジゼルを伴い、バイキングへ。
四角い金ダライのような加熱トレイに詰まっている様々な料理を見て、沙希はニンマリと食欲を笑みに乗せる。
「ねねね、何食べる何食べる?? 分け合いっこしよ!」
「テンション高いね」
「ふふーん。人間の元気はゴハンからだよ!」
沙希は笑って、ジゼルのプレートからカップヌードルを棚に戻した。あぁ、とちょっと肩を落とすジゼルの背中を押してサラダバーに押しやる。
「そういうのは夜食に取っておいて、今は野菜を食べようよジゼるん。大きくなれないゾっ」
「ジゼるんってなに……べつに大きくならなくていい……」
口を尖らせながらも、ジゼルは素直に鶏ささみのサラダをお皿いっぱいに盛り付けていく。フレンチドレッシングをアメリカンジャンクフードスタイルでぶっかけてイングリッシュマフィンで蓋をした。淑女。
沙希は肉厚なステーキをお皿に乗せながら、わくわくとジゼルに肩を寄せる。
「ジゼルって何が好物なの?」
「ビーフシチュー」
「そうなんだ! 向こうにビーフシチューあるよホラ。行こっ」
「食べないよ。いらない」
勢いよく向かおうとした出鼻をくじく淡白な声に、沙希は難しい顔をした。
「……好物、とは……?」
「あたしが好きなのは、おじいちゃんのビーフシチュー。よそのビーフシチューなんて絶対食べたくない」
「あっ、そーゆーやつか! いいねぇ、そんなに美味しいの? 私も食べてみたいな」
「絶品だよ。おじいちゃんも喜ぶと思う。レシピはもらったんだけど、おじいちゃんみたいに美味く作れないんだ」
ほぇーといいながら沙希はバンズを串に刺してパティをパテパテと重ね、ケチャップ容器に似たデミグラスソースをぶちゅぶちゅ言わせながら噴射し、ベジレスハンバーガーを作り上げる。隣のトレイのミートボールをお玉ですくってランチプレートに流し込んだ。
沙希の茶色いランチプレートを見てジゼルは顔をしかめた。
「野菜食べないと大きくなれないよ……」
「平均身長越えたからもう充分」
「……胸が」
「野菜スープと野菜スムージーもらってこよ~っと」
そんなこんなで、通りがかった女性職員が二度見するボリュームのランチプレートを調達した二人は満足げにテーブルに戻ってランチにする。
「それにしてもさ」
健啖な二人がざくざくと掘り崩すようにランチプレートをたいらげる途中、ふとジゼルが沙希を見る。
「沙希ってすごい丈夫だよね。体力つけてる真っ最中なのにFHには乗れるなんて」
んもぐ、と口の中のものを飲み込んで沙希は笑う。
「あのシミュレータが効いてる気がするんだよね。ほらあの、聴力検査みたいな謎の超音波で三半規管の反応を調律する訓練」
「あれ効果あるの? なにも変わった気がしない」
「やっぱり個人差が大きいんじゃないかなぁ? ジゼルはもともと乗り物強いから、変化を感じないんじゃない?」
「なのかなー」
不服そうなジゼルに沙希は小さく笑う。
ユニット・アイリーンのツクモたちも似たような反応をしていた。
「ともあれ、やっぱり体幹が鍛えられたのもあると思うよ。強Gに揺さぶられても、わりと崩れなくなったもん」
「沙希は今が一番伸びる時期だからね。訓練頑張ってね」
「ジゼルも訓練は気を付けて。成長期に体のバランスや目の高さが変わって怪我につながるって、オリンピックキッズのトレーナーがテレビで言ってた」
もぐもぐしながら沙希は器いっぱいに盛り付けた煮込み料理を食べて舌鼓を打つ。軽く炒めた米と玉ねぎ、ひき肉をピーマンに詰めて鍋でコトコト煮たものだ。
「んーっま! んま! なんだろうこれ、素朴だけど野菜もたっぷりでおーいしーい! これたぶんピラフじゃないよね。なんて料理だろ?」
「料理名は知らない。ユーゴスラヴィア圏の郷土料理みたいだよ。このあたりは野菜とか鶏豚の煮込みが多いみたい。山近いもんね」
感嘆しきりな沙希はでっかいスプーンで肉詰めピーマンをぱくっと食べる。急に真面目な顔をした。
「こんなに美味しいものがあるのに、戦争するんだろうね」




