不幸のデート(2)
目を丸くする通行人を避けて路地に駆ける沙希たち。まっすぐ追うばかりか、回り込むように離れていく男たちを振り返ってアメリアはうめいた。
「追われてる! なんで? 基地からつけられてたのかな」
「その割には時間差がありすぎるよ。たぶん辿ったんじゃないかな? 私たちの目撃証言とかを、基地直通のバスから来たってところまでさ!」
街角をでたらめに曲がっていく。ひと気のない裏通りの奥まで進み、誰もいないことを確かめて歩調を緩めた。
薄暗い裏路地。カビと落書きのはびこるコンクリートの壁が周囲から二人の姿を押し隠す。
「……そーいえば、私がスフェールに来たときもアメリカ人の人質を探してたねぇ。ビデオレターを送るの、まだ諦めてなかったんだ」
「ど、どうするの?」
気配に耳を澄ませつつ呼吸を整える。
吐息の隙間に素早く尋ねるアメリアを振り返って、沙希は尋ねた。
「ケンカは得意?」
「苦手!」
「じゃあ、助けを呼んで逃げ回るしかないね」
「ああもう!」
アメリアはスマホを取り出した。
沙希が周囲を警戒する間に、基地の緊急番号にコールをかける。
「あ、もしもし! 今拉致されかかって追われています! すぐ救助を……」
アメリアが通話している間、手持ち無沙汰に沙希は周囲を警戒する。
と、丁字路の先。
右の曲がり角に駆ける足音がした。
ざりっと靴を鳴らして角から飛び出してきた東欧系の男と、身構えた沙希はばっちり目が合う。
男が立ち止まって首だけ振り返り仲間に叫ぶ。
沙希はぎょっと青ざめて悲鳴を上げた。
「銃持ってる――!!?」
回れ右して猛ダッシュ。
危険な風切り音が周囲を駆け回る。
「ぎゃああああ!」
「えっちょ、あっスマホが!」
「逃げろいいから早くバカ!」
スマホを取り落としたアメリアを突き飛ばすように急き立てて、街角に身を隠して走る。跳弾に砕かれるスマホ。裏腹に、沙希たちは幸運にも当たらない。脚を射貫かれたら絶望だ。
目についた角を曲がって運任せに走るアメリアに沙希が叫ぶ。
「路地裏を走らない方がいいかも! 表通りに出よう!」
「ばか言わないでよ! 街には無関係の人がたくさんいるのよ!? 二次被害を出すつもり!?」
「それを出したくないのはたぶん向こうも同じだから、人通りの多いところなら銃が使えな……あッ!?」
アメリアが当てずっぽうに曲がった角は行き止まりだった。石造りの壁がそびえている。
慌てて振り返った沙希は二の足を踏んだ。
男が肩を上下させながらニヤリと笑う。
抱えられた突撃銃。AKシリーズのコピー品、7.62mm弾。撃たれれば死ぬ至近距離。
「ぐぬぬ」
沙希は周囲に目を巡らせる。
行き止まりは狭苦しく、薄暗くかび臭い。鉄パイプも工具もありはしない。起死回生の手段は転がっていなかった。
細く息を吐いた。
「奥の手ってのは――」
駆ける。
突然間合いを詰めてくる沙希に面食らった男が腕をぶれさせた。
男の構える銃口の行方をしっかりと視界に収める。沙希は叫んだ。
「隠しておくから、奥の手なんだけど!」
銀光が跳ねる。
銃を沙希に向け直すより早く、沙希は懐に躍り込む。自分の羽織るブルゾンの袖から引き抜いたのは刃の飛び出したバタフライナイフだ。
柔らかく曲げた肘を鞭のようにしならせて、男の喉をぐるっとなでるように斬り裂く。
「――ご、――!」
悲鳴は声にならない。男は濁った血の泡に己の喉を塞がれている。
沙希は止まらない。
ナイフを逆手に持ち替えて高く振り上げ、男の耳の下から喉へ向かってナイフを突き立てた。すぐに突き飛ばすように乱暴にナイフを引き抜く。
男は倒れた。
引き抜いたナイフをその場に落とし、飛び掛かるようにアサルトライフルを拾う。鋭く構えて後続の敵を警戒する。
「………………」
人影はなかった。
石積みに挟まれた薄暗い街角に足音は遠い。目の前の曲がり角から迫ってくる様子はない。
沙希は耳を澄ませて喫緊の危険がないことを確認すると、立ち上がる。
落としたバタフライナイフを拾って丁寧に血を拭い、刃こぼれの有無を確かめ、折りたたんで袖に戻した。
そして地面に倒れる男に目を向ける。
悶えていた男の動きが、緩慢になっている。口から血の泡を吹いてゆっくりと死んでいく。
その動きを見下ろして、沙希は口を開いた。
「アメリア。……これは、緊急避難措置だったよね」
青い顔で呼吸を乱すアメリア。
自分が殺した男の隣で、冷然と立つ沙希を見て、震える指を握り込む。
アメリアはつばを重たく飲み込んで、息を吸った。
「……ええ、そうね。必要な行動だったわ」
沙希は重々しくうなずいた。
ブルゾンの左半分には返り血がべったりと張り付いている。
沙希は確かな足取りでアメリアに歩み寄る。銃を抱えていない方の手を差し伸べた。
「行こう。逃げないと」
「……ええ」
アメリアは手を取った。
と、そのとき。
沙希の携帯端末が唐突に震えだし、着信を報せる。
救援の到着だ。




